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救世の巫女  作者: うみ。
第1章 別れ、転移、そして出会い
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告白

屋上へと至る少し錆び付いていて、無駄に頑丈そうな扉はその見た目とは裏腹に軽々と開けることが出来た。


そしてフェンスに腰掛けていた鳴神は微笑みながら俺に向かって言う。


「ちゃんと来てくれたのね、水彩(すいさい)くん」


3年間着ているはずの制服に一切の汚れやシワはなく、精巧な人形のような顔と、すらっとした手足、腰丈ほどの濡れているような漆黒の髪と瞳。


立っているだけで絵になるその姿は、なるほど確かにこの学校一と言っても差し支えないだろう。



「まぁね。鳴神に呼び出されて来ない男子は少なくともこの学校にはいないんじゃないかな」



「そうかしら?それはとても光栄なことね」



鳴神は俺を見つけた時の笑みを崩さず真っ直ぐにこちらを見据えている。



俺は気まずくて目を見れないけど。



彼女の持つ独特の雰囲気は、確かに人を強く引き寄せるものなのだろうが、俺みたいな人間には強すぎる光なのはまちがいないだろう。



「あ、そうだ、水彩くん、ご卒業おめでとうございます」


「あぁ、ありがとう。鳴神、、さんもおめでとう」


「鳴神でいいわよ」



呼び捨てでいいらしい。同学年の女子に対してこう言うのもおかしいと思うけど、鳴神を呼び捨てにするのは恐れ多いんだよなぁ。



実際に鳴神を呼び捨てにしているのは生徒ではほんのひと握りくらいしかいないと思う。



少し間が空いてしまった。



鳴神はフェンスに腰かけたまま動かない。この学校は比較的新しい方だし、学校の屋上に設置されたフェンスがそう易々と壊れたりすることはないだろうが、フェンスは鳴神の腰くらいの高さしかないので、落ちやしないかと不安を煽られる。


そもそも屋上は普段立ち入り禁止で鍵がかかっているはずだった。あまりにも自然に誘い、当然のようにそこにいるので忘れていたが、一体どうやって鍵を開けたのだろう?



「鳴神、フェンスに座ってちゃ危ないんじゃない?」


「ふふ、そうね。もしフェンスが壊れたり、私がバランスを崩して落ちたりしたら、水彩くん捕まってしまうものね」


「事故なのにか…」


「ええ、あなたが突き落としたと証言するわ」


「落ちても生きてるつもりなんだ…。まぁ、でも確かに、もしも鳴神がそう言ったら誰しも俺を疑いそうだよなぁ」


「ふふふ」



鳴神は意外とおちゃめな性格らしい。話したことが無かったので知らなかった。


依然フェンスに腰かけたままだ。


俺がなんと言おうかと迷っていると、鳴神の方から声をかけてくる。



「ねぇ、水彩くん。もし私とあなたの1番大切な人が落ちそうになってたたら、水彩くんはどっちを助ける?」


「…鳴神って意外と意地悪なんだね」


「そうかしら?」


「仕事と私どっちが大事なの?みたいな感じで、永遠の命題というか、そもそも考える必要あんのかなーと思う」


「その質問に関して言えば、女性的には私を選んでもらいたい所だと思うけど?」


「いやまぁ、それはわかるんだけど、大切だからこそ仕事を優先しないといけない時は来ると思うんだよね」


「ふーん、水彩くんって結構理窟っぽいのね」


「どうだろ、時と場合による。逆らいようのない激情ってのもあるだろうし」


「水彩くんが激情に駆られてるところを少なくとも私はみたことないけど」



そりゃあ、君と俺はそんな親しくないからな。


喉まででかかったが何とか飲み飲んだ。



「俺も人並みに怒ったりとか悲しんだりはするよ」


「へぇ。じゃあさっきの質問の続き。どちらかしか助けられない。でもあなたが身代わりになれば2人とも助けられるとしたらどうする?」


「2人とも助けるよ」


「あら、こっちは即答なのね。ふふっ、かっこいい」


「うーん、まぁ、口ではなんとでも言えるけど…。でもそれで、鳴神と、俺の1番大事な人が助かるなら多分そうする」


「優しいのね、でも自分のことも大切にしなきゃだめよ」


「鳴神が聞いたんだけどなぁ」


「でも…それを聞いて安心したわ」


「安心?」


「ええ、あなたが私の思った通りの人でよかった」


「えっとー、買いかぶりだと思うけど、まぁ、ありがと」


「どういたしまして」



そう言って微笑んだ鳴神に思わず見とれる。



しばらく他愛のない会話を交わした。


そして鳴神は、ふいフェンスから腰を下ろし、回れ右して景色を眺め始めた。



「じゃあさ、水彩くん、大切な人はいなくて私だけでもあなたは身代わりになってまで助けてくれる?」



鳴神がどんな表情をしているのか、こちらからは見えない。ただ、今までのよく通る涼しげな声色とは違って、その質問には少しだけ震えが混じっていた。



「鳴神が…鳴神が俺に助けを求めるなら、俺は多分助ける」



嘘偽りはない。俺は多分誰かに助けを求められたら助けてあげないと気が済まない。


なんだか当初俺が思っていた、鳴神の゛話したいこと゛はどうやら思い過ごしのようだ。



「鳴神が話したいことってそれ?」



俺はとうとう本題について尋ねる。



「半分はそう。というか、前提かしら」


「前提?」


「そう、前提」



鳴神は再びこちらに振り返る。



「鳴神は俺に助けて欲しいの?」



鳴神は答えない。



「お、おい!鳴神!?」



鳴神はスカートなのに軽やかにフェンスを跨ぎ、ヘリに立った。


そしてこちらを向く。




「水彩くん…。水彩凪(すいさい なぎ)くん…」




鳴神は俺の名前を呼び、そしてまたこちらを向き微笑んだ。



時間が経って落ちかけた夕陽が嫌に眩しい。



そして夕陽を背にした鳴神のその姿があまりにも綺麗で、俺は声が出なかった。






「私を…。私と私の世界を……救ってね」







鳴神の体がゆっくりと後ろに倒れていく―。

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