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16.夢の中の男性に恋をする婚約者様とどうしようもないわたし

遠い記憶。

それは淡い淡い子供の頃の記憶だ。

そこでわたしはあなたとお茶を飲んでいる。

あなたは無邪気に紅茶を飲み、お茶菓子を口にして笑っている。

それでね、と甘い子供の声が子供二人に、使用人二人の部屋に響く。

「わらわ、夢を見たのじゃ。とても素敵な男性と恋に落ちる、そんな夢」

「夢の中の相手はどんな人だったの?」

「銀色の、ひと」

うっとりと手を組み、夢の中の美しい誰かの事を思って喋るあなたは、誰よりも恋する乙女にしか見えなかった。

いまから約八年ほど前の話だ。

あなたは今でもその人が馬に乗って迎えに来ることを待っているのだろう。

わたしはそれを、夢だから浮気だと責め立てる事も出来ないで生きている。

あなたとわたしの婚約はとても明快な物で、生まれる前から決まっていたもの。

わたしは大体六度ほど婚約者が変わった。

というのもわたしの許嫁の方々は没落したり情勢が変わったりと、色々忙しなかったのだ。

あなたと婚約が決まるまでわたしは、実に婚約の決まらない人間だったと言っていいだろう。

あなたは幸運をくれるようなひとだ。

夢見がちな言葉をいくつも使うのに、時として大胆な程の行動力を見せてくれる。

そしてわたしは、今日、その事をとても神に感謝しているのだ。

「はっ。帝国も落ちたものだな。この小国の侵略を防ぐ事も出来なくなったのか」

吐き捨てるような調子の男がいう。将軍だったか王子だったか、それともどちらの肩書も持っていただろうか。

銀の髪のその男はわたしたちを見つめてそういう。

わたしは何も言えないで、彼女はどこまで逃げてくれただろうかと考えている。

彼女は婚約者など恋する相手だとは思わない、という姿勢を貫いていたけれども。

それでもともに、帝国の都から落ち延びようと約束をしてくれたのだ。

長い長い友達であり、話し相手という思いからだったのだろう。

わたしは落ち延びた先で、彼女にもう一度求婚しようと思っていた。

彼女は一度、夢の中の人を愛しているから結婚できない、と婚約を破棄しようとしたのだ。

それを止めたのは他ならないわたしだった。

外に出ないわたしとともに、変装までして男装までして、時に自由になる空気のあり様を教えてくれたのはあなたなのだ。

体を動かす事で、物事が降り切れる時もあると教えてくれたのはあなたなのだ。

だからわたしは、あなたとこれからも人生を過ごす保障のために、あなたに結婚を申し込みたい。

あなたはわたしの世界を広げてのばしたのだから、責任を取ってほしかった。

それでもわたしは、落ち延びる前にやらなければならない事をするため、王城に残り、こうして侵略軍に捕らえられている。

「我が姉を侮辱した屑はどこの誰だったか」

男が言う。

銀の髪の男だ。彼女の夢の中の男のように、銀の髪をして、整った顔立ちをしている。

彼女はこの男に恋をしていたのだろうか。

そんな事を思うとはらわたがよじれそうになる。

だが何も言わない。

ここに、彼の姉を侮辱した王子はいないのだから。

彼はとっくに逃げ延びたのだ。

【影武者】を置いて。

「そこの男です」

彼の脇に立っていた人間が知らせる。男はわたしを見た。その目に宿る憎悪の色。

それは愛する人に耐えがたいものを与えられたから、としか言いようがない瞳だ。

「貴様か」

吐き捨てた声とともに転がった怒りの色の毒々しさに、わたしはうつむいた。

視線を合わせれば負けてしまうと思ったのだ。

それ位男の瞳は鮮烈な光を宿している。

「貴様か。答えろ」

続いて振るわれたのは長い脚から繰り出された蹴りで、腹に決まったわたしは苦痛で転がった。

「殿下!」

まだわたしの役回りを演じさせたい誰かが叫ぶ。苦悶の声を漏らす事は矜持に反したから、わたしは口を閉ざした。

「我が姉を侮辱したのは貴様か、我が姉が悲しみのあまり自死を選ぶ事を強制したのはお前か」

蹴りは何度も続いた。最後頭をがっちりと踏まれてわたしは、突きつけられた剣の先を見ていた。

「答えないのは肯定か。……ならばいさぎよく、」

しね。

剣が振り下ろされるその瞬間に、強烈な光が飛び込んできた。

温かい栗色の髪が光を帯びると、こんなにも金色に変わるのか。

そんな事を思う刹那、光の持ち主は男の剣をそらした。

