1-10 ジェヴォーダンの獣
「止まった・・・?」
車内で何かトラブルが起こったのではと思い、僕は双子のもとへ急いだ。
自分の座席のある車両に戻ると、クロメルとアルメルは座席から立ち上がってキョロキョロとあたりを見回していた。
「二人とも!無事か!?」
『ケイ!』『ケイ!』
双子は全く同時に僕の名前を呼んだ。
「怪我は!?」
『うん!こっちはだいじょ・・・』とアルメルは先ほどの、僕に対してのとんがった態度を思い出してか俯き言い淀んだ。
少し前の方の座席から『なにかいるぞ!』という男の声がした。
彼は上下開きの車窓を全開にし、そこから頭を外に突き出し、汽車の進行方向を見ていた。
どういうことかと思い、僕も自分の席の窓を開けて前方を覗き込んだ。
僕はそれを確認した後、双子たちに質問した。
「馬と熊が合体したみたいな生き物ってこのあたりに生息してる?」
2人は一瞬ぽかんとした表情をした。
『そんなもの、いるわけないじゃないですか。』とクロメルは冷静に否定した。
「いやでも・・・」と立てた親指で窓を指し示した。
アルメルが僕を押しのけて窓から顔を出して、すぐにひっこめた。
『いる・・・ほんとにいるよ!!』とアルメルは動揺した様子で言った。
続いて同じようにしてクロメルもそれを確認した。
『なんですか、あの生き物は。あんな特徴を持った生き物はあり得ません・・・』とクロメルは呟いた。
それは下半身は馬、上半身は熊という見た目をしていた。
馬の強靭な下半身に、熊の前足を含む上半身が乗っかっていた。
つまり、前足が4本、後ろ足が2本、合計6本の足を持つ獣だったのだ。
四足獣の定義からも逸脱しているそいつはというと、音から察するに、鋭いかぎづめで蒸気機関車のボディを引っかいたり、体当たりしたりしているようだった。
僕がもう一度車窓から顔を出し、前方を確認するとそれはすでにそこにはおらず、どこかへ姿を消してしまっていた。
僕が車窓から顔を引っ込める頃に、隣のボックス席に一人で座っていたご婦人が「キャア!」と声を上げたかと思ったら、ガラスの破片があちこちに飛び散った。
そいつは車両の側面にすばやく移動し、車窓を鋭い爪で突き破っていた。
ご婦人はのけぞって、中央通路に倒れこんだ。
双子はガラスの割れた音に驚いて肩をすくめていた。
『運転室は何をやってるの!』とアルメルが慌てた声で言った。
運転室がなぜこの列車を発車させないのかを、僕は少し前に知っていた。
あの獣が車両前方を離れたおかげで、少し先の線路の状態を確認することが出来たのだが、そこから先に僕らが頼りにしている線路はなかった。
恐らく運転手はあの獣ではなくそれを見て列車を急停止させたのだろう。
「線路がないんだよ・・・。」僕は絶望に打ち震えながら言った。
『えっ。』と短く発してクロメルは再び窓から顔を出して確認していた。
その間も例の獣は、穴ぐらの中に逃げ込んだ獲物を仕留めんとするように車窓から内側に堅牢なその腕を突っ込んでは掻き出そうとしていた。
『あのよくわからない生き物を何とかしないと、線路の修理もままならないということでしょうか。』とクロメルが眉間に深いしわを作って呟いた。
クロメルの言う通りだった。
もし、あの化け物を何とか退治できれば、幸運なことに超優秀な錬金術士がこの列車には同乗しているんだ、おそらく線路の修理自体はそんなに難しいことじゃないだろうと僕は推定した。
そうこう僕とクロメルが考えを巡らせているうちに、アルメルはすでに行動していた。
『ㇽㇽアッ!!』例の獣が短く悲鳴をあげて怯んだ。
アルメルが危険をかえりみずも、突き破られた車窓の隣の車窓に接近し、ダメージを与えた結果だった。
彼女は汽車のボディを利用してその一部を錬金術により槍状に変成させた。
無数の槍は獣の胴や脚に突き刺さり、赤黒い血が滴っていた。
『クロメルっ!!』彼女は振り返りながら片割れの名を叫んだ。
一瞬ハッとした表情をしたクロメルだったが、承知したとでも言うように、獣の動きが鈍くなった一瞬の隙をついて、車窓から車内に突っ込まれた獣の腕に、錬金術で汽車のボディと結合している円形の錠を錬成し、ゆくことも退くことも出来ぬように身動きを封じた。
『さっすがクロメル!』アルメルはにっこり笑ってクロメルの方へ向き直った。
その場にいた数人の乗客から感嘆の声が上がった。
その身に無数の槍が突き刺さっているにもかかわらずその場から動くことを禁じられた獣は、最初のうちはその腕を引き抜こうと激しく抵抗して暴れたが、やがてその失血によって完全に動かなくなった。
『ふ、ふう。焦りました。』
そう言ってクロメルは手の甲で冷や汗を拭った。
僕は全く何もできずにその場に立ち尽くすのみで、結局は何から何までこの双子に庇護されるだけの役立たずだということを実感せずにはいられなかった。
それからこの事件は一旦、収束する様相を呈した。
彼女たちは汽車の乗組員や乗客に大変感謝されていた。
乗客はというと『あれが最年少二級術士の双子か』とひそひそ話したりしていた。
どうやら僕が思っている以上に彼女たちは有名人なようだ。
少し時を置いて僕たちは車外に出て、乗組員立会いのもと、その場を検分することになった。
ピクリとも動かなくなった例の獣を隅々まで観察してクロメルはこう言った。
『この六足獣は突然変異を含め、自然に生まれたものではないと思います。馬の機動力に、熊の剛腕があれば圧倒的捕食者として生態系の頂点に立てそうですが、この獣は恐らく食事ができません。』
『どういうこと?』とアルメルが訊ねた。
『よく見てください。この獣が、仮にその健脚と剛腕で草食獣を仕留めたとしましょう。この獣はひざを折ったとしても横たわるごちそうに口が届きません。熊の前足を器用に使って餌を食べたのかもしれませんが、その前足すらも地面に届かないので何か拾うなんてことはできるように思えません。』
確かに、馬はあの長い首があるからこそ身をかがめれば草をはむことが出来るが、このケモノは上半身であるところの熊の身体をいくらかがめたとしても、地面になどは到底届きそうもなかった。
クロメルの洞察力に、その場にいた全員が度肝を抜かれていた。
そして彼女はこう続けた。
『主食としていたものが野草や穀類だと想定した場合も同じです。背の低い野草や落ちた木の実などは絶対に食べられませんし、木の上にを登ってそれらを採ることもこの脚では不可能でしょう。この六足獣は川べりで水を飲むことすらできないはずです。おそらく私たちの前に現れずとも飢えて死んでしまったでしょう。』
「それじゃあこいつはなんなんだ・・・?」
『わかりません・・・まさか・・・・・・いえ、なんでもありません。』
クロメルはひどく慎重な様子で出しかけた言葉を喉奥に引っ込めた。
こいつの正体をあれこれ考えていてもはっきりとした答えは出ないことはわかり切っていたので、不可解な獣の骸は一旦置いておいて、僕たち三人と乗組員たちは汽車の進行方向、つまり無くなってしまった金属製のレールの方をなんとかするという名分に取り掛かることにした。




