無神経という名の攻撃
彼女の視点
知らなかった。
お母さんとゆうちゃんが、そんな約束してたなんて。
だから、お葬式のあのときも、そのあとも、ゆうちゃんのあの優しい声や励ましは、「許嫁」としての私に向けられたものだったんだ。
それなのに、秘密にして。なんて言ってしまった自分のズルさが嫌だ。
私とコウは兄妹みたいに育ってきて。
過保護な兄としてのコウと、それに頼る気弱な妹。
それでよかった。今までは。
回りがなんていっても、どうでも良かった。
お互いにそんなものではないとわかってたから途中からあえて訂正してこなかった。
言ってもややこしいし、コウが男で私が女だっていうだけで「でもほんとは~」って結局みんな言うの。
昔は、コウも私もやっきになって訂正してた時期もあったけど、こっちが本気になるたびに周囲は「またまたー」みたいな冷やかしになってしまって、ごく親しい友人の中にもまだ本当にそれを理解してる人たちはいないと思う。
変なのかもしれない。
でも、なんていわれてもそうなんだから仕方ない。
私はごく普通にコウの心配をするし、コウのお母さんにお世話になってる分やらないとっていう部分もあって、コウは無頓着というか、あれやってこれやってという要求をズバズバ言うタイプだから、余計に彼氏彼女でいるように見られる。
普通の兄妹ならありえないって。
たしかに、血は繋がってない。ただのお隣さんで従兄弟だとかでもない。
だから普通じゃないのかもしれないけど、私の態度はコウの前でもハルの前でも同じだ。
否定するたびに広まって、一時期はそれでなにかいわれたところもあったけど、何しろ小学校中学校とずっとこうだったから、やがて周囲の「公認カップル」扱いになって、誰もコウが私に過保護でも何も言わなくなった。
コウが私の番犬として、周囲は認定してしまった。
そこに、高校になってゆうちゃんが「許嫁」だと名乗って出てきたらーーーー。
私だけじゃなく、ゆうちゃんとコウまで変な噂が広まってしまう。
しかも二人は野球部で。
だからってコウになんか言っても「兄貴が妹心配してなにが悪いんだよ」って具合で、周囲のことなんかまた気にしない。
二人して該当することがないだけに、後ろ暗くもなんともないだけに、コウの考えは正論でもあり。
単に、臆病なんだ。私が。
それだけで、ゆうちゃんに真実を黙ってて、とエゴで言ってしまった。
あんなに小さい頃に、お母さんと約束をして、今までずっとコウとは違う距離で私を励ましてくれてたひとを。
傷を癒して、初恋を教えてくれた人を。
コウにくるなって言って、ゆうちゃんがきてもーーー破局だとかなんとか、また嫌な噂が流れる。
ゆうちゃんは学校を選択する上で私のことを考えてくれてたのに……。
はー……。自分がヤになるな……。
自分の保身ばっかりで、コウにもゆうちゃんにも失礼だ。
「雪華~、さっきのなんだったのー?安達くんと一緒にきてた男子」
女子だけの体育。バレーボールで試合を待っていると、同中からの友人にやっぱり聞かれた。
「幼馴染のゆうちゃん。弟とずーっと一緒に野球やってて、学区違うけど、昔からの知り合いなんだよ」
「あ、なるほど。ハルくん絡みなわけね。最初なにかと思ったじゃん。まあ番犬アダチもフツーの顔してたし、9年はなろーってのにアツアツな”ゴールデン夫婦”に今更誰も横恋慕しないよねー」
「別に、そういうんじゃなくって、コウと私は……」
「はいはい、『兄妹みたいなもの』でしょ。あーいいよねー、もうずっと彼氏がいる人は」
違うんだって、ちゃんと言い切れないこの弱さ。
何度も何年も、どれだけ言っても、誰も認めてくれないから諦めてしまう。
ーー中野くんも、悪気はサラサラなかったに違いない。