わたしの鼻のどこかに、剣が当たったのかぱたぱたと血が滴った。

「婚約者様が何もしないのに、剣を向けるとは何事じゃ! 卑怯者!」

わたしの前に現れた彼女の怒りの声、わたしの婚約者がそこにいた。

「下がりなさい」

わたしは命じたけれども、彼女が言う事を聞くわけがなかったのだ。

「いやじゃ。わらわの婚約者がみすみす殺されようとしているというのに」

睨み付ける瞳は鋭い。

あなたの夢の中の男と同じ、銀の髪の男だというのに。

彼女は言った。

「そなたは夢の中の男ではない! 夢の中の男ならばこのような卑怯な真似はせぬ!」

高らかな宣言、それは彼女が夢の中の男を探していると、この男も知っているだろうから言える事だっただろう。

そしてそれはまるで、わたしに言い聞かせているかのようだった。

「銀の髪の男など、大陸中でも俺しかいないというのに」

憐れみを抱いたような男の声、続けてこう言う言葉。

「お前、私の妃にならないか。美しい女性」

彼女の美しさに、そんな欲望が口に出たのだろう。

彼女は見る人にそういう言葉を言わせてしまう、そういう魔性のような魅力があったのだ。

「いやじゃ」

彼女の言葉は明朗だった。どんな人間でも聞き取れるだろう言葉だ。

「そなたのような不細工な男などいやじゃ」

とても見目麗しい男に対しての、言葉ではなかった。

小国の銀の剣、宝剣と呼ばれる男に対しての言葉でもなかった。

そしてその侮辱は、男を怒らせるに十分だったらしい。

いいや、男以上に男の家臣たちが怒り狂うには。

「なんたる女だ!」

「許しがたい!」

怒鳴る声とともに、武器など何も持っていない彼女へ向かう剣、わたしは痛む体を動かし、もう後は真っ白になりながら彼女の名前を叫び、後は覚えていない。




気付けばわたしは相手の剣を握りこみ、片手を血まみれにして相手の血で染まった拳をおろしていた。

相手は顔の正面を思い切り殴られたのだろう。

ひくひくと痙攣して倒れていた。

わたしは男の家臣を見つめ、男を見た。

「彼女に手を出すのならば、わたしを殺してからにしてもらおう」

我ながらぞっとするほどの声だった。

だが。

「ふん、二人とも気にいった。よし」

男がわたしを見てこう言った。

「お前もお前の婚約者どちらも、私の家来にしてやろう。どうだ。大事な物には何一つ手を出さないようにしてやろう」

領地だけではこちらの方が圧倒的に多くとも、敗北したこちらがその条件を飲めば、色々な物が助かるとわたしはわかっていた。

だから頷いた。

「ええ、あなたの家来になって差し上げましょう。その代わり無辜の民とわたしの婚約者には手を出すな」

「誓ってやろう。無辜の民をかばう姿勢だけは立派だ、偽王子」

「!?」

いつ気付かれた。

彼女とともに驚いていると、男が言った。

「本物の王子ならば、そういう発言をしない馬鹿たれだと知っているからだ」

いうと男は家臣たちを見やり、言った。

「おい、こいつらを二人きりにしてやろう」

「……え?」

「これをやる」

投げられたのは白いレースのカーテンだった。意味のないほど白い。

それを被せられたわたしは、本当に二人きりにされてしまって驚いて動けない。

だが彼女は違ったらしい。

目を大きく見開き、言ったのだ。

「……夢の中の銀髪のひとは、おぬしじゃったのか……そうか……黒髪に白いレースがかかって、光の加減で銀色に……」

言った後彼女は笑いだした。

「なんじゃ、恋しい恋しいと言っていた相手はおぬしじゃったか、様々な事に合点がいくのう」

「は?」

「なに、結婚式を連想すると、必ずおぬししか隣に立たぬからおかしいのうと悩んでいたのじゃ。銀のひとが立つはずの場所だというのにのう」

からからと笑った彼女は次にこう言った。

「彼らは粋じゃのう」

「な?」

「ここは本来ならば王族が結婚の宣誓を行う場所じゃ」

つまり。

「わらわとおぬしに、ここで結婚しろと仰せなのじゃ、新たなるお仕えするべき相手は」

わたしも笑ってしまった。

「では、婚約者様、誓いの儀式を二人だけで」




のちにこの、小国の王子は覇王と呼ばれる王となり。

わたしと婚約者様は、その盾と剣と呼ばれる事になった。

本物の我が国の王子は幾度か、己こそ本物、と言ったのだが。

意味なく民を巻き込み過ぎたせいで、しまいには誰にも担がれなくなって自滅した。

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