表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

童話シリーズ

逆さ虹の森いわれ。~キツネの長老の語り~

 おや旅人さん、この老キツネを哀れんでくれるのですか。いえいえ結構です。その手にあるどんぐりを私めに捧げず向こうにあるどんぐり池に投げ込んでくださいな。きっとあなたの願いが叶うことでしょう。

 どうして私がここにいるかですか? 願いが叶うとはどういうことですか? そのわけは昔語りをしないといけませんね。でもそんな昔の話ではないのです。

 ほんの少し前のことです。


―――――


 元来私は人が良く、時には秋に蓄えが少ない動物に私の備蓄を分け与え、森が寒い時には小さな動物たちを私のしっぽで包ませて温めさせてやりました。みんな感謝の言葉を小さい口の動物も大きな牙を持つ動物もいっぱいいっぱい私に捧げてくれました。


「ありがとうキツネさん」

「キツネさんはお人が好い」


 いつしか私はこの森の長老をしておりました。もちろんそんなに年は取っていないのですが、まあ役職みたいなものですね。キツネの長老さんと呼ばれて悪い気分ではありませんでした。みんなが私を頼ってくれる。私を慕って相談してくれるのです。

 そうだ、あることを思い出しましたよ。冬支度のために木の実を私の家に集めていたところにヘビさんが訪ねてきたのです。


「長老や。助けてください」

「どうされたのですか?」

「実はまだ冬の支度ができてなくて、このままでは冬を越せないのです。どうか食べ物を分け与えてくれないでしょうか」

「ええ、お安い御用です」


 しかしヘビさんときたら、バクバク私の蓄えを半分も食べてしまったのです。私はまた集めればいいから大丈夫だ。私はヘビさんの役に立ったのだと涼しい顔をして眺めました。そして、ヘビさんがたっぷりと私の蓄えを腹にため込んで、去っていきました。しかし、私がまた冬の蓄えをしようと家から出たときには、とっくに木の実はなくなっていましてね。危うく飢えるところでしたよ。今となっては懐かしい思い出ですが…………


 雪が解けて森が春を迎える頃、巣から出てきた鳥たちが歌を歌うのですよ。特にコマドリさんは歌がうまく、毎年この季節になると私はああ春の知らせが来たのだなと、新緑の土が混じる根っこ広場で寝転がりながら心穏やかに聞きほれていたのです。

 すると、コマドリさんの歌を聞いているところにギリギリと歌をかき消すほどの歯ぎしりを鳴らしてリスさんが訪ねてきたのです。せっかくの春の歌をかき消されたのですが、相談とあればしかたないと私は身を起こしました。


「キツネさん。何とかしてください」

「どうしたのですか」

「気持ちよく春の温かさで眠っていたのに、コマドリの歌がうるさくて起きてしまったのです。なんとか止めてください!」

「でも、コマドリさんの歌を求めている動物だっているのですよ」

「その人は良くても、ぼくが気に入らないのです! 早く歌を二度と歌わないようにしてください!」


 グチグチと歯ぎしり混じりに私に文句を言うとリスさんは満足げに帰っていきました。きっとキツネさんがなんとかしてくれるだろうと思ってくれたのでしょうね。


 ようやく解放された私はリスさんの悩みをどうしようかと考えるのを後にして、またコマドリさんの歌を聞こうと寝そべりました。すると、ドスンドスンと重たい音が森の中に響いてきました。一体何事かなと起き上がりますと何もありません。

 木の枝に残っていた雪が落ちたのかなと思ってまた寝そべりますと、ドスンドスン。またあの音が聞こえてきました。今度は地面が揺さぶられ、私の所に近づいているのでした。また起き上がりますと、その音の正体はクマさんのものでした。クマさんは大きい体をしているのですが、私と目があった瞬間、白い斑の中にある小さな黒目をより小さくしてドスンと大きな音を立てて後に後退りました。


