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9.肖像画すら送ってこない婚約者様と、地味で平凡なわたし

わたしの婚約者様は、海の向こうの王子様だ。

ちなみに顔を合わせた事は、記憶にある限り一度も存在していない。



わたしの身分はとても簡単で、いわゆる王女様だ。それも数多居る妾腹の姫の一人で、はっきり言ってあまり高い身分と威張る事も出来ない。

威張るつもりはさらさらないのだけれども。

そんなわたしの婚約者様が海の向こうの王子様、というのは不思議な話で、普通海の向こうの大きな国の王子様ならば、わたしよりも身分の高い母親を持った王女がそうなるはずだ。

しかしながら、そう居た王女様がみんな揃って海の向こうに嫁ぐのを嫌がった。

海はとても危険な場所で、いつ船が沈むかわからないと言われている魔の領域。

そこを乗り越えて、大国のお妃になるなんて、どこの誰も望まない。

縁談が持ち込まれてきた時に、幼かったわたしが、ほかのどこの王女も隠れて目に留まらないようにしていたのに、一人のんきに、中庭でお人形遊びに熱中していたのが運の尽きだ。

その当時の父王も、縁談を持ち込んできた使者の方も、わたしを見てこれだと閃いたらしい。

使者の方自身も、自分の国の王様の言葉を無茶だとどこかで思っていたそうだ。

島国の王と侮られた事は、父王は一度もない。

家族思いの賢王は、自分がよく接している妃たちや妾達、そしてその子供たちは家族と認識していて、滅多に接触しなかったわたしやその母は家族と認識していなかったのだ。

そのため、普通は目に留まらないように隠れているはずの娘の一人が、表に堂々と出て遊んでいるから、あの娘ならいいと思ったらしい。

使者の方も、無理強いをするつもりはなかったらしく、持ち掛けていたものの断られてもしょうがないと思っていたそうだ。

しかし父は、これを機に貿易関係をもっと発展させるべく、わたしを使ったのだ。

わたしやわたしの母の意思など無視して。



しかしわたしはそれを、一度も嫌だと思った事が無い。妾腹と蔑まされて、おまけに王の寵愛があまりないから放っておかれっぱなしで、もしかしたら明日の食事にも事欠く状態もあったわたしたちだ。

