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19.亡国の王子様になったわたしと、王子様にしか興味がなかった婚約者様

「王子様、今度はわたくしと一緒に出掛けてくださいね」

「ええ、婚約者殿。きっとその時間をとりますから」

微笑んだ彼女の美しさに、わたしは照れくさくなりながらわらった。

それは一体いつの事だっただろう。

覚えていない位に、昔の事になるのだろう。

だって。

「陛下ぁ」

彼女が蕩けるような笑顔で、その男に笑いかける。

美しく可憐で、純情な彼女の顔に男が鼻の下を伸ばすように笑う。

それの、酷く下賤な表情に嫌気がさしそうになりながら、わたしはそれを見つめている。

彼女が言う。

「今度はこの街の、一番大きな商家の事を教えてくださいな、わたくし、実家では知識がない方が可愛らしい、と何も教えてもらえませんでしたの」

「それはなんという損失だろう、君のような頭の良い女性が、その知識を伸ばす事も許されていなかったなんて! やはりあの国は腐っていたのだな」

男が彼女の願いを聞き入れるのだろう、そんな事を言う。

「君が学びたいだけ学べばいい、私は君の陛下なのだ。君だけの男にはなれないけれども、君が学んでいきたいという心を尊重しない、そんな器量の狭い男ではない!」

「陛下、大好きですわ!」

彼女がまた顔をほころばせるのだ。

わたしはそれを見つめている。

くびにくさりと、両手に枷をはめて、わたしは彼女が敵国の国王の膝の上に座るのを見ていた。

唇は噛みしめられない。

ただあまりにも、無力感が心を占めるばかりで、何も動かせないのだ、自分の心ではまるで動けないのだ。

一体何を間違えたのだろう。

「陛下、次はどんなお話をしてくださいますの? 遠征の時のお話は、どの国の時でもとても胸躍るものですわ」

「では美しい私の妃、とある南の国に遠征に行った時の話をしよう、ここもまた野蛮な生活をしている国で……」

男が語る英雄譚という名前の、あらゆる民を虐殺して暴虐に巻き込む話。

それを聞くわたしの婚約者だった彼女は、唇に笑みをたたえて、とても楽しそうにそれを聞いている。

彼女がそんな、血なまぐさい話を好きだとは、全く知らなかった。彼女はいつも蝶よ花よと育てられていたのだから。

「それでな、私はその国の国王の首を切り落とし、その国の遅れた文化と衛生観念から、その国を救ったのだ!」

「なんて素敵なお話なんでしょう、この国の進んだ文化を広めれば、あらゆる国が幸せになりますわね」

熱を込めて語る国王と、うっとりと言う婚約者。

それは違う、とわたしは知っていた。

同じ気候条件で、地理条件で、同じような環境ならば。

確かに有益かもしれない知識は存在する。

だが、全く違う場所で、その考えを押し付けるのは危ないのだ。

どうして気付いてくれないのだろう。

……それ位に、この国が栄えていて、素晴らしいとどの場所でも称賛されるからか。

便利であることが、全てにおいて便利なわけではないというのに。

どうして、だ。

わたしは黙って下を向く。

自分の足にはまる、枷の重さと鉄球の重さに、心がくじけながら。




強大な国が、わたしの父が治めていた平和な国に攻め入ったのは数年前の事だ。

父は国が滅ぼされる事と、そしてそのために流される血の多さを考えて、開戦を訴える臣下たちを眺めて、和平の道を進めようとした。

だがそれ位に民を思い、血を流したくなかった父を弱いものだと思った家臣複数が、父を誅殺した。

そして、父亡き後、摂政という立場につくや否や開戦の火ぶたを切り。

見事に敗北したのだ。

その時に流された血の多さは、間違いなく故国で最も多かっただろう。

だというのにその摂政たちは、わたしにすべての責任を負わせ、逃げだしたのだ。

残されたのは、窓のない屋敷に閉じ込められていたわたし。

家臣たちは、身を守るために、わたしが反対を押し切り戦争をはじめ、あらゆる人々の血を流したのだと責任を、擦り付けた。

家臣をまとめられない国王の行く先など、そういう物だと分かっていたけれども、わたしはこうして囚われた。

そして、王族でも何でもなくなったのだ。うなじに隷属の焼き印を押され、単純にみためがよいからと、攻めてきた国の国王の奴隷となった。

生きているだけましなのだろう。

しかし生かされている分地獄もある、とわたしは知ってしまった。多くは語らないが。

婚約者は光り輝くような美しさだった、それが幸いだったのか禍だったのか、あっという間に国王に愛された。

国王に愛された彼女は、わたしの事など見向きもせず、国王だけを見つめて愛を囁くのだ。

そして国王の妃にまでなった。敗戦国の令嬢としては、相当な玉の輿に違いなかった。