「どうしたのですかクマさん? 何かお悩みがあって私の所に来たのでしょう?」

「は、はい。……でもこんなことを言うのは長老さんを困らせるかもしないかもしれないですね」


 すでに、大きな足音で春のひと時を邪魔されて困っていたので私はすぐに「大丈夫ですよ」と答えました。クマさんは肩をなで下ろして私に近づき耳元でささやきました。


「実は、アライグマさんがぼくをいじめてくるのです。体が大きいのに弱虫だからと毎日毎日いじめて。ぼくは寝付けないのです」

「……ふむ。それでどうしたいんだい」

「アライグマさんに仕返ししたいのです。ぼくをまたいじめてこないように」


 またも難しい相談事です。森一番の暴れん坊と言わているアライグマさんを二度とクマさんをいじめないようにするのは、とても骨が折れることです。でも私はそれを承諾しました。


「なるほど。なんとか考えてみましょう」

「わぁ、ありがとうございます」


 ドスンドスンとクマさんの大きなお尻が遠くなっていくのを見届けると私はまた横に寝てコマドリさんの歌を聞こうとまぶたを閉じました。ところが、すでにコマドリさんの歌は止んでいたのです。もうどこかに行ってしまったのかなと私は残念に思いまぶたを開けると、目の前にコマドリさんが私のおなかの上に乗っていました。


「キツネさん。お願いがあるのです……」

「どうされたのですかそんな悲しそうな顔をして」

「ヘビさんをこらしめてほしいの。ヘビさんときたら私が歌を歌っていた隙に、私の大事な卵を食べてしまったのです。ああ悔しい、きっと今頃私の卵はみんなヘビさんのおなかの中で溶けてしまっているでしょう」


 コマドリさんはつらつらと卵と過ごした日々のことを語り始めました。私は今まで子供を産んだことも育てたこともないのでまったくコマドリさんの気持ちを理解できませんでしたが、それでも耳を傾け続けました。私はなにせ人の好い長老様ですからね。


「どうかお願いします。アライグマさんにもヘビさんをこらしめるように伝えましたので」

「アライグマさんにもですか」

「ええ、彼は私の歌の大ファンですから。ただ、アライグマさんは私と卵との思い出話には興味がないとのことで。キツネさんもお願いしますよ」


 それならば、アライグマさんに任せておけばよいのにと思いましたね。思えば、コマドリさんは誰かに悔しさをぶつけたかったのでしょうね。そこに私がいたのだからちょうどよかったのでしょう。オヨヨとその素晴らしい歌声で泣きながらコマドリさんは飛び去っていったのです。


 その時の私はドングリ池のほとりで思い悩んでしました。

 リスさんはコマドリさんの歌を止めさせたい。コマドリさんはヘビさんをこらしめたい。クマさんはアライグマに仕返しを。ですが、コマドリさんがリスさん一匹のために歌を止めるわけはない。ヘビさんのおうせいな食欲は止めることはできない。アライグマさんの生来の暴れん坊病もしかりです。


 それでも私は頭が引きちぎられるほど考えました。


 長老としての名誉なのでしょうか。それとも私が人が好いからでしょうか。それとも断ることができなかったからでしょうか。こんがらがった糸のように複雑な問題で、私はうんうんと頭をひねりましたが全く良い案が浮かびませんでした。


「ああ、どうすれば解決できるのだろうか。みんな自分のこと自分のこと。そんなに長くも生きていないし、大した知恵もない私に頼って。私も私だ。どうして安易に引き受けてしまったのだろう」


 ()()()()。人が良ければみんなから好かれる。それはとても良いことでしょう。

 だが、これほど疲れることはない。感謝の声はあるがそれに報いるほどのものを得られたのだろうか。感謝の言葉があるからがんばれるというのもあるでしょう。ですが、私の身は日に日にやせていっている。感謝の言葉で腹は膨れたのだろうか。長老なんてただの面倒ごとの押し付け役ではないか。

 いつの間にか自己嫌悪に陥り、適当にそこらに落ちていた石やら雪の中で冬を越せたドングリをボチョンボチョン投げやりに池に投げ込みました。

 そうそう旅人さん、この池がドングリ池なのですよ。そばに大きなコナラの木があるのでそれが目印です。この池には不思議ないわれがありましてね、池にドングリを投げ入れると願いが叶うというのですよ。私自身も半信半疑でしたよ。あの時が来るまではね。


 投げ入れたドングリがぽわんぽわんと幾重の小さな輪から大きな輪にへと変わっていくのをじぃっと見続けると、頭がふわふわとまるで頭だけが切り離されたかのようにふわふわと浮かび上がったのです。

