落下
「あっ!えっ!鳴神!!!」
考えるよりも先に体が動き、鳴神に向かって全速力で駆け出した。
まるで時間の流れが何倍にも引き伸ばされ、ゆっくりになったかのような光景が視界に映るが、気にしていられない。
フェンスの手前辺りで全速力のまま鳴神に飛びつく。
間一髪、本当に間一髪と言ったところで俺は彼女の手を掴むことが出来た。
「はぁ、はぁ、はぁ、、なに、してんのさ」
フェンスから身を乗り出し、かろうじて掴んだその手が何かの拍子に離れてしまわ無いうちに更に力を込めて鳴神を引き上げようとする。
しかし掴んだ鳴神の手には力が籠っていない。
「な、鳴神っ、手を握ってくれっ!!もう!あんまりもちそうにない!!!!」
鳴神は華奢な女の子だ。だとしても片手で彼女を支え、さらに自分が落ちないように自分のことも支え続けるのは非常に難しい。
徐々に力が入らなくなってきた。
「ま、まじで頼むよっ!鳴神ぃ…」
思わず情けない声を上げてしまうが構っている余裕はない。
未だにダラっと力を抜いている鳴神をこれ以上は支えきれない。
くそっ、もう無理だ!!
一か八か思いっきり引き上げようとした次の瞬間―。
「ありがとう、凪くん。頑張ってね」
「えっ…」
鳴神はそう呟いた瞬間、ぐっと手に力を入れ、いつの間にか俺と鳴神の位置を入れ替える。
体が宙を舞った。
―鳴神のいまにも泣きそうな、それでも精一杯と思われる笑顔が、最後にちらりと見えた気がした。
よかった…鳴神…。
鳴神が遠ざかっていく。
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少女は草原を裸足のまま走り続けていた。
既に夜は深いうえ、今夜は新月。殊更闇が深く、明かりなしでは本来走ることは叶わないだろうが、夜目のきく彼女は別だ。
もうどのくらい時間が経ったのか分からないほど走り続けおり、まともな食事をしておらず、衰えた体には酷くこたえた。
しかし立ち止まることはしない。
立ち止まり、捕まりでもしたら、これまでとは比べ物にならないくらい酷い仕打ちを受けるのは明白だった。最悪の場合殺されてしまうかもしれない。
もう少しで森に入る。そうすれば少しは休めるかもしれない。
そう自分に言い聞かせ、歯を食いしばる。
彼女の後方にチラチラと灯りが揺れた。追っ手が迫ってきたのだ。
不安で自然と涙が滲む。
涙で視界が悪くなったことによって足元をとられ転んでしまった。
森は既に目前だったが、体から力が抜け、立とうとしてもふらふらとよろめいてまた倒れてしまう。
倒れた地面を伝って足音が聞こえてくる。相当怒りに燃えているのがそれだけでわかった。
激しい疲労と恐怖で身が竦む。
不意に周囲がぱっと明るくなり、少女の体に鈍痛と衝撃が走った。
「てめぇ、ふざけやがって!!」
腹部を思い切り蹴られ蹲る彼女に対して男は怒声をあげる。
「この野郎!逃げられるとでも思ったのか!!!ああ!?」
更に髪を乱暴に掴み上げ顔面を数発殴打する。
少女は悲鳴をあげ泣き叫ぶが、男は顔から血が流れてもなお殴るのをやめない。
少女は悲鳴すらあげなくなり、ぐったりとしてしまった。
「これでわかったか!!次逃げ出そうとしやがったら、マジで殺してや……ぶぎゃぁ!!!」
男は急に彼女の髪から手を離し解放する。
変な声を上げて倒れた男の方を見るとそこには―
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