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3.研究が恋人の婚約者様と幼馴染のわたし

轟音と爆音とそれから熱風と。

その音やそれに付随するあれそれこれを聞いていれば、いつも通りだとわたしは知る。


「今日も、婚約者様はお元気なようね」


ぱりぱりと、周りに被害が及ばないように張り巡らされた鉄条網を眺めて、わたしは言う。


「本当に、飽きないお人だこと」


隣では、最近新しく入ってきた小間使いが、引きつった顔で真っ青になっているのが見えていた。

わたしは彼女に笑いかけて、ゆっくりと紅茶を飲み干した。


「大丈夫かしら、直ぐに慣れるわ」


「あれは一体……」


「わたしの婚約者様が、今日もお元気だという事だから、気にしないで構わないわ」


「あの……その……え?」


小間使いの彼女は、この領地で最も有名な男を、よもや知らないのだろうか。と不安になった。

彼女の人物証明書は、この領地だったと思ったけれども、父は簡単に移民を雇う傾向にあるから、違うのかもしれない。首を傾けて、彼女の青ざめた唇を眺めていた。わたしよりもずっとずっと、令嬢のような姿をした可愛らしい、小間使い。

でも小間使いだから、わたしよりも派手な見た目になるのは、世間的なマナー違反。

そのために、わたしよりもずっとずっと地味な衣装に、一般的な小間使いが着ている、流行おくれのドレスを身にまとった彼女。

その彼女のブロンドと青い目と白い肌を一通り眺めてから、言う。


「わたしの婚約者様は、この国一番の爆発狂いなのよ」


「っ?!」


この国一番の爆発狂い。まさか名前まで知らないとは、世間知らずでも言えやしない男。


「歴戦の英雄……さまですよね……?」


恐る恐ると言いたげに問いかけてくる彼女に、わたしは肯定する。


「ええ、そうよ。この前の戦争でも、その前の戦争でも、その前の前の戦争でも、この国の勝利に貢献した爆発狂いよ」


火薬と爆発物にとりつかれた男、それがわたしの婚約者様だ。

わたしの耳に、また爆発音が響き渡り、何処かで燃えて焼けこげる匂いがして、それからかすかに熱風の残滓を感じた。

この雨の中なのに、相変わらず婚約者様の研究熱心は変わらず、そして彼の調合する物の威力は健在の様だ。


「もうすぐ朝食の時間だというのに、あの人はまた食事を無視して調合を始めてしまうのでしょうね」


困った人だわ、と苦笑しているわたしに、小間使いが聞いてくる。


「どうして、一国の大英雄様があんな鉄条網の中で暮らしていらっしゃるんでしょうか……なにか罰を受ける事を……?」


「いいえ? 彼がそうしたいのよ。なんでも、調合一つ、手順の一つでさなかでも大爆発を起こすものばかり作るから、大きな物が他の場所に行かないように、鉄条網を張り巡らせてくれってお父様に頭を下げていたもの」


