逃避行
「痛ててて…」
なんで生きているのか不思議だが、どうやら俺は屋上から落ちても運良く生きていたらしい。
「って…どこだ、ここ…」
俺は高校の屋上から落ちたはずだが、気がつくと本来落ちたはずの位置より高い場所にいて、そこから更に落ちたような気がする。
もっと言えば暗くてよく見えないが、感じる雰囲気は明らかに学校のものではなかった。
病院という感じでもない。
全身が軋むが所々に力を入れてみて、折れている箇所がないか確認する。
どうやら骨も折れていないようだ。
「**」
「えっ、なに!?」
唐突に声をかけられ体をはね起こす。
「**、******?」
「…」
声が出なかった。
目が慣れ始め、ようやく周りが少し見えるようになってきがついた。
俺に声をかけてきたのは少女。顔に無数の殴られたあとと流血があり、服はボロボロでほとんど全裸だった。
そして何より、彼女には猫のような耳としっぽが生えていた。
それで俺は確信する。
あぁ、これあれだ。わかった。最近流行りのやつだ。
思わず目を瞑り、天を仰ぐ。
そういう事か、鳴神…。多分だけど、だいたい分かったよ。
鳴神が度々していた不可解な発言もこれで得心がいった。
「****、**、*****?」
再び彼女に声をかけられる。しかし。
何言ってるか分からない…。いや、そりゃそうだよね。小説とかアニメだとあまりにも自然に会話してるからなんにも思ってなかったけど、言葉なんか通じる方がおかしい。
それでも俺は少しだけ鳴神を恨んだ。
せめて言葉くらいは通じて欲しかったよ。
「えっとー、こんばんわぁ…」
我ながら酷い。なんだそれは。
ふと、彼女の視線が俺の下の方に動いたのでつられてそちらを向く。
「あっ…やべっ…」
落ちた衝撃で感覚が麻痺していたため気づかなかったのか、俺の下には見知らぬ男が気を失って倒れていた。
急いでそこからどく。
明らかに俺が落ちた時に下敷きにしたものと思われる。
男はがっちりとした体格で背丈もそれなりにありそうだ。息はしているので、殺してしまってはないらしい。
「この人、この子の知り合いかなぁ」
何となく声に出して呟いた。
「しりあいじゃ、ない」
そうか、知り合いではな…
「えっ!?」
「そい、つ、しりあいじゃ、ない、、です」
日本語…。
たどたどしくて所々イントネーションがおかしいが、ちゃんと理解出来た。
まさか日本語が通じるなんて…。
彼女は怯えながらもしっかりとこちらを見据えている。
言葉を上手く紡げないようだった。
「う、うぅ…」
男が呻き声をあげる。
「あっ!すみません、大丈夫ですか?」
おそらく俺が危害を加えてしまったので、反射的に声をかけ近寄り、男に肩を貸し、起こしてやった。
男は頭を振り、気を確かめると、慌てた様子で何か言った。
この男の言葉はどうやら日本語ではないらしい。
辺りを見渡し、男は視線を一点に定めた。
視線の先には先程の彼女が非常に怯え表情で立ちすくんでいた。
男は厭らしい笑みを浮かべる。
まずい!
そう思った瞬間、男のぶっとい腕にぶっ飛ばされた。
想像以上の衝撃と痛みに顔が歪む。
「**!****!!!」
少女がなにか言いながら俺の方に走ってくる。
俺は痛みに耐えながら何とか上体を起こすが、しばらくは上手く動けそうにない。
少女の顔の傷と服装、そしてこの男を見て気づくべきだった。
この少女はおそらく男の奴隷なのだろう。
しかし、現代日本で育ってきた俺にとって、すぐその発想に至るのは難しい。
男は相変わらず厭らしい笑みを浮かべ、こちらにゆっくりと歩いてくる。
このままではまずい。
痛みと焦燥で思考がぐちゃぐちゃになる。
「ぐっ…」
走り寄ってきた少女の肩を借り、ふらふらと立ち上がる。
視界の端に少女の怯えた表情が映る。
そして彼女はこちらを向き確かにこう言った。
「たすけて!!!」
この言葉を言われては逃げるに逃げられない。彼女のことは全く知らないが、水彩凪という人間がこの場面で逃げることは出来ないということを俺自身が一番よくわかっている。
それに言われてなくてもとうに逃げられる状態ではない。
そして、どちらかと言えば俺の方が助けて欲しいくらいだが仕方がない。必死に考え続ける。
「すぅー、ふぅー」
息を深く吸い、そして吐き、覚悟を決める。
男との距離はあと約7、8メートル。
獲物をなぶる様にゆったりと近づいてくる。
あと5メートル。
まだだ、もう少し引きつける…
さらに息を深く吐き、集中する。
何とか1人で立てるくらいには回復したので、彼女を背の方に庇い、右手の感触を確かめる。
俺の切り札は確かにそこにあるようだ。
あと3…2…。
今だ!!!
男がもう一度俺を殴ろうと拳を振り上げたその瞬間、右ポケットからスマートフォンを取り出し、画面をつけ、男の目に向かってかざす。
「**!?!?」
案の定、男は悲鳴をあげ、大きくふらつき後退する。
その隙を逃さず、俺は後ろにいた少女の手を引き、目の前に見えていた森と思わしき方へ全速力で駆け出した。
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