表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

肋骨の隠れみの 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふー、これでいったん掃除は終わりっと。

 いやー、改めてひっくり返してみると、いろいろなものが出てくるわ、出てくるわ。

 このアルバムなんか、もうずっと引っ張り出してないよ。懐かしいなあ、小学生のころの卒業アルバム。これ、学校でも作られるんだけど、それとは別に個人の手で作ったものなんだよ。

 しっかし、私も好きだなあ。当時の思い出と一緒に、怪談話をちょこちょこ書き記しとくなんて。でも、ちょうどこーらくんのネタになりそうなものが見つかりそうだよ。


 ――そうだな。この骨格標本の話なんかいいんじゃないかな? なにせ私自身も妙な経験をしたものだからね。

 そのときの話、聞いてみないかい?


 骨格標本。君は授業で、どれくらい先生が使ったか覚えているかな?

 私は全然覚えていない。というか、使ったことがあったっけな? 理科の時間でも、彼らを背景に置いたまま、授業が続いていく。

 その骨格標本なんだけど、誰が持ってきたか、とあるウワサが生徒たちの間でささやかれ始めたんだ。

 見るときによって、骨格標本の肋骨が、多くなったり少なくなったりすることがあるって。


 肋骨は12対。そのことを確かめておいた私は、次の理科の時間。授業が始まるまでの間で、骨格標本を調べてみた。

 左12本、右12本。合計24本ある。特におかしいところはない。他のみんなも、噂を聞いてから何度も骨格標本を見やったけれど、数が増減する気配はなかった。

一か月の間で、何人かが「肋骨が13対になっていた」とクラス中で触れ回ったことがあったねえ。けれど、「じゃあすぐに調べにいこう」と提案するや、もごもごと、先ほどまで達者だった舌がとたんに回らなくなってしまう。


 ――ああ、興味をひきたいだけのかまってちゃんだな。


 私はちょっとだけかわいそうな視線を向けるが、それ以上の追及はしない。

 すでに標本への関心が薄まっている生徒が大半だったが、私はまだひっそりと肋骨を数えている奴のひとりだったんだ。

 これまで、授業の前後で調べてきたものの、収穫はゼロ。だとしたら、朝早くか放課後か。いずれにせよ人の目が少ない時間帯で試してみよう。

 そう考えた私は、その日は帰りのホームルームが終わると、図書室で本を読みながら人がはけるのを待つ。まずは放課後時間での検証だ。

 図書室内には図書委員がひとりいたが、ふとカウンターから腰を上げ、部屋を出て行ってしまう。トイレだろうか。

 不用心だな、と思いながらももうあと30分はここで過ごさせてもらう予定の私だが、図書委員が出て行ってほどなく。


 がたん、と私の座る席から遠い、部屋の奥の本棚が揺れる気配がした。

 はっと目をやったとき、本がびっしり詰まったその棚は、その枠をかすかに震わせているだけだった。だが、それに目を見張ったのも束の間のこと。

 図書室の外でずるり、ずるりと何かをこすりつける音がしたんだ。

 これまでに、同じような音を聞く機会があった。校舎内の各教室外の壁は、壁に掲示物が貼れるようにゴムのボードが取り付けられている。そこへ体をこすりつけながら歩くと、同じような音が出るんだ。


 ――誰か、図書室の前にいる。


 図書委員かとも思ったけど、音は部屋の後ろから聞こえてきた。その先にあるのは非常階段に通じる扉だけで、有事の時以外は開かない。そもそも開けるときには、重々しい鉄の扉ならではのきしみが響くのに、今回はそれがなかった。

 相手はあらかじめ、あそこに潜んでいたことになる。それも、30分ほど前にやってきた私にまったく気づかれることなく。


 寒気が走る私は、本を片手で持ったまま上履きを脱いだ。入り口からは見えない柱の陰に隠れつつ、壁越しの様子をうかがう。

 ずるり、ずるり……。

 音は変わらずに図書室の後ろから前へ進んでいく。かなり強く体を押し付けているのか、通った壁越しの本棚がかすかに揺れるんだ。やがて私が身を隠す、柱のすぐそばの本棚も越えて、更に先へ。ついには入り口へ差し掛かる。

 ひょっとしたらのぞき込まれるかも、と警戒する私だが、音の主は立ち止まらなかった。音が遠ざかり、変わらず壁をこすり続けているらしい。隠れた位置の関係で、姿をうかがうことができない。


 やがて、図書委員の顧問の先生がやってきた。そろそろ下校時間だから、帰るようにと声を掛けられる。先ほどの音のことは尋ねなかった。

 私はちらりと、音の主がこすった壁を見やる。めくれていたり、傷がついていたりと目立った外傷はなかったが、気持ちゴムのシートはへこんでいるような気がした。それが延々と、廊下の奥まで続いている。

 気味悪く思う私は、早々に階段を降りて一階の理科室前へ。図書室へ先生が来たことから、すでに鍵が掛けられていた恐れがあったが、ドアは開いた。

 中には誰もいない。先の図書室の雰囲気を思い出し、手短に済ませようと、私は骨格標本へ近づいてみる。


 一つ、二つ、三つ……。

 指をさしながら一本ずつ慎重に数えていく。

 すでに下校時間ぎりぎり。先生に気づかれる可能性を少しでも減らそうと、部屋の明かりはつけていない。その日は空も曇り気味で、教室の中は窓際の席のいくつかが、外からの光に照らされているばかり。

 八つ、九つ、とお……。

 更に十一、十二と数える私だが、力が入っていたせいだろうか。最後の12肋骨へわずかに指先が触れちゃったんだ。


 その12肋骨の影から、ぼろりと外れて垂れ下がるものがあったんだ。

 肋骨からぶらりと下がるのは、12肋骨にそっくりの形をしたもの。大きく体を曲げるそれは、骨と呼ぶにはあまりにも灰色がかっていた。

 でも、その色は私にとって、あまりに身近なものに思えたんだ。垢さ。

 当時の私は、垢の意味さえ知らず、無神経に腕をぼりぼりかいては、出てくるそれを粘土のようにこねこねして遊んでいた。ねり消しで遊ぶのと、同じような感覚だ。

 その作品にしては、精巧すぎるものがそこにあった……。


「ああ、ここか」


 ふと、私の横から声がしたかと思うと、いきなり細い指が伸びて、垂れ下がった骨状の垢をぶちりとちぎり取った。

 顔を向けた私は、長い右腕が引っ込んでいくのを見る。数メートル離れた理科室の入り口、そこに私より一回り小さな人影が立っていた。なで肩なのか、左腕がだらりと下へ下がっている。

 引っ込んだ右腕が、肩を持ち上げながらわきのあたりを探る動きをする。驚いて動けない私の前で、そいつはやがて腕を下ろし、教室から出ていく。そのだらりとした肩を下げながら、先ほど図書室で聞いた壁に体をこすりつける音を立てながら。

 我に返った私が廊下へ飛び出すも、もうすでにあの人影はどこにもなかったんだ。


 あれが何者だったのか、私には分からない。

 ただその後、レントゲンを撮ったときに、私は12肋骨の片割れが欠けていることを指摘されたんだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 校内で囁かれている怪談を確かめるべく、放課後の校舎を探索するシチュエーション。 少年時代のノスタルジーを掻き立てられますね。 私は所謂「学校の七不思議」的な物の伝わっていない小中学校に通っ…
[一言] もっていかれちゃったのでしょうか……。 他にも噂を調べてた子達がいたみたいだし、もしかしたら似たようなことになってる子もいるかもと思ったりです。 怖くて面白かったです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