あの、頭を下げる時間があるなら研究に回す男が、欠片ほどしかない良心を発揮した結果があの、物々しい鉄条網なのだ。

そして鉄条網はずっと、役に立っている。

事実何度か、木端だのなんだのが鉄条網に引っかかり、事なきを得ているのだ。

かくいうわたしも、目の前で鉄条網がたわみ、そこにいくつかのレンガが叩きつけられる現場を目撃した。

あれはなかなか迫力のある物で、豪胆と言われているわたしでも息がつまりそうな迫力だった。

そしてその後、わたしの安否を気遣う事なく、自分の調合の結果を測定し始めた婚約者様を見て、何度目かわからない呆れを感じたけれども。

あれはそう言う男だから、仕方がないのだ。


「……どうしてそのようなお方と姫君が、婚約を?」


「さあ? わたしのお父様が何か深いお考えをお持ちなのでしょうね」


嘘だ。

この婚約は、はるか昔の事が起因している。それこそ二人の祖父までさかのぼる昔の事だ。

簡単に言ってしまえば、わたしの祖父と、祖父を救った彼の祖父と友情を誓った証なのだ。

本当は子供たちを結婚させたかったというのに、どちらも子供が曲者で、親の言う事をめったに聞かない根性ものばかり、という理由だ。

そのくせ父親たちの悲願も無視できず、わたしの父と彼の父が話し合い、歳が近かったわたしと彼が婚約をした。

しかし……そんな涙ぐまし努力があったというのに婚約者様は、わたしなど興味なく研究に没頭し、研究の度合いがひどすぎて放逐。放逐された婚約者様を、父が温情で拾って居候の様に住まわせているのが、現状だ。


「まさか」


その婚約者様が、隣国のあまりにもひどい言いがかりと行動にぶちぎれて、単身自分の調合した火薬をもって飛び出し、隣国の財源であった大きな山を一つぶち壊し……幸い死人もけが人も出なかった……川の流れを一つ捻じ曲げ、隣国の国王に短剣一つと爆薬二つで挑みかかるなんて、誰も想定していなかったに違いない。

