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12.馬上槍試合で勝った婚約者様と与えられた姫のわたし

それはとても悲しい結末だったのは言うまでもない。

たった一つの出来事が運命を決めてしまったのだから。

わたしはそれを見ていたし、まさかそれがわたしに行使されるとは思ってもみなかった。

馬上槍試合の優勝者に、一国の姫君を与えよう。

その言葉で英雄たちがこぞって名乗りを上げた。

一国の姫君はとても有名なわたしのお姉さまだ。とても美しい事で知られていて、敬愛されている。そして何よりこの国一番の騎士であるニーベルゲンに唯一の女性として敬愛をささげられており、最強の騎士の愛する女性として吟遊詩人に歌われている。

それだけでも十分な名声と言われているし、その騎士があまりにも彼女のために勝利をささげているから皆、その騎士とに勝ちたいと思っている。

そしてかの姫君をわたしが……なんて思っている。

でも。けれども。だけど。

「我が娘を与えよう」

そして名指しにされたのは。

「私の可愛らしい三番目の姫君を与えよう」

……わたし、だったのだ。誰もがあきれ果てる結末とそして、哀しい言葉だった。

馬上槍試合なんていう、とても名誉な事の勝利者に与えられたのがわたしというだけで、はなはだ父上は騎士たちの忠誠を重く見過ぎていた。

利益がなければ騎士だって、忠誠を誓わないというのに。

父はそう言ったのだ。

そしてわたしが婚約者として、その騎士の相手になった。

「あなたが姫君」

騎士は兜のおくでわたしを見つめていた。落胆と失望と、それからいくつかの何かを内包した瞳で。

わたしは見返した。負けはしないという気持ちだけを込めて。血筋だけはわたしだって負けはしないのだと、思いながら。

見つめていた。美貌の姉は第二妃の娘。わたしは正妃の娘なのだから。血筋だけで言ってしまえば負けはしないと、それだけを誇りとしてわたしはそこにいた。

「あなたが私の婚約者となったのか」

その声の哀しみはうんざりするものだった。どこの騎士にも共通する、姫君に出会うという期待を裏切られた声だったのだから。

わたしは相手の仮面のおくを見ていた。その奥に見え隠れする色を読み取ろうとして。

そして試合は微妙な閉幕を告げ、そして宴に切り替わった。




お酒が酌み交わされる。それとともに入浴して身ぎれいにした騎士たちが集う。

運ばれてくる酒は美酒として父上が取り寄せたものだ。

この記念するべきバカ騒ぎのためにわざわざ取り寄せたのだから。

男の人たちが飲み食いしていく。

貴婦人たちも飲んで笑っている。

何もおかしなことは起きていないけれども。

わたしは立ちあがった。周りの視線がいい加減にうっとうしかったのだ。

わたしの隣の姉と、わたしを見比べた視線たち。金髪碧眼の美女の象徴を何もかも兼ね備えた姉と、そうではないわたしとでは、色々あるのだ。

それでも、懐かしい友人たちのだれひとりにも会えなかったわたしは、立ち上がって窓辺に座った。

窓辺はこの凍えるような空模様の結果、誰も近付かない。もともと窓ガラス何ていうものは教会に存在するかしないかの世界であり、この城にも窓ガラスは存在しないのだ。

外の雪はとてもとても白い。わたしは自分のそばかすだらけの肌を忌々しく思いながら座っていた。

座っているうちに、わたしは眠ってしまっていたらしい。

とろりと意識が途切れたような気がしたと思えば、叫び声が響き渡っていた。

は、と目が覚めた。そこで見たのは、わたし以外の王族の殆どが血に染まる姿だった。

そしてわたしは窓辺にひとり取り残されていた。

呆気に取られていれば、わたしはただ強引に引きずって行かれた。

あとから、美貌の姉とわたしだけがいきのこったことを知らされた。




いまのわたしは泥にまみれて、貴婦人のはしくれだったころはもう、遠い。

美貌の姉は隣の国の王族の妾となった。わたしは美しさが足りなかったことから、使用人におとされた。

最初は何もできなかったけれども、いまは色々なことができる。まさに召使の娘といったところか。

今日は、思い出すのも苦しいほどの出来事の日だ。

隣の国で馬上槍試合が行われるのだ。バカ騒ぎがまた始まるのだが、わたしは今回はそれの準備に回っている。膝をついて辺りを磨き上げて、花をまくのだ。

美しい花のちりばめられた床には真っ赤な毛氈が敷き詰められており、それだけでもうどれだけのものかが、わかる。

とくに高価な花を使用した今回は、隣の国の王女様の夫を決めるらしい。

そして望むものを、という事だそうだ。

どうだっていい。どうせ見る事はかなわない。

見たくもない。わたしは黙って床を磨く。美しくする。でないと今日の食事は出てこないのだから。

たとえ誰かの歯型が付いた肉であっても、いまのわたしは食べたいと思うだろう。

慢性的な空腹で、わたしの体は一層やせ細っているのだから。



外から大声が聞こえてくるのは、試合の興奮が最高潮に達しているからだ、今日は試合の最終日であり、王女様の夫が決まる。