 目をパチクリすると私の頭はいつの間にか、この森を一望できるほどの高さにまで登っていったのです。――とても不思議な感覚でした。いつも木の下から見続けていて広い広いと思っていた森が、上から見渡せばちっぽけな木の集まりでした。ちょっと左を見渡せば赤い土の丘が見え、右を見れば青い湖が見え、向こうには村が見えました。私たちはなんて小さいのだろうと思いましたね。

 そして村の方でターンという何かが弾けたほうから音が聞こえると、一匹の赤茶色のウサギさんがぐったりと倒れていました。

 まぁびっくりしましたよ。あのウサギさんついこの間まで私に結婚を約束していた彼女から振られたと泣き叫んだばかりでしたのに……ああなるともうどうしようもないのだなと感じました。

 と同時にです。急に眠ったように落ちていき、目を覚ますと私はドングリ池に戻っていました。


「そうか、そうしたほうが全部スッキリするぞ」


―――――


 数日後、コマドリさんがドングリ池のそばのコナラの木の枝に止まって歌を歌っていました。相変わらず透明で美しい歌声です。そしてそれを邪魔しようとリスさんがドングリを一つ手に持って投げつけたのです。

 私はリスさんにある助言をしたのです。もしドングリ池のコナラの枝にコマドリさんが止まったらドングリを投げつけなさい、そうすればコマドリさんは逃げ出して、投げたドングリは池に落ちて願いが叶うのですよとね。リスさんはこういういたずらが大好きでしてね。ほんの少しのお返しにと思ってリスさんは勢いよくドングリを投げつけました。角度良く、このままコマドリさんに当たり池に落ちれば一石二鳥いえ一ドングリ二鳥です。


 ドングリが投げられると、コマドリさんは驚いて逃げてしまいました。ドングリはそのままぽちゃんと池に落ちてしまいリスさんは大喜びでしたよ。――そのあとヘビさんにぱっくりと丸ごと食べられてしまったのですがね。実はヘビさんにも助言を与えたのです。お腹が空いているなら、今コナラの枝においしいものがありますよとね。

 そしたらヘビさんが乗っていた枝が、リスさんを食べた重みでぽっきりと折れて池の中にぼちゃんと落ちてしまいました。手足があるならまだ救いがあったでしょうが、ヘビさんはあの見た目ですからただ池の中をバシャバシャと体をうねらせるばかりでした。必死におぼれまいと抗うのに、お腹の中にいるリスさんを吐き出して軽くしようとは思わないのがなんとも滑稽で、そのまま沈んでしまいました。今思えば、ヘビさんはすでに食欲というものにおぼれていたのですね。


 私は木の影からその光景を見て、いつになく晴れ晴れとした気分でした。

 今でもリスさんがコマドリを追い払って清々したあと、ヘビさんに食べられたこともわからない惚けた顔が今でも忘れないです。きっとリスさんは満足したことでしょう。お腹の中ではコマドリさんの歌が聞こえないのですし、ヘビさんも春先の新鮮な食べ物を食べて内心幸せだったことでしょう。

 でも私にはまだやるべきことがまだありました。悩み事を解決するのが長老の私の役割ですから仕方がないことです。

 そして私が池から立ち去ろうとした時、不思議なことにですね。池の中に逆さまの虹が浮かんだのです。最も不思議なのは、それが赤とオレンジの色しかない不思議な虹だったのです。


 私はクマさんにアライグマさんを連れておんぼろ橋を渡りなさいと伝えました。おんぼろ橋はその名の通り足場がすぐにでも崩れ落ちそうなほどボロボロでしてね、そこを渡ればアライグマさんもきっとクマさんがおくびょう者だといじめてこないでしょうとね。

 それでいじめがなくなるのですかって? むずかしいでしょうね。それだけであの暴れん坊のアライグマさんが二度とクマさんをいじめない保証はないのですから。

 だから私はコマドリさんにおんぼろ橋に来るように話したのです。ヘビさんがアライグマさんのおかげでいなくなったと。

  

