くくりフルコース 逢魔が時に咲く黄泉の花
「…その情報は本当なのか。…うん。ああ。分かった」
羽天の家から帰ってきた矢先、茉釣さんは重苦しい表情を浮かべながら電話を受けていた。
「神那ちゃん。どうしたの?」
「いえ、私にはさっぱり。さっきから茉釣さんが電話を受けていますが、その内容までは推し量ることはできません」
「そうか…」
「はあ」
茉釣さんの吐いた深いため息が、事の重大さを物語っていた。
「あ、あの…何があったんですか?」
「もしかして、まさか、あの最悪の事態が起きそうなのですか?」
「…残念だけど、もう始まってしまったよ」
その低い声に、背筋が凍った。決して外の空気というわけではない。
「山菱菊梨が、動き出したんだ」
事の詳細を詳らかに話すと夜を徹しそうなので、さわりだけを簡潔に言うと、少女の神隠しが立て続けに起こっているのだという。
しかも、その人数は12人。
なぜ今まで気づかなかったのか、怠慢なのではないかと言われてしまうかもしれないが、これだけは先に言っておく。
立て続けに起きたと言ったが、この一連の事件は、今日一日で起きたことなのだ。一日で12人いなくなるというのは、もう怠慢とか怠惰で済まされない、どれだけ厳しい規制をしても防ぎようがない事案である。
「でも、どうして山菱菊梨って分かったんですか?確かに、今までの神隠し事件は、記録の通り食物連鎖の頂点の仕業でしょうけど、でも集団で誘拐するのは、別に人間でもあり得ますよね?」
「確かに、プラチナ・リーフ時代に集団誘拐したことあるけど…なかなかそんなのできる人なんていないよ?」
「さらっとさらった過去を明かさないでください」
「足助さん落ち着いてください。明確なら理由なら、あります。山菱菊梨さんと確定する条件として、大体二つ。
一つは、集団で山登りをする人たちがいたということ。
そして、二つ目は、それが全員少女であること。
そうですよね、茉釣さん」
「ご名答。さすが、神那だね。被害者全員少女で、全員で山登りをしたという証言も得ている。さっきの電話は、まさしくそれなんだよね」
「どうして、見ていた人は止めなかったのでしょうか?立ち入り禁止のはずですよね」
「そうそう、それが言いたかったんですよ」
せーふ。ぎりぎり乗っかれた。この前みたいに取り残されそうになったわ。
「一応止めたらしいんだけど、彼女たちはかの美しい黄泉の花を取りに行くと言ってきかなかったそうで、その視線や表情を見るとあまりにもおかしくて、恐怖を感じたため、電話をしたそうなんだ」
「ああ、そういうことですか」
「…で、どうすればいいんですか?」
「どうするも何も…とりあえず聞きに行くしかないよな…」
「そうですよね…現場を押さえるしかないですね」
「じゃあ、久々に私も行こうかな」
「これ以上被害を増やさないためにも、やはり退治は必要なのでしょうか」
「…そもそも、なんで退治しないんですか?こんな危険な生物」
「まず第一に、マウント張られている時点で、本気で戦おうとしてもほぼ無理だから。あっちに行くということは、ゲームで言うところの装備全外しってところね」
「装備全外し?」
「あそこでは、個人情報がすべて山菱に漏れています。自分の弱点も武器も、全て見抜かれているということです。別段力が強いとか素早さが高いとか、強力な武器があるわけではないですが、彼女は攻撃を受けないという最強の守備力を持っているので、退治は不可能です」
「なるほど…」
「あと、付け足すとするなら、考えていることも全部バレちゃうからね」
「バレるというか、予測されてしまいます」
「なるほど…」
どうしよう、もうなるほどとしか言えねえ。
「じゃあ、行きますか」
「行きましょう」
言われるがままに、付いていく。
それにしても、雰囲気しか感じられないというのが、より一層不気味さを際立たせる。
目に見えないものに怯えるというのは、大人になったにもかかわらず、少し恥ずかしいのではあるが、でもこれと対峙するときにワクワクしながらいける人なんているのだろうか。
恐ろしい性癖の持ち主だろう。俗っぽい言い方をするなら、Mの極みだ。トップランカーだよ。
「性癖ってそういう意味ではありません」
「性癖をそういう意味で使ってはいないよ?」
「薮坂が考えることってほとんどそういう意味のことしかないからな、疑われて当然だ」
「ひどすぎませんか…」
「まあ、本当のことを言ってしまえば、あいつは相当な性癖の持ち主だよ」
「茉釣さんも同じ用途で使っているじゃないですか!!」
「食べてしまいたいくらい好きだという言葉がありますが、彼女はそれを人間時代から思い詰めて詰め込んで、積もらせて溶かしてほどいて結んで紡いで。それが神怪になって花開いたような感じですね。それほどまでに、彼女は少女を寵愛し溺愛しているのです」
「へえ。困ったやつもいるものだ」
「その前は、相当なショタコンであることも、葉長さんから聞きました」
「ショタコン?ああ、あの小さい男の子好きってやつ?」
「そうです。なので、相当な変態ではないと頂点は務まらないのかもしれませんね」
「人それぞれ、愛するものが同じなわけがないということだ」
「…愛するものが違う」
「まあ、当たり前なんだけどね」
「皆さん、着きました」
「ふう。よし、薮坂行ってこい!」
「わ、分かりました!」
文字通り背中を押されながら頂点の待つ場所へ足へ踏み込んだ。
ここには小屋のようなものはなく、建物がないため、どう表したらいい物か定かではないが、とりあえず野原であることにしよう。
しかしながら、そんな牧歌的な野原などという言葉では表せない、否表してはいけないような、惨憺たる状況が目の前にあった。
仕方がなかったとはいえ、この少女たちを救えなかったことに対する忸怩たる思いが、体中を駆け巡った。
「あらあら、坊や。淑女の食事を覗き見だなんて、面白い趣味をしていますわねぇ」
食べてしまおうかしら。
凄惨な状況と声色に、俺は慄き、戦慄き、たじろぐことしかできなかった。




