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20.世界の敵であるわたしと、わたしに気付きもしない婚約者様

「あのこになにかしようものなら」

笑う声がこんなにも楽しいなんて知らなかった。

「あのこになにかしようものなら。ようしゃしない」

高笑いそしてその後に続く銃弾の音、それから

体中を貫く、鉛のかたまりの、熱。

そのとき、間違いなくわたしは生み出されたのだ。




魔王を倒したのは、勇者の剣でもなければ聖女の祈りでもなく、魔法使いの強力な魔法でも剣闘士の拳でもなかった。

それを行ったのはたった一人、彼等の一番後ろに立っていた少年が、決死の覚悟で狙い打った銃弾。

それが、決定打になったのだ。

元々魔王城の結界や、魔法の空気を浄化され、魔王は著しく力が減退していた。

そうでなければとても、人間はかないっこなかっただろう。

しかし魔王は絶大な力を失い、人間の力で傷つき苦しみ、それでも誇り高く玉座に座っていた。

勇者たちは魔王に、決定打となる攻撃を与えられないまま、時間ばかりが膠着していた。

「くそ、何をしても最後には回復しやがる」

勇者が息を切らしながらいう。

「うう……ごめんなさい……」

聖女は痛みから、祈りに対する集中力が切れかけており、なんとか仲間の傷を少し癒す程度しか神の力をおろせない。

「大した体力だ、あれだけ殴り続けても表情は変わらない」

何度も己の肉体のもっとも強い力を使い、筋肉の繊維がやられている剣闘士が呟く。

「魔法はあちら側のもの、魔王と呼ばれるだけあって、魔法に対する抵抗力は馬鹿みたいにありますね……」

そろそろ魔力も気力も尽きかけている、そんな魔法使いが、杖に縋りつきながら言う。

「だめです、ここはあまりにも場所が悪いようです……なんとか皆さんが呼吸できるようにするだけで……」

人間が生きていけるような空気ではない場所で、何とか勇者たちが呼吸できるように、結界を張る僧侶がそろそろ、倒れそうだった。

「これが魔王……とんでもないばけものだ」

勇者が言った時だった。

魔王が目を向け、言ったのだ。

「はよう立ち去れ。人間ども。ここに長居は出来ないだろうに」

「お前を倒して、さらわれた姫君を救うんだ!」

勇者が怒鳴る。彼はそう聞かされていたのだ。

彼の国の、美貌の姫君は魔王に連れさらわれたのだと。

魔王は目を瞬かせて、笑った。

「ははっ」

その後に。

魔王は言った。

当たり前の事を告げるように。

「そろそろ終わりにするべきだと思わないか、人間ども」

魔王の手のひらに集まる、膨大な魔力の塊。

「まだあんな力が」

勇者が引きつる。

「立ち去れと言った時に、去ればよかった物を」

魔王はその力を、彼等に叩きつけようとしたのだが。

「勇者様!」

悲痛な声を上げた何者かが、傷つき今にもひざを折りそうな彼らの前に出たのだ。

そして立て続けに響いたのは、銃弾の音だった。

「御逃げください、時間は稼ぎます!」

決死の覚悟で一人の銃士が、銃弾を放ったのだ。

「ばかか、魔王相手に銃なんて!」

「聖別された武器でもないわ、あなた、下がって!」

聖別された存在たちが、神の加護を持った人間たちが、力ない銃士に叫ぶ。

だが。

「く、あ」

魔王の肩を銃弾が貫いた。

そして魔王は今までにない苦悶の声を上げたのだ。

手から力が霧散する。

銃士はまたいう。

「少しは通用するみたいです、御逃げください、ここから離れて、体を回復して、今度こそ魔王を倒してください!」

「君はどうするんだ!」

「自分程度の犠牲なんて、些細です!」

銃士は必死に、カタカタと小刻みに震える手で魔王に照準を合わせている。

「お願いです、あなた方は希望の光、自分の様な些細な存在とは違います!」

そのまま銃士は、何度も魔王に発砲した。

魔王の体に次々と、銃弾があたる。

「ぐ、う、がっ」

魔王は目を見開き、苦悶の声をあげている。

勇者たちが弱らせたからだろうか。

銃士は、涙を目にたたえて叫ぶ。

「あああああああああ!!!」

弾が切れるまで銃を発砲した彼が、連射による反動を抑えられず、苦痛の声をあげる。

その時だった。

魔王が銃士を見つめ、言ったのだ。

「あのこになにかしようものならば」

時が止まるような空気が漂う。そして魔王は銃士だけを見ており、銃士は魔王だけを見ていた。

「あのこになにかしようものならば、ようしゃしない」

かちり。

魔王がひどくうれしそうな声をあげて笑ったその時、銃士の最後の弾丸が、魔王の心臓に着弾した。

魔王はそこで玉座に座り、絶命した。





わたしが生まれたのはその時だった。どうして“そこ”に生まれたのかはわからなかった。

だが、自分の自我を認識したのはその時、だったのだ。

何が起きているのか見当がつかないまま、わたしはそれを見ていた。

銃士が英雄とほめたたえられている間、役立たずと蔑まされた勇者たちを。

銃士に、名誉としてさらわれた姫君が与えられたとき、地獄に落ちたような顔をした勇者と、それから魔法使いを。

勇者にとってただの仲間以上の何者にもなれなかったと、しった聖女の絶望も。

ただひたすらに、敬愛する人々を助けたかっただけの銃士を担ぎ上げる人々を。


「英雄様、お話を聞かせてくださいな」

銃士に対して、姫君が話をねだる、英雄譚をねだる。

「ええ、勇者様たちのお話にしましょう、あの方たちがどれほど多くの街を救って来たか」

「あなたが一番の英雄よ」

