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13.殿下に愛された婚約者様と、棄てられたわたし

あなたはほかの人に夢中で、それはとても当たり前の光景だ。

わたしは黙って何も言わないまま、あなたがその人に微笑む姿を見ている。

微笑むあなたに微笑むあの人。

それに醜い嫉妬を見せるほど、わたしは出来ていない人間ではない事を言いきかせ、わたしは微笑むままその光景を見ていた。

春の花がひらひらと揺れるさなかの、それは美しい光景の中、まるで出来上がった世界であるかのように微笑みあうあなたたちを、わたしは黙ってそこで立つ事で肯定していた。

あなたがしあわせならばそれで、と言いたくてわたしはそこに立っていた。



始まりの婚約はとても簡単な物だ。家同士のつながりを維持するため。

元々喧嘩腰の相手という事も歴史的に長かった二つの家が、手を取り合うために大公殿下が用意してくださった結婚に、どちらもの長男長女が愛する相手と手を取り合って逃げたのが事の始まりだ。

あの時の喧々囂々とした調子は、幼かったわたしが覚えているのだから相当だ。

そこでわたしたちは出会ったのだ。さいしょわたしは、あなたが天使か何かのように思えていた。それ位に可愛らしい相手だったからだ。

何て綺麗な瞳をしているのだろう、とその思いから話しかければ、あなたは答えてくれた。子供の他愛ない言葉のやり取りに、大公殿下が言い出した。

「二人を婚約させよう」

お互いに責任を擦り付け合っていたからか、どちらの家もそれならばと折れた。

そしてわたしたちの婚約が決まった。

わたしはもともと分家の次男坊、跡取り息子ですらないのだ。

彼女のように何不自由ない生活を送ってきた令嬢が暮らすには、あまりにも貧乏な家。

そのためにわたしは、家の位をあげて、家の財源を拡大するべく猛勉強した。

あなたが苦しまないように、とそれだけを目標に頑張ったのだ。

あなたがわたしの隣で、せめて何不自由ない生活を送れるようにと。

死に物狂いで入学した高等学校では上位の成績を収め、陛下および殿下たちの覚えもめでたくなった。

貴族社会にコネは大事だ。豪商たちとも渡り合い、わたしは家が本家をしのぐのではないかと噂されるまでに、家の財源を確保した。

わたしの家の領地を通る、どこの街道よりも安全な貿易経路は、今では黄金の道と呼ばれて数多の人間が行き交う。そのおかげでわたしは、あなたが不自由しないだけの物を手に入れる事が出来た。

そこでようやく、あなたと直接会えると思ったのだ。

それまでは手紙でのみやりとりをしていた二人だった。

だがようやく、お互いに出会えるだろうと思ってきたのだ。

そして。

わたしは領地から都へ到着したのだ。

そうしたら。




彼女の心は別の男性に向けられていたのだ。

ただの男性ではない。

わたしにとってとてもかなわない相手。

第一王子殿下に、彼女の心は奪われていたのだ。

醜いわたしと比べる事などできはしない、美青年であり家柄も申し分ない相手。

彼女はわたしに気付かないまま、わたしの方を見る事もなく彼に微笑んでいる。

胸がつぶれそうだった、天使のようなその笑顔を、わたしは外側から見る事しかできない。

だが。

彼女の家にとって、隣の国の第一王子殿下との縁組は申し分のない者だろう。

近いうちにわたしの家まで、婚約破棄の知らせが届くだろう。

「はは、は……」

あなたのために捨ててきた物のすべての重さを思い、わたしは笑いながら涙をこぼした。

非道な男だ、息子だと言われながらも、領地の経営のために母の臨終に立ち会わずに領地内を駆け回った。

血も涙もない男だ、と言われながらも領地の評判を落とさないために、盗賊山賊といった犯罪者たちにもその家族にも、容赦のない鉄槌を下してきた。

人の心を忘れたようだよ、と昔から可愛がってくれた祖母の言葉に背中を向けて、ただただ領地の財源を確保し、あなたの笑う顔が曇らないようにと動いてきたというのに。

あなたはそれらなんてもう、欲しくないのだろう。

「ゆるせ」

わたしは小さな声でそう言い、その日のうちに荒れ狂う川に身を投げた。

死体など上がらないように、見事に馬が足を滑らせたときに身をそこに投じたのだ。

彼女の邪魔になるだろう、婚約者が死んだことにしようと思って。



気付けばどこかの宗教的な建物の中、そこで一人の女性がわたしを見ている。

どなただろうか。

目を瞬かせれば、彼女は言った。

「ああ、酷い状態だったからもう、死ぬかと思ったけれど死んでいない、よかった」

彼女は美しいとは言い切れない顔をしていたのだけれども、それでも柔らかな笑顔の印象が強い女性だった。

「ここに来るのは運がいいのですよ。川の流れにうまく引っかからなかったら、ここに打ち上げられないのです」

言った彼女は、わたしの事情など何も聞かない事にしたらしく、言う。

「温かいミルクをいっぱい、その後はおいおい決めてゆきましょう」

温かいミルクをもらってから、わたしは自分の名前すら思い出せない事に気付いた。

それを問いかければ。

「そうでしたか、大変ですね。あなたがここに居たいだけいれば、おのずと道は開かれるでしょう」

彼女はそれだけを言うと、わたしの好きなようにすればいい、と立ち上がる。

その背中を見送り、わたしはこれからの事を考えた。彼女の言うとおりにしばらくここで記憶のあれそれが戻る事を待てばいい。

その後の事は、のちのち決めて行けばいいのだ。

それからわたしは、細々とした教会の手伝いをしながら、毎日を過ごしていた。

徐々に記憶らしき物が、これも断片的に蘇って来るも、決定的な物を思い出せず、苦い気持ちになっていた。しかし忘れたままの方が幸せかもしれない、と思う事も事実だった。

風の噂で、黄金の道のある領地がすたれ始めており、その領地に資金を援助してもらっていたとある家が没落しそうだともきいた。

どうもそこの家の令嬢が、隣国の王子にはなはだ不愉快な事をしたらしい。

そういう物もあるだろうと、放置する事も出来ないが、何をすればいいのかわからないで数日。

風呂掃除をしていたわたしは、床で滑って頭を打ち全てを思い出した。

そうしてこれからの事を決めたのだ。

「行きなさい、迷える魂の持ち主よ」

出立すると言えば、彼女が微笑んでこう言った。

「道は決まると言ったでしょう」

「はい」

袋を一つだけ持って、わたしはすっかり傷だらけになった手で彼女の手の甲に接吻し、踵を返した。

故郷を救うために。




わたしが動かす事で優秀だと言われていた存在たちを、本家も分家も手に焼いていたらしい。彼等への連絡をすれば、黄金の道の安全の確保は容易な物になった。

一度悪い噂になったことを変えるのは容易ではない。

だからそれからはコツコツと、黄金の道の維持と発展に身をつくした。

あの人は隣国の王子の婚約者になって、わたしとの婚約は解消された。

彼女の側からの事であり、家柄の格の事などもあって、こちらに莫大な違約金が支払われた。

それをまた領地の事のために使い、さらに領地は発展した。

そしてその功績をたたえた陛下から、わたしは叙勲された。わたしは実家よりも格の高い貴族となり、本家と並ぶ家となった。歴史は浅いのだが。

そこでわたしは、助けてくれた彼女に会いに行く事にした。

何故か? 

無論彼女の教会に、援助その他もろもろをするためだ。恩は忘れないようにするのが一番なのだから。

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