ルーナ=フォールド
「ちゃんと着た?」
今度は確認を怠ることはない。ラッキースケベは狙ってないからこそのラッキーである。
「きました。だいじょうぶ、です」
ちゃんと着てくれたらしい。見知らぬ男の着てた服には抵抗があったかもしれないがそこは了承して欲しい。
振り返ると、何故か裸の状態のまま上にブレザーを羽織っている割とアバンギャルドなファッションになっていたが、これ以上つっこむのも気が引ける気がするので何も言わないでおこう。
ちなみに俺はそこまで体格が良くないのでちゃんと隠れているか際どい部分だかそこはあえて注視しない。紳士的対応である。そもそも時刻は夜である上に森の中は暗くて例え見たくても見えない。これは見たいとは言っている訳では無い。
「ありがとう」
「あぁ、いいよ別に。それよりも大丈夫?あの男に?かどうかはわからないけど、結構怪我してるみたいだし」
少し困った顔をしていたので何かと思ったが、聞き取れなかったようだ。やはり言葉は通じはするが円滑なコミュニケーションとはいかないらしい。少しゆっくり話すことを心がけ、同じことを言った。今度はちゃんと聞き取れたらしい。
「これくらいなら、いつも、なので」
「そっか…」
あんなに血が出るほどの暴行がいつもの事となるとそれは全く大丈夫とは言えないと思うが。
「あ、あの、わたしは、ルーナ。ルーナ=フォールドといい、ます。あなたの、おなまえはなんで、しょう?」
「あ、そっかまだ言ってなかった。俺は水彩、水彩凪。よろしく、ルーナ」
「ナギ、ナギさん。たすけてくれて、ほんとうに、かんしゃ、です」
「ま、まぁ、気にしなくてもいいよ。あいつ、何故か俺のことも狙ってたみたいだし」
「なぜ、というなら、ナギさん、レイブ、のうえ、に、とつぜん、おちてき、ました」
発音が俺のわからない方の言語に寄っていて、聞き取りづらかったが、レイブというのは恐らくあの男の名前なのだろう。
ルーナには何故か通じるだけありがたいが、やはりたどたどしいし、たまに分からない言葉が混じる。
というか、やっぱり俺は空から降ってきたらしい。俺の知っている中では空から降ってくるのは女の子なのだが。
少し黙っているとルーナが恐る恐る口を開いた。
「わたしのことば、ちゃんと、わかります、か?」
「あ、うん。でも何でルーナは日本語話せるの?」
「にほん、ご?*****ごじゃな、い、ですか?」
日本語があるからといってどうやらそこが日本という名前なわけではないようだ。考えてみればそりゃそうかもしれない。
こういう場合は俺は違うところから来たと言っていいものなのだろうか。残念なことにセオリーをあまり知らない。
とりあえず濁しておこう。
「あ、あぁ。それ、その何とかって言葉と同じみたい。その言葉が話せるって事はルーナはそこ出身なの?」
「うまれたのは、ちがい、ます。わたしの、おばあちゃん、*****ご、はなしてました。なので、すこしだけ、わかり、ます。わたし、おかあさん、*****のうまれ、です」
「へぇー」
どうやらルーナにはこの世界における日本の血が混ざっているようだ。
ルーナに会えたのは俺にとって、とても幸運なことかもしれない。現状俺の持つ情報はあまりにも少ないが、おそらく俺が元の世界に戻るために、また、鳴神のためにも、この世界における日本。発音が難しくなんて言うのかは分からないが。とにかくそこに行く価値は大いにあると思われる。
この世界についても多少は知ることが出来るだけでなく、目的地のことも聞けそうだ。
何より言葉が通じるのがとても嬉しい。
自分ではこんな状況にいきなり放り込まれたにしては冷静でいる方だとは思うが、やはり不安はある。その中で多少たどたどしいとはいえコミュニケーションが取れる相手がいるのは大変心強いことだ。
俺には友達はあまりいないが、当然家族がいる。おそらく当の本人である俺がこの場にいるということは、向こうの世界に俺はいないのだろう。
そこで俺はふと、鳴神の言葉を思い出す。
「もし私とあなたの1番大切な人が落ちそうになってたたら、水彩くんはどっちを助ける?」
俺の1番大切な人。妹の時。もうここまで来てしまった以上、自分ためにも、鳴神のことを放っておく事は出来ないのだろう。だが俺には帰らなきゃいけない理由もしっかりと存在している。
わけわからない状況ではあるが、パニクったり嘆いたりしている暇はない。
詳しいことはまだ分からないがどうやら俺にはやるべき事があるようだ。
鳴神のためにも。時のためにも。
しばらくの間黙って考えてしまったので、ルーナが不安そうな顔をしながらこちらをちらちら見ていた。
「あ、ごめん、ちょっと考え事してて。あれ、いつの間に?」
どうやら俺が考え事をしている間にルーナはその辺に落ちている木々を拾い集めてきていたらしい。
「ここ、****でる、ので」
多分だが、野生動物の類が出るのだろう。言われてみれば当然だ。現代っ子の俺はその辺のイノシシやらシカやらでも襲われれば余裕で死ぬ自信がある。知識でしか知らないが焚き火はそういった類のものを避けることが出来るだろう。本当にルーナに会えてよかったかもしれない。
どうやって火をつけるのかと思ったが、木と一緒に拾ってきたであろう石同士を打ち付けてあっという間に着けてくれた。
「すごいな…ありがとう」
「ナギさん、たすけて、くれました、この、くらい、あたりまえ、です」
初めは頼りなかった小さな火種が徐々に燃え移りそれなりの大きさの火になった。
まともな明かりが灯ったことで、改めてルーナの姿が顕になってハッとした。
少し灰色がかってはいるが黒い髪に、黒い瞳、この世界の日本の血が混ざっているだけあってその辺は俺と同じ。
顔立ちも心做しか日本人チックで幼い印象を受けるが、くっきり二重でクリっとした大きな目に長いまつ毛。小ぶりな唇と、現代日本にいれば間違いなく可愛いと言って差し支えない顔をしていた。
しかし、そこには立派な猫っぽい耳としっぽがあり、俺がじっと見すぎたせいか、恥ずかしそうに耳がぺたっとなっている。
…ちょっと触ってみたい。
「あの、ナギさん、はずかしい、ので、あんまり、みないで」
ルーナは身を守るように自分の肩を抱く。
「あっ!ごめん!つい…」
急いで顔を背ける。
どうやら顔を見られるのが恥ずかしかったのもあるが、それよりも自分の格好に気づいたようだった。
…そう言えば裸ブレザーでしたこの子。
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