くくりフルコース 君はこの島のアセビの花
「…おい、まじかよ」
「これは、うっ。すみません。少し、吐いてきます」
遅れて入ってきた二人は、その惨状に震え、吐き気を催してしまった。
薄らうっすら聞こえてくる掠れたうめき声に、鳥肌は幾度となく反応し、そのたび心を臆病にし、恐怖に押しつぶれそうになった。
しかし、ここで一歩下がれば、二度と対峙が出来なくなる。退治なんて夢のまた夢だ。
「なんなんだ、お前は」
「お前とは随分なご挨拶ですわね。薮坂君」
「どうして、人を食べるんだ」
「どうして、と言われましても…。あ、少し語弊があるようですわ。私を男性まで食べるような、蛮族と同じにしないでもらえますか?私は、もっと耽美で可愛らしいものですから」
「…どういうことだよ」
「…強いてあげるのならば、そうですね…馴れ合いの延長という感じですか?私にとっては、ワインのつまみですわ」
そう言うと、彼女はグラス一杯のワインをゴクンッと飲み、ため息を吐く。そのため息こそが、全身からにじみ出る扇情的な雰囲気を強くさせる。
まるで、少しでも気を抜けば、彼女の術中に嵌まりそうで、手の中で踊らされているようで、また恐怖を感じた。ここまで来ると、恐怖より、畏怖の方が近いかもしれない。
怖がるというよりも、畏れ多いの方が感覚的には近い。
それほどまでに、彼女は凄惨で、妖艶である。
「この子たちは、自らおつまみになろうと、近づいてきたわ。正確に言うなら、私がそうさせたともいうべきだけれど、正確を期するなら。だったら、私は食べるしかないでしょう。というか、食べないわけにはいきませんわ。こんなにおいしそうで、実際美味であるものを、その辺に捨ててしまうなんて、愚かですわ」
綺麗に並べられた死体の上に指を滑らせ、よだれが垂れそうなのを手で押さえながら、彼女は言った。
「それにしても、やっぱり筋肉と骨は食べにくいですね」
「あ、そうだ。前回は聞けなかったんだけど、どうやって食ってんの?その、食べ方を聞きたいんだけども」
突然、場違いにも取れる質問を投げかけたのは、頂点に怯える俺でもなく、ましてや体調不良の神那ちゃんでもなく、正真正銘島長の白金茉釣だった。
「だって、傷一つないじゃん?それで、どうやって食ってんのかなあって?」
「ああ、それでしたら。ほら、ここに」
指差したところにあったのは、死体の首筋に一本入った傷だった。
「最後に、こうしてなめると」
実践を交えながら、彼女は食べ方を詳細に伝えた。
「ほほう、なるほど」
「いやいや、グロテスクだよ…」
「何をおっしゃっているのですか。薮坂君だって、ほぼ毎日やっているではないですか。それを、グロテスクとかデスマスクとか言わないで頂きたいですわ」
「そうだよ、彼女は普通に食事をしているだけではないか。私たちが止められる物じゃない。それと、菊梨さんデスマスクは言ってないよ?」
「何を言っているんですか?茉釣さん、おおらかな性格であることは重々承知ですが、これはいくら何でもその範疇を超えています!!」
「ああ、そうか。それは失礼した。君がまさか、ベジタリアンだったとは」
「べ、ベジタリアン?どういうことですか?」
「たいていの食事には、動物は欠かせない。牛、鳥、豚。それから、魚とかね。それを頂くということと、彼女が人間を食べるということは、同じなんだよ」
「え?」
この時まで、本当の意味での頂点という単語を理解していなかった。
「今まで頂点とされていた人間をも喰らう、それが彼女ということだ」
「それを、あなたは、今まで、納得していたということですか」
呆れというか、諦めを茉釣さんの声から聞き取った俺には、到底納得しがたいのだが、そこは俺が間違っているのだろうか?
「いやいや、納得はしていない。しかし、要望をするときには、ある程度相手を認めなければならない。馬鹿にされながら、下に見られながら要望されて快諾してもらえることの方が少ないからね」
「…」
「それに、これは私が任された任務でもあるんだ」
「任務?」
「この島に来て、何かしらの違和感を感じなかったかい?」
「その答えが、まさに私を頂点たらしめている所以でありますわ」
「違和感?…違和感。ああ、女性が多いとかですか?でも、そんな事は確率的に起きてもおかしくはないと思いますが…」
「ああ、6:4くらいなら私たちだって困っていない。むしろそんな状況で菊梨が動き出したら、私たちは是が非でも菊梨を殺さなきゃならない。それこそ、超大作みたいな戦いをしなければならない。でも、9:1だったらどうだろうか」
「9:1?」
「私がこちらに来たときは、前島長が一人だけでしたから」
「つまり、女性を生贄にして、バランスを取ろうということですか?」
「まあ、そうなるな」
「でも、そんなのってあんまりですよ」
「確かに、今回は量が多かった気がする」
睨む茉釣さん。片手で謝る菊梨さん。
「だって、今年は美味しそうでしたもの」
「限度ってものがあるだろ」
バレたらどうすんだと一喝する茉釣さん。
「じゃあ、これを黙認しなきゃいけないんですか?幼い少女が、生贄になるのを、黙って見なければならないなんて」
「…それがさだめだって言っても聞かないだろうし…なんて言ったらいいのかな」
「普通に、結婚して、子供を産んでもらうということじゃ、ダメなんですか?」
二人は、納得いっていないようで、俺だけがおかしいみたいな空気に戸惑いが止まらない。
え、俺間違っているの?




