恋の神様が定めたルール
もし、百人の異性から愛を求められた女性と、たった一人の異性にも相手にされなかった男性がいたとする。
思うに、二人の『恋愛的価値』は平等だろうか? その二人が出遭い、恋に落ち、将来一組の夫婦として一生を謳歌する事は、許される事なのだろうか?
――恋愛の神様は『否』とした。
美女には美女の、不細工には不細工の、それ相応の相手はこの世のどこかに必ず用意されている。その相応しき相手を見つける事こそが人間の使命。
なのに美女が気まぐれで醜男と付き合ったり、またその逆も然り。そんな事をしているから、元来自分と結ばれる運命にあった相手を失った人間が世間から溢れ出す。
そう考えた神は、世界中のあらゆる人間を『10段階の恋愛価値レベル』に分類した。容姿、資産、頭脳、性格、家系、過去、エトセトラ、エトセトラ。あらゆる観点から見て、最も恋愛的価値の高い人間達をレベル10とするならば、その逆はレベル1。
『地球に棲む人間達は全て、自分と同じレベルの人間としか恋をしてはならない』
これが恋愛の神様が辿り着いた一つの結論。そして、この大原則を守れぬ者には神の鉄槌を。
恋愛の神様は今日も、人間達のより良い恋愛の為に天国から地上を眺めています――。
***
「くだらね……」
短めの黒髪、スクールバッグを肩に掛けた学生服。その顔立ちは整っており、細身のスタイルも相まってよりその男の外見を映えさせている。
長田拓朗は溜息をついて、『恋愛の神様』という一冊の絵本を児童向けコーナーの棚に戻した。
「ごめんごめん、待った?」
一人の女性が拓朗の背中を叩いた。肩程まで伸びた程好い茶髪、拓朗と同じ学校の制服に身を包んだ小柄。
「目当てのものはあった?」
「うん、バッチリ」
長田拓朗の交際相手、杉村亜由美は三冊の参考書を掲げて見せた。
嬉しそうに笑顔を浮かべる亜由美の頬は少し肌荒れしていて、拓朗はそれを眺めながら一冊の絵本の事を思い出していた。
(もしもあんな話が真実だったら、俺達はどうなるんだろうな……。同じレベルなら嬉しいけど)
それは何も真剣に悩んでいる訳で無く、『もし○○だったら〜』というレベルの笑い話。
「じゃ、ちょっと待っててね。会計済ませてくるから」
亜由美は会計の方へと駆けて行った。
拓朗はただ、その背中を眺めていた。
――次の瞬間、重量感を帯びたワゴンが亜由美を目掛けて突っ込んできた。
拓朗は慌てて亜由美の腕を引いた。亜由美の体はワゴンの進行コースから外れ、間一髪の所で回避した。
「う、うわっ、あぶなーっ!」
亜由美は目を丸くしてワゴンの行く先を眺めた。それはそのまま本棚の方へと進行し、少しスピードを緩めた後に直撃した。
「す、すいません! 手が滑ってしまって……」
一人の店員が駆けてくる。
「あ、いえ。大丈夫ですから」
拓朗はそれを制し、亜由美の手を離した。
亜由美もまた店員に向かって軽く会釈するだけで、今の出来事を咎めようだなんて気は一切無かった。
その店員は亜由美に怪我が無いかを何度も確認し、そして何度も頭を下げた後にワゴンの方へと走っていった。
「……びっくりしたね。大丈夫?」
「う、うん。それよりありがと。拓朗が手を引いてくれなかったらぶつかってた」
亜由美はポンポンと制服についた埃を掃った。
「じゃ、今度こそ会計済ませてくるから待っててね」
そう言って亜由美は、二、三回左右を確認してから再びカウンターの方へと駆け出した。
拓朗は、あの絵本の事を考えていた。
(さっきあんな本を読んだばかりだったから驚いたな……。別に、ワゴンにぶつかったって死にはしないだろうけど)
拓朗は振り返り、少し乱れた心を落ち着かせる様に溜息をつく。
そこには、目を見張る程の美女が立っていた。
「あ、拓朗くん!?」
「あ、ああっ……」
その美女は拓朗を見つけるや否や表情を明るくし、拓朗の方へと駆け寄った。
「久しぶりー! うわっ、小学生以来ー?」
小学校時代のクラスメイト。その美女は拓朗の事をずっと覚えていて、それは拓朗も同じであった。
――もうその瞬間、拓朗の頭の中は目の前の美女の事で一杯だった。
拓朗は、亜由美と目の前の女性を天秤に掛けながら、先程読んだ絵本の終わりの一文を思い返していた。
『ただし神の鉄槌を受けるのは、二人の男女の内、レベルが低い方である』
この作品はフィクションです。