隣国の国王は、本気で一人で国一つを落としにかかった猛獣を、なだめすかそうとした。

しかしながら、怒り狂い猛り狂った頭の良すぎる獣は、なだめるなんてものでは追いつかず。

結局隣国は、この国に屈辱的なほど頭を下げて謝罪し、こちらがとても優勢な同盟を結んだ。

その後の、婚約者様の快進撃は目を見張るものがある。

大きな戦いになると、どこからともなく姿を現し、爆薬一つで相手の戦意を喪失させ、去って行く。

それで、四つも大きな国境線を終結させてしまった、本物の英雄だ。

この国の国王様も功績をたたえて、褒美をいくつも用意した。

しかし婚約者様は変わり者で、それらを鼻で笑い飛ばし、そんな物欲しがるのは、欲しがる者にくれてやればいい、そんなものいらないと突っぱねた。

当時国王その他重鎮は、慌てふためいたという。

彼を国から出すわけにはいかなかったからだ。

彼は、あまりにも有益な存在だった。彼一人が、戦場に現れれば敵は戦意を喪失する、とまで言われていたのだから。

では褒美に何が欲しい、と問いかければ、彼は一変した笑顔で言ったという。

居候させてくれている貴族の領地に、実験設備を作ってほしい。

そこで一日中、いや、一生実験暮らしがしたい、と。

周囲は言葉を失い、呆気にとられ、名誉も金も要らなさそうなその婚約者様を、見たそうだ。

彼はその時まだ青年に足をかけたばかりだったのに、誰もが圧倒されていたそうだ。

彼は朗らかに笑ったという。

自分は、爆発に狂った男なのだと。

爆発の世界と火薬の香りが、世界で一番好きな匂いなのだと。

それに囲まれていれば、文句など言わないのだと。

国王以下重鎮たちは、それで迅速に動いて、わたしの家の領地に、彼の指揮するままに実験設備を作り、大きな鉄条網を巡らせた。

父はと言えば、まさかこんな事になるとは思ってもいなかったそうで、その年は真剣に禿げる心配をしたという。

望めばなんだって手に入る、名誉も地位も金も領地も、城へ住居を賜る事も出来る英雄が望んだのが、大したうまみもない平凡な領地の中での実験設備。

そこから、彼の方向性のおかしさなどが相まって、婚約者様は名前で語られる事なく、“爆発狂いの英雄”と知れ渡った。

この実験設備に、入ろうとした英雄にあこがれるメンツは多いのだが、何故か一日で命からがら逃げていく。

そのためうちでは、紹介状を持った彼ら彼女らを、丁寧に止めて、何時間いられるか賭けてしまう。

ちなみにわたしも、賭けたりする。わりと当たるのだ、これが。


「さて、あの人を呼びに行かなくちゃね。あの人はお腹が膨れればなんだっていいと言いそうだけれども、それでは体に悪すぎるもの」


「姫様がお呼びに行くんですか?」


「ええそうよ。いつもの事だもの。タイミングはわかっているわ」


汚れてもいい、煤や灰にまみれても問題のないドレスを選んだ理由を、やっと小間使いは理解したようだった。


「あなた」


呼びかければ、今日も実験設備の寝起きしている家屋を見事に吹っ飛ばした彼が、ごそごそと煤と埃を顔中につけながら起き上がった。


「ああ、君。おはよう。はやいねえ」


にへらにへらと笑う、この婚約者の笑顔は能天気そのもので、これが英雄と崇められていて、戦場では最も恐れられる怪物とは思えない。


「朝ごはんができましてよ」


「はあい」


「埃を落として下さい。後顔も拭いてください」


「厨房で食べるから問題ないよ」


彼はそう言ってさっさと立ち上がり、呼びに来たわたしを素通りして歩き去って行く。

これもいつも通りの対応だ。

彼にとってわたしは、時間を知らせる壊れない場所にある時計のような物、なのだろう。

別段愛など求めないから、かまわないけれど。

彼の炎と灰とそれから、煙の匂いを感じながらわたしは、小間使いを連れて朝食の席に向かった。

そこに彼がいないのもまた、いつも通りの事でしかない。

彼は徹底して自分を居候と位置付けていて、家族の一員として卓に座る事を拒否する。

婚約者の家だというのに。

やはり父に拾われたという手順のために、卓に座らないのだろう。

一国の大英雄が、厨房で使用人たちとともに無作法にサンドイッチを五個も六個も食べている光景は、きっとわたしの両親にとって、悩ましい事だろう。

わたしは、好きにすればいいと思っている。

わたしは跡継ぎの娘ではなく、そして彼と名ばかりの婚約をしているだけ。

わたしどころか、人間そのものに興味のない婚約者様が、気にするわけもなかった。




「ひまだね、君も」


小間使いが彼の元に入り浸っている、と年かさの家政婦から教えられたわたしは、真偽を確かめるべく彼の元に、行った。

名ばかりの婚約者であろうとも、英雄の婚約者という肩書の娘が、小間使いに馬鹿にされるのはよろしくないからだ。


「あの子は、そうだね、よく来るけれどそれだけだよ」


言いながら、四つ前の調合と、七つ前の調合の分量の違いは何だったかな、とぼやいている彼。

わたしは知っている。彼はそのどちらの調合も、全て正確に覚えているから、これは言い訳であり話をそらすための言葉だと。


「英雄様が色を好むのは、古今東西決まり切った事ですもの。ただ節度をわきまえてくださればかまいませんのよ」


さらりと言えば、彼はこちらを向きもしないで言い返してくる。


「この世には、二つの絶対の法則がある。一つ、生き物は必ず死ぬ。二つ、絶対という法則はない」


「また訳の分からない事言いだして」


「じゃ帰って帰って、今いいところなんだよ」


しっしと犬猫のように手を振って追い出される。これを無礼だという事はない。

婚約者の家の領地に実験設備を作って、大きな態度と思うかもしれないが、彼はずっと昔からこんな感じだ。

人間に興味がないせいで、よく彼は軋轢を招いた。彼は殴られる事に対して抵抗がないらしく、よく殴られて血まみれになっていた。

相手も馬鹿だよなーなんて、言っていた。殴ったって痛いだけで、利益なんてないし血で服が汚れるし、相手が反撃して来たらもっと面倒くさかろうに、と。

そんな彼だから、彼が隣国のあれこれでぶちぎれるのは、彼を知る誰もの想定外だったのだ。

汚して染め直し過ぎて、どぶのような灰色になった元白衣をひるがえし、どこから取ってきたのか自分の背丈よりも大きな、尖った穂先のついた国旗をなびかせて、目を保護するゴーグルをつけた彼は、あの日から他国の恐怖と畏怖の対象だ。

