23.人を救う事に熱心すぎる婚約者と心配してばかりの私
古い村だった。それこそ、仙女伝説だの聖女伝説だのがあるくらいに。
そしてその中でも、この村では聖女の末裔が暮らしているというのが、とにもかくにも村人たちの自慢だったのだ。
とある時代、大昔。魔神と神々の戦いのさなか活躍し、その力の強さから“比べる物なきもの”と言われた聖女がいた。
その聖女は聞くところによれば、遠く異世界から落っこちてきたらしい。
彼女はしかしとても勇敢で優しく、魔神に人々が蹂躙される事を許さず、神々と共に戦ったらしい。
主に魔神の手下たちと戦いまくったらしい。
そして世界が平和になった時、帰れる方法もわからなくなり、この世界に自分はいらないのだと一人勝手に納得し、隠れ里を築いたのだ。
それがこの村だった。
せまい村、薬草の知識はたくさんあるものの、それを実践する機会なんて、とんとないような病気もなければひどい怪我もないような、そんな村。
私と婚約者は、隣同士の家の末っ子で、小さい頃から仲が良かったからか、婚約者としていつの間にか出来上がっていた。
だが婚約者は、夢があったらしい。村から出ていき、もっと多くの助けを求める人たちに、薬草の知識を与えたいと思っていたのだ。
それはいい事だと思ったし、協力できることはしてあげたかった。
私は彼女が好きだったのだから。
そして彼女は、成人してすぐに村を出た。この近くの町に行くのだと言って、本当は各国を渡り歩くつもりだと知っていたのは、私だけだった。
いくら止めた所で、彼女の意思は揺るがない。
いくら止めた所で、彼女の決意も揺るがない。ならば見送るしかなかったから、見送って、約束をした。
「せめて、君はその知識で人を傷つけない事を誓え」
「誓うに決まっているでしょう? 私は人を助けに行くのであって、人を傷つけるわけじゃないわ」
「この村の知識は毒にも薬にもなるんだ、だから不安なんだ」
「大丈夫よ、あなたみたいに騙されやすいわけじゃないわ」
笑った彼女を見送ったが最後、私は彼女と会えなくなるなんて知らなかった。
それから一年ほどたったある時だ。村が襲われて、村にあった数少ない書物が根こそぎ持っていかれ、薬草の知識がある大人たちがそろってさらわれたのは。
大人たちの子供もさらわれてしまった。
私はとっさに知識がない平凡さを装い、殺される間際、一人の男の提案により、襲ってきた連中の下働きにされた。
その連中はきらびやかな衣装を身にまとい、きらきらと光る鎧に身を包み、とてもじゃないが戦いの力を持たない村を蹂躙するには、装備が過剰な程だった。
この村の事がどうして知られたのかなんて、分からなかった。
もしかしたら、時折薬を売りに行っていたのに目をつけられたか。
はたまたその薬の評判を聞き、金もうけになると狙われたのか。
分からない。
だが私はそれから、あくる日もあくる日もそのきらびやかな連中の家の、一番汚れた場所を磨く下働きになった。
とはいえ、厠などを掃除するわけでもなかったし、私からすれば普通の場所を掃除するものだったが、確かに泥にまみれた場所は、街の身ぎれいな女性が集まる場所でも掃除したがる場所でもなかったのだろう。
そして力仕事が多く、私は毎日へとへとになった。
だが生き延びなければ明日がない、と毎日暮らしていれば。
その家が、薬の大家として評判になった事を拾ってきた知り合いがいた。
その知り合いは野菜売りであり、私相手に立ち話をする事もあった奴だった。
聞けば、この家は大変な浪費家が集う家であり、とても薬の研究をしてはいなさそうなのに、次々と薬を売り出し、その効能の高さからたちまち、大金持ちになったのだとか。
私の村の皆の知識が、使われていると知ったのはその時だった。
おそらくそれを狙ったのだろうと、分かったのも早かった、だがどうすればよかったのだ。
何もできないと、下を向き涙を呑む毎日だった。村の皆の消息も聞こえないのだから。
だがそんな毎日がある日変わった。
ある日片付けておけと言われた場所に赴けば、そこは血まみれの惨劇だった。
村の皆が、大人も子供も、薬草の知識が確かにあった面々が喉を掻ききられて死んでいた。
私は一人ひとりを抱き起し、息がないか確かめたのだが。