婚約が決まった途端に、きちんとした食事に住居、それから教育を受けさせてもらったのだから、嫌だなんてちっとも思わないわけだ。

ご飯は食べられる方がずっといいし、寒い時に温かい毛布を手に入れられるのはすばらしい。

そんな調子で、わたしは今も海の向こうの王子様の、婚約者を続けている。結婚は、彼が成人した証となる十八に執り行う予定だ。

肖像画すらないけれども、わたしはその、ある意味恩人の彼のもとに嫁ぐのをとても、楽しみにしている。




「え、海の向こうの王子様たちがいらっしゃるの?」

わたしの声は裏返りそうになった。侍女の一人が頷いて教えてくれる。

長い間私に仕えているこの侍女は、色々な情報に詳しいのだ。

「はい、海の向こうの王子様たちが、このたびこちらに見聞しに来るそうです。何しろこの国の治水技術は、とても高い物がありますからね」

わたしは話を半分も聞いていなかった。海の向こうの王子様がいらっしゃる。

わたしの夫となる人が現れる。なんて楽しみなのだろう。会話位は一度はしてみたかったから、きっと少しくらいの会話はできるだろう。

顔は夢など見ていない。というのもわたしは肖像画が贈られてきていない事実をこう捉えているのだ。

顔がかなりよろしくない、見た目はよくない方なのだろうと。肖像画で美化する事も出来ない方なのだろうと。

せめて汗臭くて酸化した匂いじゃなければいい、とわたしは思っている。

そしてわたしの許容範囲はとて広いらしく、初恋の男性は気性の優しい豚のような人だった。

あの人はわたしの協力の元、見事に恋人と結ばれて、その知識と心根の優しさを買われて出世した。

いまでも友人としてお付き合いがあるくらいだ。

「お話くらいはできるかしら」

「姫様ならできますよ。婚約者なのですから、一度も会話をしないなんて変な話ですし、そう言えば手紙も一度も送られてきた事がありませんね」

「きっと、手紙を携えた船が何度も沈んだのよ。草木でできた紙はとても脆いし、墨もインクも塩水で流れてしまうもの」

「そうですねえ」

侍女とわたしはそんな話をして。海の向こうの王子様の歓迎会に出席するべく、お父様の召使の呼び出しを待っていた。

そして彼らが現れて、わたしが粗相のない見た目か確認して、大広間に入るように促してくる。

背中を伸ばしてわたしは、期待に胸を膨らませて、大広間に入って王子様の歓迎会に入った。

大きな国で、友好国で、貿易の仲間である国の王子様の歓迎会だから、とても賑やかで友好的な空気が流れている。

そんな中、王子様だろう立派な衣装の方がたと、使者の方々が現れる。

「なんて立派な王子様たちかしら」

近くにいた、わたしよりも母の身分が高い王女様が、そんな事を呟いていた。

うら若い女性たちは皆、王子様の見事な姿にほれぼれとしているようだ。

かくいう私も、溜息をもらさずにはいられない。なんて立派な姿の方かしら。

見事な体に、素晴らしい見た目のかんばせに、瞳の色まで知的ときたのだから。

この方がわたしの婚約者だと思うと、なんだかとても得をした気分になる。

わたし自身はぱっとしない見た目だけれども。

使者の方たちと王子様がたが、父王に挨拶をする。

この挨拶も知性の溢れたもので、好感度がぐっとあがる。

それからはもう、外交の場所のような歓迎会に加えて、王子様を射止めようとする王女たちの争いの場になってしまった。

わたしは正妻の余裕という物で、のんびり構えている。

それにしても、わたしの婚約者様なのに、お姉様たちも妹たちも、群がってはしたないわ。

いつになったら挨拶をしてもいいのかしら……とかんがえていたのに。

王子様は、美貌で知られている、王妃様の娘のお姉様に、夢中になってしまったらしい。

彼女とばかり話している。ほかの娘たちは、彼女なら仕方がないと思っているようで。

待ちきれなくて近付いたら。

「あなたは肖像画の通りに美しい……」

「あなた様は、肖像画以上に立派なお姿をしていらっしゃいますね」

「褒めないでください、あなたの声は手紙の中よりも知性にあふれている」

何て言う会話が聞こえてきた。何という事だ。わたしに来るはずの手紙も、肖像画も、みんなお姉様が持っていたのか……

あんなにもきれいなお姉様と、わたしじゃとてもわたしは太刀打ちできない。

いきなり、立ち位置をグラグラと揺らされた気分になってしまった。信じられない。

お姉様が、王子様と婚約者であるかのようにふるまっている。

王子様もそれを疑わない。

わたしがどんなに声を張り上げたとしても、それは事実として認められない。

だっていま、父王がお姉様の行動をちっともたしなめないのだから。

それならわたしが、今まで頑張ってきたことの意味は?