「いいえ、姫君。わたしは英雄でも勇者でも何でもない、只の銃士なのです」

銃士はその言葉を紡ぐ間、苦し気だ。

それは敬愛する人達よりも、己の方が素晴らしいと言われる事に対する苦痛だった。

銃士はわたしがそれを見ていることにも気付けないまま、言葉を紡いでいく。

勇者たちの英雄譚を。

一番近くで見ていたものとして、彼等が人間たちにとってどれだけすばらしいのかを。

姫君が心変わりしてくれるようにと。

「……というわけで、町が一つ救われたのでした」

「銃士様は何をなさっていたの?」

「四方八方に逃げて危ない、住人達を安全な場所まで退避させていました」

銃士が微笑む。

「わたしにできる事と言えば、これ位なので」

己は無力だと、銃士は知っている。そして銃士は、そんな己が褒められるゆえんを気持ち悪いと思っている。

実に面倒くさい奴だ。

しかしそうだから……は気に入ったのだろう。

「そうですね、次はこの話など、お好きかもしれません。お祭りのさなかで、勇者様に懸想した少女の失恋物語など」

「まあ、どうして勇者様はその少女を恋人になさらなかったのかしら」

何も知らない姫君は首をかしげる。

「ただ一人、ある女性だけを思うと誓いを立てておられましたから」

「まあ、役立たずのくせに生意気ね」

「勇者様をそのようにおっしゃる由縁は、姫君にはありません」

銃士がいつになく強い力で言い切った。

なんだ、こいつ、やるじゃないか。

銃士をちょっとばかり見なおした。




だが。

失恋にくわえて名誉を落され、世間の嘲笑を浴びるようになった勇者たちと、世間に担ぎ上げられるようになった銃士の間の溝は埋まらなかったのだ。

そして。


「どうして、勇者様」

銃士は自分の胸が真っ赤に染まる事にたいして、理解が追い付かないという顔で言った。

「お前が憎い、憎くて憎くてたまらない、何もかもを奪ったお前が憎い。俺たちが命がけでしてきた事を分捕りやがったお前が、心底憎い」

勇者が、聖別されたすべての物を切れる剣で、結婚衣装の銃士を切ったのだ。

どくどくと命が流れていくのが分かる。

銃士は、もう少しで命が尽きるだろう。

「わたしは、勇者様を尊敬していました、ずっと、ずっと……」

「うるさい。お前がみんなみんな悪いんだ! お前が魔王を討ち果たさなければ! 倒すのは俺たちであるべきだったんだ!」

勇者が怒鳴る。二人きりで話がしたい、という勇者の願いを聞き人払いした場所に、来る人間はまだいない。

「皆奪われて、笑って祝福できるような、お優しい人間じゃないんだ、俺は!」

勇者は憤怒に顔を染めていた。

銃士は視界がかすむ中、彼を見つめ……微笑んだ。

「そうでしたか……」

それは、泣き出しそうな心が作った幻だった。

かなしい、哀しい、かなしい。

勇者様をこんなに苦しめた自分が、心底くやまれる。

あの時あの場所で、勇者様に助けてもらった命でありながら。

勇者様からすべてを奪ったのだから。

「勇者、さま……ここのまどからおにげください……ここからなら、けいびのにんげんの」

しかく、です。

銃士はそれ以上話せない。勇者は返り血のつかない聖剣を持ち、言う。

「ばかなやつだ、最後まで見下しやがって」

しかしそれ以上勇者は何も言わず、立ち去った。

そこで虫の息のような、呼吸音が始まる。

そこでわたしは、銃士の心に接触した。

『はじめましてだな、銃士』

『どこから聞こえてくる声なんだい』

『お前の心臓からだ』

『そうかい』

『……おまえは、これでいいのか』

『何故?』

『お前が魔王の婚約者だっただろう。しかしお前は己の運命を嫌い、人間の世界に降りていき、男の体で街に住み着いた』

『おみとおしなんだね』

『そして子供の勇者に、命を助けられた。恩義だけで婚約者を討ち果たしに行くというあたりが、まああまりにも一途だな』

『魔王は、わたしに興味がなかったから』

『しかし最後は、迎えに来るのだぞ』

『……え?』

わたしはここで、おのれの力を開放した。

わたしは魔王の隠された力の一端。強大な蘇生の力である。

おもえばわたしは、この時のために魔王が、銃士に宿した存在なのだ。

絶対の守りであり、絶対の愛。

そうでなければ、魔王が己の再生速度を落としてまで、力の一端を宿させはしない。

誰も来ない部屋の中、身の毛もよだつほどの力が充満していく。

そうして。

わたしは銃士の体から外に飛び出し、その方の訪れを知る。

「……こうなると知っていたがゆえに、興味のないふりをしたのだ、婚約者よ」

静かな衣擦れとともに現れた方が、血まみれの婚礼衣装を着た銃士を横抱きにする。

「いとしい婚約者、お前は今ここで、復活した魔王に殺された事にしてやろう」

「……」

銃士がのどに詰まった血を吐きだし、せき込み、眼を微かに開いて言う。

「      」


はい、わたしの陛下。


魔王が笑いながら言う。

「まったく。同盟の条件としてお互いに人質を送ったというのに、わたしの身内はその場で虐殺した人間どもは、己の姫はさらわれたと馬鹿を言ったのか」

銃士がかすかに笑う。

「ちからのさが、ありすぎますから」

「だな、わが婚約者。……さて、茶番を開始しよう」





英雄である銃士と、救出された姫君の婚礼は、復活した魔王が銃士を虐殺した事で惨劇と言われるようになった。

銃士を殺した真の犯人である勇者は、その事で思う事があったのか、再び魔王討伐帯に加わらなかった。

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