くくりヴァーテックス 紅に輝く彼岸花
そう言うと、頂点さんは首にふうっと息を吹きかけました。
少しくすぐったくもありましたが、それよりも柔らかな空気が心を落ち着かせてくれます。
まるで、その人のぬくもりを与えられているような、愛を感じますわ。
「あたしはね、食事の時ほどやさしく丁寧にしたいんだ。そいつを食べるというのは、そいつの人生を食べるということだからね。声を聴き、薫りを楽しみ、肌で触れ、瞳に映して、舌で味わう。そうやって、そいつを成仏させながら食べるんだ。確か『いただきます』っていう言葉がどこかの国にあった気がするが、そんな感じだ」
気持ちは、落ち着きを通り越して、遥か彼方に追いやられていきます。否、連れていかれるの方が正しいでしょうか。体から意識が遠のき、端々の感覚が薄れ、徐々に天へ昇っているような、そんな気分になっていきました。そのおかげでもう声は出ません。
「じゃあ、頂きます」
首筋に鋭利なものをすうっと入れられるような感覚で、一度戻ってきましたが、痛みが全くなく、むしろ快感さえ覚える始末でした。その後、意識だけはそこにあって、でも感覚はないみたいな時間が続きましたわ。まるで、先ほどの吐息で、感覚神経を溶かされてしまったようですわ。
首を咥えるような形で、頂点さんは食事を始めます。
首から中を吸い取られるという感覚が、体中を走り抜けます。
血液を、内臓を、筋肉を、骨を、私は吸い取られたようです。
その間の呼吸は、全くを以て機能せず、ただただ喰らわれるという状況に、何もできませんでした。
そのままでいいとか言っていましたけれど、これでは何もできないという方が正しいですわね。
為されるがままの私は、その後の意識がすうっと消え、ついに死にました。
「…おーい、おーい!…あれ、ミスったかな?」
心配そうな声色が聞こえたところで、意識が復活しました。
あれ、死んだのでは?
「こ、こんにちは」
あ、あれ、あれれ、あれえ?声が全然違いますわ!
今までの自分でもまるわかりな、砂糖菓子のように甘ったるい声が、今では地獄から這い上がってきたような人生の重みが加わった深い声を体から響かせています。
「こ、これは?」
「お、成功したようだね」
「どういうことなのでしょうか?」
「声は、自分次第だから何とも言えないけど、たぶん今までの真逆の声が出るんじゃないかな?あたしは君の逆だったし」
元は、もっと低いんだよ?と訴えかける頂点さん。
「ちょっとちょっと、もう頂点は君なんだよ?元頂点さんでしょ」
「ああ、そうですね。ってそんなに早く理解できませんよ」
「あれ、そうかな」
「そうですよ」
「そんな感じで言われても、いまいち伝わってこないなあ。そうだ、こう言ってみて」
リピートアンダーミー、と叫ぶ元頂点さん。アンダーじゃなくてアフターです。
「私こそが、かの偉大なる食物連鎖の頂点、山菱菊梨ですわ」
「わ、私こそが、かの偉大なる食物連鎖の頂点、山菱菊梨ですわ」
「そうそう、そんな感じ。妖艶さを醸し出しながら、少し婀娜っぽい感じで深みを持たせながら言えたら、完璧だよ」
「何さらっと複雑なこと言っているのですか、というか山菱菊梨って誰ですか?」
「君の神怪の名だよ。大きく聳え立つ山に、菊菱をひっくり返して、最後に梨」
「後半乱雑じゃないですか。…ん?あれ、私本名言いましたっけ?」
「それくらいわかるさ、ほれ君にも見えていると思うよ?頭の上に」
言われてみると、確かにその人の個人情報が書かれていました。それで、色々と分かったんですね。
「じゃあ、簡単に言うけど、昔の貴婦人みたいな皮肉を持たせて言えばいいんじゃないの?」
「アドバイスも粗雑じゃないですか!」
「まあ、慣れだ。がんばって。じゃあ、君に最初のお仕事だ。あたしにとっては最後の義務だけどね」
「はて、何でしょうか」
「私を食べなさい」
まじっすか。
「うん。そりゃあ、頂点が二人いちゃダメでしょ」
「…そういうものなのですか?」
「そういうもんだよ。ほら、話し言葉変えなきゃ」
「あ、すみません。それでは、私があなたのその耽美な体を頂いて差し上げますわ」
「言語科の先生として、その言葉遣いで合ってんのか最後に聞いておきたいんだけど」
「…たぶん、間違っていると思います」
「まあ、そこは努力しなきゃだな」
「はい。じゃあ、頂きます」
「いただかれます」
こうして、私は食物連鎖の頂点となった。
美少女たちを、我が物にするべく、美麗で華麗で綺麗な女神が生まれたのであった。
自分で言っちゃった。