姉よりも二つ年上の王女さま。父上よりも年上の男に略奪された姉。

思うとどこかが痛みを訴えてくるのは、わたしがいまだに無関係になれないからだ。

そんな事を思っていた時だ。

「悲しげな顔をしているようだな」

声がかけられた。わたしは黙っていられないから、口を開いた。

「悲しい思い出があることですから」

相手はいつも闇の中に紛れている。わたしがここで召使になってからずっと、その声の主とささやかな会話をするのが、楽しみだった。

「悲しいのですか」

「家族も国もなくしました。こんな日でしたよ、隣の国にこの国が攻め入って滅ぼしたのは。たしか城の門を開ける手引きをした人間がいたとか」

後ろは振り返らない。それが基本だった。どちらも顔を見たくなんてないのだから。

それでもわたしは、このつかの間の会話が好きでもある。

「どちらにしろ意味がありません。わたしには何も変わらないのだから」

最後の最後、と床を磨いた結果どぶいろになった水を窓から捨てる。城の周りの堀は定期的にさらわないと悪臭の根源になった。

「あなたは行かないのですか」

「……ええ、興味がありませんので」

驚いた。誰しもが熱狂するそれを、こんなにあっさりというなんて。

「どうしてと聞いても」

「だれも勝てないのですからね」

笑い声。

「あなたは強いの」

「ええ、とても」

「そう。そうなの」

それ以上の興味は持ってはならないと、警鐘が鳴ったから何も聞かない。

その時だった。

「今日はお願いがあってきました」

「何を?」

闇の中の声が言った。お願いなんてされる側ではない、召使のわたしに。

「何かしら」

「袖をいただけませんか」

「まあ。わたしを愛してくださるの。でもわたしはしがない召使の身の上。あなたに贈る袖はとても汚れておりますのよ」

試合の前に、貴婦人たちは自分を敬愛してくれる騎士にそでを送る。

しかしわたしはそんな物は持っていない。

だが闇の中の声は続けた。

「あなたの袖がよいのです」

「笑われてもいいのですか」

「ええ。あなたの袖を持っていることが重要なのですから」

わたしはそこで迷う気持ちを捨てて、袖を引きちぎり後ろ手に、闇の中の声に手渡した。

「ありがとうございます」

声が言い、足音が立ち去って行った。




槍試合では、無敵の英雄が圧勝したそうだ。どちらにしろどうでもいいと思っていたのだけれども、そうはいっていられない。

宴の前の宣言の時間、英雄が何を宣言するのか興味があったからなのだ。

こっそりと広間に、ほかの召使たちのように立っていると、その英雄が現れる。

雄々しいひとだ、何処かで見たような顔をしている。

彼が口を開いた。

「陛下。私は妻をめとりたく思います、お許しいただけますか」

騎士はつかえている相手に、結婚を認めてもらわなければ結婚できない。祝福されない結婚は、騎士にとって大変な不名誉なのだから。

陛下、姉を奪った醜くやせ細った男が言う。

「よかろう。どこの娘君だろうか? お主の心を射止めた乙女は一度もおらなかったではないか」

「ええ、何年か前に婚約したまま、結婚を許されずにおりましたので」

「なんと!」

陛下が笑ったその時だった。

その英雄が言ったのだ。

「私は、隣国の正妃の姫君をめとりたく思っております。陛下」

静まり返った世界の中、ほかの召使たちの視線がわたしに突き刺さっていた。

どういうことなの、と動揺しているその時に、英雄がわたしを見つけたのだ。

そして大股で見事な動きで近付いてくる。

「あなたを私の一族に迎え入れたく思います、かがやく姫君」

見下ろして言う、彼。

わたしは今よりひどい状況はないのだから、頷いた。

「……ゆるします」

傲慢だと誰も言えないでいるらしかった。

これでも一国の姫だったわたしだ。声の動かし方は普通の女性よりも詳しいのだ。

「あなたは闇の中の声を恐れることなく、答えてくださった。その何にも代えがたい心に惹かれた私は、あなたこそ我が一族の頭領の妻に迎えたく思ったのです」

その声に聞き覚えがあったわたしは、驚きすぎて何も言えなかった。

何年も友達だと思っていた闇の中の声と、それからわたしがすべてを失ったあの日婚約した男の声と、彼の声が結びついたのだから。

ああ、と合点した。

とても単純な事だったのだ。父上は城に招いてはいけない客人を招き、崩壊をもたらした。

わたしは彼の婚約者だったから見逃された。

それだけのことでしかなかったのだ。

それでも、わたしはこれで家をある程度まで再興できることに、心底安堵した。




一族の頭領の妻になったわたしは、それからは忙しく家を動かす事に勤めた。

子供には恵まれなかったが、養子はいくらでも迎え入れられた。

そして子供たちを導いたわたしは、長生きと呼べる四十でそろそろ寿命を迎えようとしている。

夫は隣でわたしの手を握ってくれている。

「悪くない人生だったわ」

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