あの昼休み。
でも、あのあとゆうちゃんは口数が少なくなって、食べ終わるとすぐに「ごっそーさん」と言ってクラスに帰ってしまった。
せめてコウのこと、言って置けばよかった。
そうしたらゆうちゃんは、信じてくれるはず。
何の根拠もないけど、何故かそう思う。ずっと見てたからかな。
本当に、私とコウはお互いになんとも思ってないし、兄妹だと思ってるって。
だから周囲は勝手に言ってるだけだって。
ゆうちゃんからしたら、びっくりしただろう。
前情報ないのに、いきなり野球部の人間がいるんだもんね。
まして、私以外には愛想がいいタイプじゃないコウなだけに、コウからフォローとかしなさそうで不安。
バッテリーならせめて、声かけとか如才ないのに、私生活だとズボラというか、コウの自分基準ってきついから。
「あーーやばい、家庭科ってもう課題だすし、エプロン手縫いとか超無理ーー!雪華助けてねー」
「うん、エプロンとかセーターとか、それくらいならなんとかなるよ」
「さすが主婦!!!でも無茶しちゃ駄目だぞ!」
なんか、けっこう校風自由に見えた宇井野でも、所持品の紛失でPTAと学校側がもめたとかいう噂があり、実際「持ち物には名前をいれろ」と小・中学校並にうるさい。
なので、コウのうわばきや自分のうわばきなんかにも名前書いてあるし、タオルやジャージは赤い刺繍糸で二人分名前をいれた。
小学校から、ハルのタオルやらゾーキンやら、給食袋なんかに名前を入れるのは慣れてきたから、どうということはないけれど。
「シュフって、なーに?家事してんのー?」
ふいに声をかけられた。
今しがた試合終わったグループの一人で、私は初日の自己紹介を逃しているためにすぐに名前を出ない。
横の友人を振り返ると、記憶ローディング中の顔。
「星園さん、だっけ。雪華は小学校のときお母さん亡くしてるんだよ、もう家のことやってるの。大変なんだから」
「ふーん、そうなんだ」
「雪華、いこ。試合うちらだよ」
うん、とひっぱれて私が星園さんというひとの前を通過する瞬間だった。
「そういう環境だとさ、さぞかし同情もらえて楽だろうね」
無防備なこころを、素手で殴られたような気がした。
今傷つけられたこころから、ドクドクと流れる血の感触。
心臓の動悸が、頭まで鳴るような。
それでいて、頭の中は今の言葉が攻撃したように真っ白になった。
「そんなこと……」
「は?なーに?聞こえない?今なんかいった?」
泣いたら駄目だ、泣いたらーー。
喜ばせるだけだ。
それでもはっきり、言い返したかった。
なのに、傷ついたダメージが、ショックが、私の言葉を奪う。
「そうやって男も女も同情で甘やかしてもらえるひとはいいよね。だったらあたしも母親死んでてくれれば良かったわ」
先にバレーコートに入った友人たちには聞こえてないらしくて、コートの中から動かない私にじれたように声をかけてくる。
「なに、泣くの?バカじゃん、つーかそれがいつもの手?さっすが同情かうのうまいだけあるわ」
ーーなにを、なにを言っているのこの人は。
「雪華ーーー?」
「どーしたのー?早くおいでー」
気がつかない友人たちから、私は目を背けた。
「ーーごめん、保健室いってくる……なんか、おなかイタイ……」
この人と同じ空気を今吸いたくない。
同じ場所にいたくない。
負けを認めるも同然なのに、私は保健室に逃げた。
はい、やっと出てきた。正直いいまして、この作品は三角関係がテーマではなくて、彼と彼女と、そして裏テーマは”いじめ”なのでした。ラブ要素が遠ざかっていきましたが、少々お待ち下さい(何回目のセリフか)恋といじめと、立ち塞がるものを乗り越えるヒロインを今しばらく見守ってください。