いちげオーバーターン 水も滴る良い転校生
私こと知立一夏の通っているスクール・ナンバジラ(皆はスクナンだったりSNだったり呼んでますが)に、転校生が来ることはまずないですね。
何しろこの町は本都との貿易でしか成り立っておらず、完全に本都に依存する形で成立している町ですから、なかなかこの田舎町に来たいという人がいないんですよ。
だから、今日の先生の顔を見ただけで、その喜びようはビンビンに伝わってきて、まだ何も聞いてないのに涙が出そうでした。
どんな子なんだろう?
友達になれるかな?
クラスのみんなはざわざわしています。
さあ、そのドアを開けてお友達になりましょう!
いつもは静かな旱が、すごく楽しみそうにしています。緊張して口をパクパクさせています。
金魚か、お前は。
そんな期待は、結論から言うと実に品のない愚民の戯言だったと言わざるを得ませんでした。まあ、そんなこと言ってもしょうがないし、そんなこと誰だって分かるものじゃないんですから。
傾国とも、あるいは滅国ともいわれる絶世の美女が、この学校に来ようとは、誰も思ってもいませんでしたから。
本当に彼女は、人間なんですか?
「こんにちは、ナンバジラのみんな。私、涼風羽天って言います。これから、至らぬところもあるかと思いますが、宜しくお願いします」
深々と頭を下げる彼女は、羽天さんと言うそうですが、何しろその手際の良さに気を取られちゃいましたね。
何と言うのでしょう、同じ学生とは思えないようなその大人びた雰囲気がより一層彼女の可愛さを引き立たせていたのです。
「じゃあ、羽天さんは、一番後ろの席に」
「分かりました」
一番後ろの席というと、私の席からは遠く離れてしまうけど(視力があんまりよくないので、一番前の席です)、丁度私の列だったので、少し嬉しかったです。
「うわあ…」
席に向かうべく私の隣を歩いた彼女からする香りに、胸がどきどきして、言葉が出ません。きっと、どんな洗剤にも、あるいはありとあらゆる香水にも出せない、天然の、人を惹きつける香りを出し惜しみすることなく出していたのでしょう。今まで、私は男の子にしか興味がなかったんだけど、今日のこの出来事をきっかけに、女の子もいいなぁって思い始めてしまいました。
「可愛いなあ」
食べてしまいたいくらいに。
…あれ、私ってこんなに猟奇的だった?
ともあれ、朝から珍しいことが起きたので、授業の合間の休み時間は、その話で持ち切りですね。
教室の隅々から、可愛いなとかっていう言葉が聞こえてきます。
「そんなに気になるんだったら自分で聞けばいいのに」
頬を膨らませ、腕を組みながら、プンスカという擬音が似合いそうな表情を浮かべているこの子は、安城旱。部活は、私と同じで帰宅部。最近仲良くなった私たちだけど、考え方とか趣味とかが意外と重なったりしてこうしてよく話すのです。
「そういうやーちゃんも、気になるんじゃないの?」
「まあ、そうなんだけどね」
「そうなんかい!」
「いやいや、山登りとしないから、うち」
「それは遭難かい!」
「あ、でも海には行きたいな」
「それは、もしや湘南海?」
「お、よく分かったね」
「次の授業、自然だし」
「あ、そっか」
「それよりさ、彼女勉強とかどうなんだろうね?」
「まあ、でもうちに入れたんだから、それなりに高いんじゃない?」
これでもスクナンは、偏差値結構高い方なんです。
概ね、彼女が引き上げているようなものですが。
「やめてよ、気恥ずかしい」
「あれ、ここは調子に乗る手はずでは?」
「私を何だと思っているんだ」
「強いて言うならお調子者?」
「…ツッコミ辛えな、おい!強ち間違いでもないじゃんか」
「まあ、強かさはないよね」
「それは、言わないで」
早速発揮してくれるやーちゃん。打たれ弱いところも嫌いじゃないよ!
私の前でこそ、こんな風にボケたり突っ込んだり元気に振舞うが、いざ他の人の前だと、ものすごく人見知りになってしまう。
私と初めて会った時もそんな感じだった。
こんな話をしていると、皆の話題の渦中にいる彼女がこちらへ向かってくる。何か、凄くそわそわした雰囲気で、凄く申し訳なさそうにしながら、ゆっくりゆっくり歩く彼女は、なんとなく蝸牛みたいですね。
「あ、あのちょっと、良いかな?」
「ど、どうしました?」
あ、やーちゃんは、だんまりを決め始めました。完全に人見知りモードに入ってしまいました。
「た、確かあなたって、学級委員だったよね?」
「え、ええ。まあ」
そうなんです、私こう見えても学級委員なのです。と言っても、完全な他薦で、しかもみんなやりたがらないので、そして押し付け合っていてその流れで私の元に来た、名ばかり委員長ですけど。先生とのやり取りは基本やーちゃんかうちのクラスで一番のコミュ力をお持ちの摺谷君がやっています。
女の子ということもあり、さすがに摺谷君は、手を出さなかったのでしょう。彼女持ちですからね。
「ちょっと聞きたいんだけどさ」
ここで、私は普段使わない脳みそをフルに使います。どうして、私に用があるのでしょうか。
この時間、つまりは授業5分前で聞きたいことと言えば、授業くらいしかないですけど…、だったら隣の席の男子でもいいわけで、幸いにも彼女の周りは、好成績を収めている優秀な人がいますし、その人たちに聞けばいいと思いますが、そこで私に聞くということは、男の子には聞きにくいということだということだ!
…でも、私は。
「お手洗いってどこなのかな?」
あ、そういうこと。でも、私は。
「教室出てすぐ左です」
「分かりづらいな、連れてって」
「え、はあ。分かりました」
「じゃあ、私は戻ってるね。じゃあ」
え、やーちゃんが、挨拶をした…。笑顔でその場を去る彼女は、少しばかり成長したようだった。それに受け応える羽天さんもまた大人でしたけど。
「じゃあ、行きましょうか」
「ありがとね」
でも私、男の子なんだけどなあ。