涙が浮かんで、わたしはそそくさとそこを後にした。向かった先は庭園の方でも何でもなく、わたしの後宮内での住居だ。

「姫様、どうなされました?」

早々と帰ってきたわたしを見て、何か感づいたらしい侍女を振り切り、わたしは枕に顔を当てて泣いた。わんわんと泣いた。

わたしは、性格も声も顔も何も知らない、ただわたしをある意味ですくってくれた王子様に恋をしていたのに、それに泥水をかけられたようだったからだ。

今日のために頑張った化粧も、髪型も、皆崩れているけれどどうでもいい。

涙が止まらないまま一時間以上。

侍女がさすがに様子を見に来て、何度か入らないでと言ったのに、五回目で強行突破に至ったらしい。

「姫様、どうなさったのですか」

「ふ、ふぇえ……じつは」

涙ながらに、今日の事を話すと、侍女は目を瞬かせて静かな声になる。

「では、父王にも、お姉様にも、婚約者様にも裏切られたのですか」

「うん」

涙を拭って鼻をかみ、頷くと。

「……そ奴の特徴はいかに?」

いつもの侍女らしくない声で、彼女が言った。

「ジャスパー?」

侍女の名前を口に出すと、彼女は実に物騒に笑った。

「ちょっとばかりの興味が」

「そうなの。……こういう人よ」

わたしが特徴を話せば、ジャスパーはにこりとわたしに微笑む。

「ああ、第三皇子ですね。できた男だという話は聞きませんから……そうですか、私の姫様を裏切ってくれやがったのですか」

立ち上がるジャスパー。寝台の上に座っていたわたしの脇に座り、話を聞いてくれていた背丈の大きな彼女が、わたしに手を差し伸べる。

「明日も歓迎会の延長がありましたよね? そして皇子と姫様の結婚式の日取りが発表されるはずでしたよね」

「ええ。……あなたはなにをするつもりなの? 王子様にひどい事をするのならば、やめてちょうだい」

「いえいえ、そんなひどい事はしませんよ。非道い事は」

嘘をめったに言わないわたしの侍女は、大きな背丈と侍女らしくなく短く切りそろえた黒髪をきらめかせて、約束してくれる。

「物の道理をわからせるだけですよ。私の姫様にこのような非道な真似をなさるのならば、物の道理を……」




「あなたがジャスパー?」

「はい。姫様に付く事になった召使です、何なりと申し出てください」

あれは遠い昔の話。王子様との婚約が決まったわたしの前に、現れた、わたしのためだけの侍女。

あの当時からわたしよりも背が高くて、整い過ぎていてなんだか、男の子の様だった彼女が、わたしに固い顔でこっちを見ている。

「それなら……」

わたしは願望を口にする。

「わたしが間違ったら、何度でも文句を言って。わたしの鏡になって」

その言葉を聞いた瞬間の、ジャスパーは目を大きくしてから顔を覆って、覆った手を離してから微笑んだ。

とてもきれいな顔で。

「はい、私の姫様」



懐かしい夢を見たものだと思いながら、わたしは今日も身支度を整える。

ジャスパーはわたしの支度をしてから、なんだか手筈があるとか言いながら退出した。

どうしたというのかしら……と思いながらわたしは、今日も歓迎会に出なくてはいけない。

大広間ではお姉様と婚約者様が、わたしに目をくれる事もなく話している。

ふっとお姉様の視線がわたしの方を見て、勝ち誇った顔になる。

それは妹の素晴らしい男を横取りした、勝利者の顔の様で。

わたしはお姉様みたいにきれいじゃないのに、お姉様はわたしの相手すら横取りするのだと思うと、胸がつぶれそうだった。

というのに。

「おや、これはこれは騒がしいというか騒々しいというか」

一つのとても静かなのに、誰もが言葉をなくす音を宿した声が響いた。

人垣がさっと分かれて、その道から一人の青年が姿を現す。

その青年の姿を見て、誰もがほうと息をのむ、そんな素晴らしい黒髪の男性。

彼は視線を婚約者様とお姉様に向けて、平然とした調子で近付く。

婚約者様の顔色がはっきりと変わった。

「あなたは、海の向こうのはず……!!」

「権力争いに巻き込まれないように、もう何年もこちらにいるのだ、それくらい知っておけばかたれ」

彼が呆れた顔で言う。すうっと細められた視線は、彼を見た途端に顔を赤らめたお姉様に向かっての嘲弄だったのかもしれない。

「その女性がお前の婚約者か」

「……そうです。あなたはまさかこの人を横取りするためにっ!?」

「そんな女性に興味はない。妹の婚約者を横取りし、妹に送られるべき手紙を自分に回し、肖像画も自分の物にし、自分の手紙と肖像画を送る恥知らずなど」

「……え?」

「お前がその女性を婚約者だというのならば、もうそれで構わないと父は仰せだ。その代わり、お前に与えられていた特権の殆どは消失するが」

「……なぜ」

「この国の第一位の王女と結婚し、さらに自分の国で大量の特権を得たままでいられると思っているのかこの馬鹿。権力の集中が過ぎて国を亡ぼすわ」

だからお前の特権などを維持するために、低い序列の王女との婚約だったというのに、とあきれ果てた彼が、言う。

「そんな、父上は何も……」

「お前が情報のあれこれを無視した結果がこれだ。お前の手の者に何度、この真実を伝えても碌に伝わっていなかったようだからな」

彼が呆れた顔で言い、そしてこちらを見やる。

わたしと、目が合った。

目が合った瞬間にわたしは、呟く。

「ジャスパー……?」

「それゆえに、お前の暴走で私にも自由ができた、その辺りは感謝しよう、弟よ」

言って彼が身をひるがえす。

そして足早に、わたしやほかの王女たちがいる方に近付いてくる。

皆彼に手を取られたいという顔をしているけれど。

「あなたを私の所に迎え入れても許してくれるだろうか、愛しい姫様」

彼はわたしの前に跪いて、手を求めてきた。

「……」

わたしは、婚約者様とお姉様を見た後に、彼に手を差し出した。

「ええ、わたしの英雄様」

わたしはここでようやく、わたしが侍女に抱いていたらしい正体不明の感情が、愛だったのだと知る事ができた。

「あなたとならば、海の果てでも生きられそうだ」

「あなたと一緒ならば、もうどこに行っても怖くはないわ、わたしの鏡」





その後すぐにわたしは、彼と一緒に海を渡り、……途中で海竜の謎かけに勝利して、見事に安全な航路を四つ程手に入れる事に成功し、……海の向こうの、彼の故国で大歓迎された。

わたしの知恵がもたらした安全な航路は、王様にもとても喜ばれて、わたしは賢女として広まってしまった。

とても恥ずかしかったけれど。

そして彼と結婚し、ただいま三つ子の子育てをしている。

婚約者様は、お姉様と結婚したけれども、持っていた特権を全部失った結果の、うま味のない男性という事になってしまって、お姉様の愛情だけが頼りになってしまっているらしい。

お姉様は手に入れるはずだった、様々な特権と貢物を失った事で、癇癪を起してばかりだとか。

「これでよかったのかしら」

「人の物に手を出して、知らされている事からも目をそらした結果がこれだから、自業自得なのだろう」

わたしがぽつりとつぶやくと、彼がわたしの肩を抱いてそういう。

三人の子供たちは元気よく、はしゃぎまわっていて、男の子も女の子も区別がない状態だ。

でも、みんな頭がいいらしくて、そこまで手がかからないと侍女たちも喜んでいる。

「それでもわたしは、幸せだわ」

「この私も幸せだ、私の姫様」

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