何しろ正妃がいない今、彼女が一番の立ち位置なのだから。

彼女が国王と戯れている間、わたしはそれを当てつけの様に見せられる。

泣きわめく顔が見たいのだろう。

だが、最初にひどい目に遭った時に、泣きわめくだけの心を切らしてしまって久しい。

彼女たちの愛の劇場を見ているから、流れる涙などないのだ。




「決めたぞ、お前を北の国に送ってやろう、ちょうどそこの非常に醜い女王が、美しい夫を探しているのだ!」

上機嫌で言いだした国王。馬鹿だろうかと、思ったが。

奴隷をどこにやるかなど、主の一存なのだから当然か。

そして、奴隷を贈るという事で、北の国との上下関係を明確にするのだ。

「まあ、陛下、素晴らしい考えですわ。あそこの女王は夫に飽きると次々に首を切って行き、その首を飾るのが文化なのだと聞きますわ」

「そうだ。そこでこの奴隷を送って首が落とされれば、この国を侮辱したという事であの国の野蛮な風習を止めさせる戦争を起こすことができる」

「一人の奴隷で、これからたくさんの人々が救われるのですね」

……彼女が止めてくれるのではないか、と思ったのだが、彼女は国王の考えに賛同しているらしい。

わたしの命は尽きたのだろう。

いとしかった彼女はとっくに、私を見限っていたのだから。

かなしいとも言い難い心地だ。

彼女の事でもう何も思わない、そんな自分がいるのだから仕方がない。

「では、磨いて着飾らせて、いかにもにすればいいですわね!」

彼女が笑う。その笑顔が悪魔の笑顔に見えたのは、きっと気のせいだと信じたかった。




「あらあらあら」

送られてきた北の国、恐ろしく寒い世界の宮殿は、わたしの国よりもずっと美しく柔らかな色をしており、それでいて冬の吹雪の中でも見失わないだろう、金色に満ちた外観をしていた。

そこから中に入れば温かく、わたしはかじかみそうな手をこすり合わせた後、その女王を見たのだ。

確かに、美しいとは言えないかもしれない。

顔に大きな傷のある、その女性はそれでも気高い人に見えた。

それでいて何もかもを受け止める、とても懐の広い女性にも。

「あらあらあら、酷い顔だわ。そんなにやつれた顔で。食事も満足にとらせてもらえなかったのかしら。だれか、わたしの夫に温かい粥を用意してやって、お話はそれからでいいわ」

近付いた彼女の方が、背が高かった。その彼女が、わたしの頬に手を当てて、覗き込み、心配そうに言う。

この人が、夫に飽きると次々、首を落すようには思えなかった。

それから毎日、温かい食事を共にした。彼女は柔らかな声をしている、とても暖かな手をした人だった。

かすれにかすれた心が、少しずつ厚みを増していく気がしたある日、彼女が言った。

「わたしが、首狩り女王と言われているのをご存知かしら」

「お噂は少しばかり……」

「そう、それならいいわ。あなた、それをどう思ったかしら」

「……愛するものは自分の物だけにしたい、その唇に接吻したい、と情熱的に囁くサローメを思いました」

「そうなの。我が一族はサローメの一族、愛する物が裏切ったら、その首を落すのがけじめ」

だから、と彼女が笑った。

「あなたはわたしを、裏切らないでちょうだいね? よそに女を作ったら、わたしが直々に斧で首を落して差し上げるから」

狂気的だし、道徳的にもどうかと思った。

だがわたしは、笑ってしまったのだ。

「嘘を吐く時は、もっと上手になさい。瞳が揺らいでおりますよ」

「……まわ、よく気が付いたわね」

「それ位は見ておりますので。どこまでが真実なのかは、知りませんけれども」

「サローメの一族である事も、首を落す事がけじめなのも事実。でも、ここ百五十年は、それを禁じる法律があるから、そんな事はしてないのよ、でも外ではそれが無駄に広まるから、わたしの夫はやってこなかったの」

「では、首を落せるわけもありませんね」

「ええ」

「ですが」

わたしは、自分の物言いが問題かもしれないと思いつつ、言ってしまった。

「首を落してでも、自分の物にしたいくらいの愛を抱いてくれる女性ならば、よそ見をしないでしょうからわたしにとっては、似合いの女性かもしれません」

聞いた彼女が目を大きくして、歓声を上げて抱きついてきた。

「家来、家来! じいや! 取り急ぎ婚礼だわ! わたくしに似合いの夫よ!」

彼女がわたしの手を取って踊りだして笑うので、わたしもだんだんと楽しくなり、笑い声をあげた。

数年ぶりの声だった。





それから婚礼は行われたけれども、あの国の国王たちが望んだ、わたしの首がおちるという事はなかった。

そしてあの国は、大きくなりすぎて自滅して、今は大小数十の国になった。婚約者の消息は聞かない。

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