くくりヴァーテックス My Sweet Carnation
「…先生、菊菱先生?」
「…へ?あ、終わりましたか」
「ええ、最近お疲れなんですか?」
「いえいえ、会議という子守歌でつい…」
「ははっ。そうですね、確かに会議ほどつまらない物もないですよね。異論はありません」
「ええ。どうやったら面白くなるか、議論するべきですわ」
「それ、面白そうですね」
こうやって冗談を言い合える相手がいるというのは、人生にとって重要なことの一つです。
勉強ができても、話し相手がいないと寂しいですからね。
ともかく、私はこの新人教師の高津先生に起こされて初めて会議の終了を確認することが出来ましたわ。正直に申し上げると、もう少し寝ていたいという気持ちも少なからずありますが、午後は仕事の為、そういうわけにもいきません。
「さて、仕事ですね」
「そうですね、僕も仕事です」
「お互い、頑張りましょう」
「はい!」
やはり若手というのは、こういった元気の良さというか威勢の良さが持ち味ですわね。
たとえ異性でも、気持ちが良いですわ。
1階にある職員室から、4階の教室まで、非常に面倒でありますし、何しろ眠いので、いつも通りの元気さは取り戻せなかったのが残念です。
若手からもらった元気も、三大欲求の一つには勝てそうにありません。
エレベーターが出来ないかなとか、エスカレーターにならないかなとか考えながらゆっくりゆっくり階段を上ります。
カツン、コツンと靴を鳴らすと、静寂に包まれている廊下に全面的に響き渡ります。
ちょっとこの音が怖くもありますが、そこを気にできるほどの元気もないですし、防ぎようがないので、響き渡らせることにしました。
それにしても、今日は体調悪い時に比べて、より一層苦しいような気がします。
息苦しくて、息詰まっていて、吐き気がして、頭痛がします。
「風邪でも引いたのかしら」
あにはからんや風邪をひいていたとは、詰めが甘いですわね。
そのまま、教室に入ります。体の内部とは裏腹に、四肢はスタスタと動きます。
それはそれで、すごく怖いのです。言わずもがなではありますが。
何か、血の気が足りないと言った方が良いのかもしれません。
「今日は、皆さんに考えて頂きたいことがあります」
今日が最後のチャンスです。思いのたけを伝えることができたその暁には、心おきなく神生を始められるというものでございますわ。
「陸奥泉希さん」
泉希さんの座席の方へ目を向け体を向け心を向けます。
「私は、陸奥泉希さんを、愛しております」
先ほどの廊下をはるかに超える、静寂が私を包みます。覚悟の上ではありましたが、ここまで静かだと、手に汗をためてしまうのもさもありなんという感じです。
…いやいや、そこまでですか?もう少し、オーバーなリアクションを取ってくださいよ。他のクラスはみんなやってくれましたよ?
「…え?」
最初に声を上げてくれたのが、お調子者ではなかったのが驚きでしたが、泉希ちゃんなら納得です。当事者に無理やり入れられてしまいましたからね。驚くのも無理はありません。
「マジかよ」
ようやく声を出してくれましたね。
「そうなの?」
一般的な反応は、そういった声も出ないような驚きでしたが、一部の孤高のソリストたちは、満面の笑みだったのが、凄く印象的ですね。きっとこの人たちは、百合好きなのでしょうね。
「私のように、同性が好きということは、珍しくありません。皆さんは、そういった人たちが同性同士で結婚することに関して、賛成ですか?反対ですか?」
よし、言い切りました。今日の仕事は終わりです。いつものような授業にしなくて本当に良かったですわ。もう鼓動が限界を超えそうです。
ああ。席に座りたい…
「じゃあ、班を作ってください」
余った机から椅子を取り出し、教壇のところまで持ってきて座ります。
意外や意外、皆発言をしてくれるものですわね。肝心の泉希さんは、さっきの反応以降口を閉ざしたままですが、これは当たり前と言って差し支えないでしょう。
グループワークで大切なのは、結論ではなく議論だとはよく言ったものですけれども、今回は大切だとか大事だとか意義とかは全く考えず、単純に投げかけで私の仕事は終わっているのです。投げやりになっていますが、そんなものなのです。
何より今日は、授業できないレベルで体調が悪いみたいですから。むしろラッキーです。
そうこうしている間に、そろそろチャイムが鳴りそうです。
「じゃあ、今日はここまで。お疲れ様です」
ようやく仕事が終了しましたわ。さて、急いで帰りましょう。
この体調の悪さ、もしかすると昨日のことと関係があるかもしれませんので。
ことは急を要します。




