くくりヴァーテックス 終を謳歌する白雛芥子
まだ寒さが残る中、自らの気分を元気よく歌い上げる小鳥は、さわやかな朝の訪れを快く私に伝えてくれましたわ。
というわけで、今日が人間最後の日ですわ。しかしながら、そういう特別な日に限って、その日の朝はいつも通り過ごすものなのですね。
二度寝をしたい気持ちを心の奥にギュッとしまい込んで、お布団を押し入れにそっと入れます。思いっきり体を伸ばし、心臓の脈拍を落ち着かせたら、台所に向かいます。
朝ごはんは、基本的に食パンで済ませるので、そこまでの手間はかかりません。
お片づけを早々に、私は学校に行く準備をします。
今まで生きてきた人生の中で、最もお洒落に気をつけたいなどと、昨日の風呂中に思ってはいましたが、いざ朝になってみると、面倒くさいという気持ちが私を丸呑みしてしまったので、考えることを放棄してしまいました。いつもの格好です。
荷物を軽くし、時計を見ればもう出発する時刻ですわ。
「あら、急がなくては」
ちょっと小走りで家を飛び出し、歩いて5分のバス停へ向かいます。
「ふう。間に合った」
呼吸を整えて、バスを待ちます。待つ間もなく、バスはやってきました。
スタスタと乗り込み、最後のこの街を瞳と心と脳に焼き付けるように、窓から景色を眺めます。
産まれてからずっとこの街で育ったため、まじまじと見たことはありませんでしたけれども、こうしてみると、やはり首都だけあって人も多く店は繁盛して賑やかなのですわね。
感慨深いですわ。
「もう、お別れですわね」
一言独り言を言い、一息つきます。水筒にあらかじめ用意していたコーヒーを一口飲み、降りるバス停を待ちます。
そこまで長い距離ではないので、目的地にはすぐに到着します。
お金を支払い、バスを降りて学校に到着です。何しろ、バス停が学校の真ん前なので通勤はらくちんですわ。
「あ、先生おはよう!」
「おはようございます」
「今日も可愛いなあ」
「本当だよねぇ」
生徒たちの言葉は本当に率直で実直なので、たまに心に刺さるようなことを言う人もいますが、おおむね嬉しいことを言ってくれるので、悪い気はしません。
「褒めても、成績上げないわよ」
「えー」
「もう、大人をからかわないの」
「でも、本当に綺麗だよー」
女生徒から言われると、心躍るものがありますわ。
「じゃあね、また授業で」
「あ、廊下は走らないの!」
「すみませんー!」
少女の笑い声ほど、心安らぐ音はありません。やはり、先生をやっていて本当に良かったですわ。
人生を終わらせ、神生をスタートさせる私にとって、快いピストル音になりますわ。
午前中は授業もないので、その他の仕事に集中します。
しかし、色々な雑務を華麗にかわした私に、仕事という仕事はありませんし、そもそも今日で辞めるような人に任せるような仕事もありません。
ということで、ティータイムならぬコーヒータイムというわけですわ。
ゆったりしながら、コーヒーの香りや酸味、苦みから甘みまでをじっくりたっぷり楽しみます。これが貴族のたしなみと言わんばかりのオーラに、教頭先生も仕事を手伝わせようとしません。
相当自由にやらせてもらっているのは、別に誰かの弱みを握っているわけでもなく、嫌われ役に徹するというヒールを気取っているわけでもございません。街が経営していない、所謂民間経営のこの学校で一番大切なのは、他でもなく成績なのです。
私が何かしたわけでもありませんが、とりあえずみんな好成績を連発してくれるので、こういった好待遇を受けさせてもらっているということなのです。私だって、融通を聞かせろと言ったわけではないですし、好き勝手したいと思ったこともあまりないのです。
「さて、本でも読みましょうか」
言語科に必要なのは、それこそその言語の文法だったり単語だったりするわけですが、だからと言って、その言葉にまつわるお話が欠けてしまうと、授業がつまらない物になってしまいますわ。
私だってそんな授業したくないですし、生徒たちも聞いていてつらいと思います。
だから私は、いろんな説話を読むことで、その住民だったり、当時の状況だったりを民衆目線で知ることをモットーに掲げています。
要は、その人になりきってってことですわ。
今回持ってきた本は、今までに読んだことのないすなわち買って置いたまま放置していた文庫本で、これがなかなか傑作だったので、つい読みふけってしまいました。
気づけば、昼の12時。
「お昼ですわね」
この学校には、とても大きなカフェテリアがあるので、いつもそこで優雅に上品に食べていますが、今日は教師皆に高級弁当が支給されました。
高級弁当が配布されたということはつまり、この昼休みをフルに活用して会議が行われるということです。
逃げ切れるわけもなく、残念ながら話だけ聞くことになりました。
こうなったら、寝るしかありません。
あくまでも聞いているように見せかけて、見せかけて見せかけて…
おやすみなさい。




