すずかぜミスチーフ 転
「全員に…罹らない?」
「このような小さな島では、家も凝縮されるので、天使側もやりやすいのでしょう。つまり、大熊座の星の位置と全く同じように感染者が出ます。」
「そうなのか。でも、そんなことってできるものなのか?例え神怪でもある特定の、それこそ少女を病気にさせるなんてそんなことするのか?だったらみんなにかけた方が悪戯のし甲斐があるんじゃないのか?」
「さっきの言い方が悪かったのかな?それとも、薮坂の頭が悪いのかな?」
「前者であることを祈ります!」
さすがに面と向かって頭が悪いなんて言われると堪えるものがあるが、確かに神怪については知識があまりないので、ここは彼女たちにおんぶにだっこだ。
「別に、花粉に乗るからと言って、すべて花粉に乗ってくるわけではないです。それに、死滅しているのは、花粉に特殊な加工をさせてもらってるからです。」
「じゃあ、どうするか。薮坂、お前ならどうする?もしも、目的地が遠いところにあるものの、車や自転車が使えないって時。」
「それはまあ、総回診の時みたいに歩いていきますかね。」
「そういうことだよ、ご名答。」
どういうことなの?全然分からないんだよ、こちらとしては。
「つまり、直接来てしまえばいいのです。移動手段がないのなら、直接出向くのが、一般常識でしょう。そのことを立証する証拠もあります。一軒一軒訪問するというのは、さすがに愚策とは思うのですか、やっぱり天才が考えることはよく分かりません。」
「まあ、天の神ならあり得るんじゃない?」
この二人の会話についていけない。後でプリントにして俺にくれないかな?
「つまりだ、薮坂。君はさっきから少しずつ隠そうとしているが、今回の事件の犯人は、涼風羽天だ。間違いない。彼女が天から見上げ、星の位置と全く同じ家の少女を狙った。一度、昔にも同じことがあったが、それは両親つまりは一颯さんと薫さんの二人が成し遂げたある種芸術だった。しかし、今回は彼女一人でやり遂げた。緻密で繊細で精密で精巧な芸術を。さすが大天才だよ。」
地図を広げ、場所を案内される。最後のターゲットとなるべき人物の家。その地図を見て、ようやく自分の愚かさが、そして天使の計画がはっきりとした。
それは、一見するとド派手にやらかしたとしか思えない災いが、よくよく見ると綿密に練られており、一つでも欠ければ芸術性の失うものであった。そしてそれは、彼女がやったという決定的な、揺るがない証拠になった。
彼女以外、この計画を一人で成功できるやつはいない。
「まあ、これがバナト症候群と呼ばれる最後の理由だよ。」
その理由とはつまり。
デリケートさを秘めた派手さ。
星を知り尽くし、風を操る者のみが行えるこの所業。
星を示し。風を操り。風邪を流行らす。
「でも、なんでこの時期に?別に今じゃなくても、例えばインフルエンザの時期とか、熱中症の時期とかそう言うところでごまかせばだれにもバレずに遂行できるんじゃないか?」
その質問はあまりにも愚問であったことは、自分でもわかった。
「だったら、どうしてバナト症候群なんて芸術を?別にバレてもいいんだよ。むしろバラしたかったんじゃないかな。彼女そういうところあるんじゃない?」
「そんなことは…」
むしろ、都市伝説に関してはうんざりといった感じだった。だから、認められなかった。彼女が証拠を残すような、伝承になりそうなことをするはずがない。
「都市伝説は、全てが全ていい意味で受け継がれるわけではありませんから。大半は恐れられて、畏れ多くて、怖がられて、恨まれて、嫉まれて、妬まれて、生まれるものが多いですから。そういうのはもううんざりということでしょう。つまり彼女は。」
褒められたいのです。
気持ちが分かるといえば嘘になるわけではないのだが、だからと言ってこれを肯定するわけにもいかなかった。現に被害者が出ているのだ。それをよくやったなんて口が裂けても言えない。
「だから、重症まで至らせなかったのかもしれないな。まだまだ、彼女も子供だということだ。
「つまり、彼女は気付いてほしかった。そして、凄いと言われたかった。褒められたかった。認められたかった。きれいにできたなと。そして、人ひとり殺さなかったことも、偉いと頭を撫でてほしかったのだろう。それは、きっと誰でもいいわけじゃない。自分を愛してほしい人に言ってほしかったんだろう。確かにそれは、優しすぎて気持ち悪い。さすがに人間界ではそんなこと言える奴なんかいない。だからこそ、取返しが付くようにしておいたのかもしれんな。もし、怒られたとしても、自分で取り返せるから。いくら天才でも、まだ子供だということだよ。まあ、幼少期に両親を殺されたんじゃあ、復讐の意味も込められているんだろうね。」
結局のところ、風邪に対する処方箋はないそうだ。あるのは、根源を叩くこと。正確には、根源を慰めること。それをできるのは、信頼されている人だけである。
……あれ?
「羽天って旦那さんいたっけ?」
「いないですよ。」
「彼氏は?」
「いたら報告する決まりになっています。さすがにそういうのは守ってくれているみたいですよ。」
「じゃあ、友達は?」
「あの性格ですから。正直いないと思われます。」
「で、では、家族は?ご兄弟とか?」
「本にも載っていませんし、謄本もないのでいないと思われます。」
「じゃあ、彼女の知り合いって。」
「私達だけですね。あと、島長の茉釣さんでしょうか。」
「あたしは、パスね。あの子苦手なんだよ。」
「では、私たちで行くしかありませんね。」
「そ、そうだな。」
なにせ、人生経験は少ないもので、女子の慰め方とか全く知らないので不安しかないのだが…まあ、神那ちゃんもいることだし、大丈夫…だよね?
「じゃあ、お願いしますね、足助さん。」
…ああ、やっぱりこうなるんだ。そうだよね、散々煽ってたもんね。嫌いなのかなと思っていたけど、やっぱりそうなのね。まあ、ここまで来たら俺だって男だ。やるときはやるというところをしっかり見せつけなきゃな!その目に焼き付けるがいいわ!
しかし、またこの道を歩くのかと思うと、ため息が出る。意外と長いんだよあの坂道。しかし、そんな泣き言は言っていられないのですたすたと歩いた。