全員死んでいた。
そして呆然と、なぜこんな事にと座り込んでいれば、扉が明けられ悲鳴が響き渡り、私は謀られたのだと知った。
人殺しだと罵られ、ぼろぼろになるまで殴られ蹴飛ばされ、警邏に引っ立てられていった。
私の証言など誰も気にしなかったから、私はすぐさま人々の前で処刑される事になった。
呆然としたまま日々を過ごし、そしておそらく、彼女も知識を与えて殺されてしまったのだろうと思うと、大切だった人間が誰もいなくなってしまった事実に気付いた。
それからは泣き暮らし、彼女の名前を呼び、村の仲間の名前を呼び、喚き、泣いた。
その様子を、いぶかしんだ警備の兵士がいたらしい。
こいつは大勢の人を殺したはずなのに、呆然とした後狂ったように泣いている。
人々の名前を呼び、どうしてお前たちが死ななければならなかったと喚くなど、普通ではない。
こいつは薬草の知識目当てに、薬の大家の研究室に行き、何もない腹いせに皆殺しを行った人間ではないのか、と。
思ったらしい。
そしてその事から、話が進んでいった。
私はすぐさま、警邏のなかの割と話の分かる相手の所に連れていかれた。
なぜ殺したと問われて、殺していないとすぐさま反論した。
そして彼らが村の身内同然の人々だった事、全員あの家に村を襲われて連れていかれ、自分は知識がないから下働きだったのだが、片付けろと言われて向かった先で皆殺しにされていた事。
事実を必死に述べて行ったが、証拠がないと言われた。
まず、私と村の皆が同じ村の出身かどうかの証拠だと言われた。
私は胸の入れ墨を見せた。これは村の成人が入れる入れ墨であり、全員についている。
それはただの事実であり、その事実を聞いてそのえらい人間は確かにと言った。
だがそれでも、証拠が足りない、と言われた。さらわれたと言うが、さらわれた証拠が何もないのだと。
ああ、事実を言っても殺されるだけなのかと、私は笑うほかなかった。
そして話をして数日後。
処刑台に立つ私は、最後奴らに一矢むくおうと、最後の言葉を許してもらったのをいい事に叫んだ。
私と村の人々はあの屋敷にさらわれた。欲しい知識を手に入れた奴らは邪魔な村人を殺し、罪を私に押し付けたのだと。
それまで泣き続け狂ったような私が、そんな理路整然とした事を言うとは誰も思わなかったらしい。
あの屋敷の人間は顔色を変えていた。
そしてその時だった。
「それは事実よ!」
群衆をかき分け、一人の女が現れた。質素な飾り、しかし内側からの揺るがない光が差し込む彼女は、伝説の聖女もかくやと思うほどだった。
聖女だ、と誰かが言った。
東の聖女だ、旅に出たはずの聖女だ、死者と語らう本物の……!
そんな声が満ち溢れた中、彼女は私の前まで来て周囲を見回し、私の言葉が間違いないと断じた。
群衆の怒りは、大勢の薬の研究者を殺した犯人に一気に向かった。
その場でその家の家長や夫人、跡取りは引きずり出されて半死半生の目にあわされた。
群衆は、病を治すために必死になっていた村人たちを殺した相手を許さなかったのだ。
呆気に取られてそれを見ていれば、隣の聖女が心配そうに私を見た。
「あなたも無茶をするんだから……あなただけでも生きていてくれてよかった」
聖女は見間違いようのない、私の婚約者だった。
その善行から聖女の名前を与えられており、害する事なんてとてもできなくなっていたのだとか。
無論利用する事も、とらえることも。
しかし彼女の村の話を聞き、金もうけに使えると判断したあの家が、ごろつきを雇い村人をさらったのだとか。
そして村人を殺した理由も、彼等が反抗するたびに子供を殺していった結果、村人が何をしても殺されると感じ、反抗した結果だったとも後からわかった。
無論あの家は取りつぶしとなり、関係者は全員牢獄の中で延々と、過酷な労働を課せられる事になった。
私は皆の魂を、滅びた村の中で弔いながら日々を過ごしている。
そして彼女は、世界の人々を救うために、飛び回っている。
だが彼女の帰ってくる場所はここであり、私のところなのである。
「お父さん、薬草に水をあげ終わったよ」
「お父さん、今日はどれを摘めばいいの?」
二人の子供と……私のいるここに。