「お礼におんぼろ橋のかかっている川の近くでコマドリさんの自慢の歌を披露するのがよろしいでしょう。アライグマさんもそこを通る予定ですし」


 みんな予定通りの動きをしてくれました。私がおんぼろ橋に到着したときには、クマさんはおんぼろ橋を渡り切った後だったのです。


「さあどうだアライグマさん。ぼくはおくびょう者じゃないぞ」


 ですがアライグマさんは拍手も称賛の声も上げず、ただ鼻息を鳴らしただけです。


「へん。こんな橋おれにだって渡れるさ」


 そう言ってアライグマさんもおんぼろ橋を渡ろうとして、橋の真ん中まで来たときです。コマドリさんの歌が聞こえてきたのです。アライグマさんのお礼にとその歌声はいつもより上手で、たぶんコマドリさんの生きてきた中で最高の歌声でした。コマドリさんのファンであるアライグマさんも、そんな最上級の歌声に足を止めてしまい、うっとりと聞きほれていました。

 ところが、おんぼろ橋は体の大きいクマさんが渡ったことで、ベキベキと嫌な音を立てていました。クマさんが大声で叫んだのですが、歌に夢中のアライグマさんには聞こえませんでした。

 ベキベキバキッ! バシャーン!!

 とうとう橋が落っこちてアライグマさんは川に落ちてしまいました。クマさんが助けようとしましたが川はとても深く、自分も沈んでしまうのではとおくびょう風に吹かれて足をとめてしまいました。


「アライグマさん! 私に捕まって!」


 その始終を見ていたコマドリさんがさっそうとアライグマさんを助けようと必死にアライグマさんに手を伸ばしました。しかし小さなコマドリさんではとうていアライグマさんを持ち上げることはできず一緒に沈んでしまいました。

 ぽちゃんとコマドリさんとアライグマさんが川の中に沈んだあと、また逆さ虹がかかっていました。今度は赤とオレンジのほかに二色増えました。黄色と緑でした。


 その後クマさんが、私が近くにいたのに気づくと血相を変えて私に詰めかけました。


「ぼくはアライグマさんをあんな目にしたいわけじゃなかった、関係のないコマドリさんも巻き込んでしまった! キツネさんがそばにいたのにどうして助けなかったのですか!」

「私は皆さんの悩みを解決しただけです。もう思い悩むこともなくなりました。クマさんもこれでアライグマさんに二度といじめられることはなくなりましたでしょ」

「ひどい。キツネさんがそんな方だったなんて。ゆるさないぞ!」


 びっくりしましたよ。あの臆病なクマさんがいきなり私に飛び掛かってきたのですから。クマさんに襲われた私はもうめちゃくちゃに肉ごと皮を引き裂かれ、ゴロンゴロンとのたうち回りました。臆病でもクマですからね。私は反撃することもせずゴロゴロと為されるがままに転がされて、私は根っこ広場にある根の中に落ちました。

 突然「ぎゃ」と途切れた音が聞こえました。

 どうしたことかとひっかかれて片目しか開かない目を開けると、クマさんの喉元に太い枝が突き刺さっていたのです。もうクマさんも苦しみを引きずることもなくなりました。

 そして根っこの中に入ってくる光の中に、あの逆さまの虹が見えました。また一つ色が増えていました。青い色です。




 そして今、私はこうしてこの根の下で私はただ待つだけの身となっただけです。別に後悔はしていません。むしろ今までが不思議だったほどです。どうして私は長老という身分に身をやつしていたのでしょう。

 私に話しかけてくれる動物たちはぱったりといなくなりました。寂しいとは思いません。むしろ今までが煩わしかったのです。あのドングリ池のおかげで皆さんの願いが叶いました。


 ところで旅人さんはどうしてこの森を訪れたのですか。私に相談事でも言いに来たのですか? ……ほう、『逆さ虹の森』ですか。この森がそんな風に言われているのですね。でもあの虹はまだ未完成ですよ。

 だって、まだ五色しか彩られていないのですから。……でも、もう少ししたら六色になるかもしれないですね。ほら見えますか? あそこに見える逆さまの虹に藍色が彩られようとしているでしょう。

 さあ旅人さんもう死にゆくキツネのことなど放っておいて、ドングリ池にそのドングリを投げ込んでみなさいな。

 きっとあなたの願いが叶うはずですよ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ネタバレありの感想です。未読の方はご注意ください。 冬童話2019より参りました。 少しずつ降り積もる負の感情。それがある臨界点を超えた時、どんな風に壊れていくのか。それをまざまざと見せつ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