しかし周囲の目線などどうでもよさげに、していた彼だから、あの可愛らしい小間使いとラブロマンスなんてとても、意外だった。

わたしよりも、かわいらしい物がよくなったのだろう。きっと見飽きたのだろう、となんとなく思って悲しくなったのは、自分でも不思議だった。

その小間使いが、隣国からやってきた王女で、なんと英雄と結婚するためにここまで単身乗り込んできたのだと知ったのは、それから数日の事だった。

国は揺れたし、民衆は大英雄を隣国にとられてなるものかと荒れた。

うちにもいろいろな使者が訪れたけれど、婚約者様は何も変わらず、好き勝手していた。

小間使いから、身分を明かした王女様はそれと同時に彼の元に入り浸ったけれど。


「賭けてもいいかしら、あと一週間でお姫様は逃げ出すわ」


「姫様、かなりやけになっていらっしゃいませんか」


「いいえ? 事実を予知してみただけよ」


わたしの酷評に、家政婦は息を吐きだした。

そしてわたしの言葉は、思わない位はやく、事実となった。


「ねえねえ、今日は屋敷の屋上に、この時間に待っていてね」


朝っぱらからいきなり、窓をよじ登って現れた行動的な婚約者様が言ったので、頷いた。

彼の変な行動は今更だったのだから。

そして待ちもしなかったけれど、夜が来て屋上に、わたしは立っていた。

何がしたいのやらと思っていたわたし、だけれど。

突然空に打ちあがった、様々に煌く光の乱舞に、目を奪われた。

都で見た事のある花火よりも、はるかに鮮やかで美しく、くっきりとあでやかだった。

それらは幾つも立て続けに打ちあがり、音には慣れていた領地の者たちも見とれていた。

後から聞いた話だけれど、かなり遠くまで見えていたそうだ。

そして。

打ちあがったのは、わたしを模した光だった。


「えっ……?」


よくできていた。とてもよくできていたそれに、息をのむ。

あきらかにわたしだと、分かる光が消えたと思ったらまた打ちあがる。


それは文字だった。


「っ……!!」


目を奪われたなんて言う言葉は、正しくなかった。

理解を超えていた物が、打ちあがったからだ。


 きみはさいあいのひと


 じつはすきでした


 なんねんも


 だから


 けっこんしてください


まさかこう来るとは思わなかったわたしは、膝から座り込んでしまった。

一体誰が、こんな大掛かりな花火を打ち上げて、結婚を、それも婚約者に申し込むというのだ。

何度目かの花火で屋上にやってきていた、わたしの両親が涙ぐみ、使用人たちが歓声を上げ、最後に打ち上げた花火の後に、すさまじい勢いで屋上まで駆け上ってきた婚約者様が、わたしに縋りついてみっともないほど縋りついて、捨てないでください、引かないでください、お願いおねがい、愛してるんだ! と叫んだ辺りで、周囲は狂喜乱舞と言っていいほど騒ぎ始めた。

そしてこの騒ぎはすぐさま王宮に、そして王女様にも知られる事になり、王女様はさんざん喚いたけれども、これだけ世間に広まった求婚を撤回させる手腕もなく、帰国していった。

後から彼に、彼女は爆発物の秘伝を手に入れるために隣国から、送られてきたのだと聞かされた。

国の大英雄の、長年の片思いに世間様は熱狂し、戯曲に歌に芝居に本に、と様々な分野に広がった。

そしてわたしと彼は、季節がよくなったあたりでようやく結婚した。


「君がいたから、放浪しないで君の所に拾われるに甘んじたんだよ」


どうして英雄になってもいたの、と問いかけると、甘ったるい笑顔と声で、寝台の中でささやかれてしまって、腰が砕けそうになったのは内緒だ。

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