くくりヴァーテックス 形は違えど愛は庭薺
「では、私はこれで。くれぐれも食べられてしまわぬようお気を付け下され」
そう言い残して、老紳士は山を下りて行きました。そこまで思ってはいませんでしたけど、やはりここを一人で活動するとなると、どうしても寂しさがこみ上げてきます。
「あの、おじいさん」
振り返ると、まだ老紳士は下りきっておらず、驚きの表情を隠さぬまま、こちらを見ます。
「何か、まだございますでしょうか?」
「いえ、一つ聞きたいことがありまして」
「はて、何のことでしょう」
「あの、退治はしないのでしょうか?」
あくまでもこれは気持ちを落ち着かせるまでの、いわゆる時間稼ぎだったのですが、いざ尋ねてみると、自分でも不思議に思いましたわ。
なぜ、被害が実害が損害が起きているにもかかわらず、対処しないのでしょう?
単純に、客観的に考えてもどういう生物でも学習能力という形で何かしらの対処はするはずです。でなければ、子孫繁栄もあったものではありませんからね。
「難しいお話ですね。私にとっては、神怪と人間が一緒になって初めてこの島の長を務めていると考えております。つまりは、差別をしてはならぬのです」
「…さすがに、食べられている以上退治までいかなくとも、何かしらの対処はした方がよろしいのでは?」
「ですから、対処はしなくてもよいのです。この島に来て、不思議に思ったことはございませんか?」
閑静な住宅街に、甲高い声の響く商店街。その一つ一つのお店に、必ずと言っていいほど、男性用お手洗いはなく、女性呉服しか売っておらず。
女性店員ばかりで、女子と女医と女性と女史と老婆であふれかえっていたのが、言われてみれば不思議であるとは思っていました。
しかし、最初に出会ったのは、この老紳士だったので、たまたま男の人が少ないだけかと思っていました。
「ええ、確かに女性が多いと思いました」
「はい。今では、男性は私だけになりました」
「え、そうなのですか?」
「昔は、そうではなかったのです。私が子供のころくらいまでさかのぼると、女性より男性の方がはるかに多かったです。多すぎたくらいに多かったため、産んだ子供が男だと捨てられてしまうこともあったのです」
「それは、何とも下劣でありますね」
「はたから見れば、そうでしょうね。確かに悲惨ではございました。捨てられた赤子は、自然と山を登り始めます。何かに引っ張られるかのように引き寄せられるかのように。」
「もしかして、黄泉の花でしょうか」
「きっとそうでしょう。香りなのか見た目なのか、そのあたりは定かではございませんが、そうやって子供たちは集められるんです」
「そこで噂が立つ…ということでしょうか」
「さすが、お嬢さん。ご名答でございます。人々は、乳飲み子が山に登ると、神様がその子らを喰らってしまう。そうやって産声を上げたのが、食物連鎖の頂点というわけでございます」
「だから、」
男の子はいなくなり、女性ばかりがこの島にいたというのは、そういうことなのですね。
「もうよろしいですか?」
「ええ、ありがとうございます」
「ここは、皆の行きつく島でございます。では、頑張ってください」
何を頑張れと言われたのか、言葉ではわかりませんでしたが、そこは第六感が働いたのか、妙に納得できました。
小さな男の子好きの人の引き継ぎは、やはり小さな女の子好きの私が適任でございましょうよ。
「さあ、行きましょうか」
どうやって子供が生まれているのかは今は考えず、とりあえず今日の目的を果たすべく、私は山の木々を掻き分けて、ついに彼女の本当の姿を見ることに成功しましたわ。
「…あなたが、」
「あれ、来客?おいおい、ショタじゃねえのかよ。女は要らねえ、さあ帰った帰った」
いくらアポなしという社会のマナーを破ったとはいえ、私がそこまで言われるほどに悪行を行ったとは思えません。正直、ムカつきましたわ。
「帰った帰ったとは、ご挨拶ではございませんか。私は、あなたの仕事の引き継ぎに参りましたのよ?」
「引き継ぎ?んなの頼んでねえけど?」
「最近は、仕事も大変なのではありませんか?何しろ、男性陣はことごとくいなくなっているわけですし」
「まあ、確かになあ。爺さんしかおらんしなあ」
「でしたら、ここは制覇したわけでございますし、もうあなたの仕事は終えたのですよ」
「確かにそうとも言えるが、違うともいえる」
不思議なことを言い出しましたわ。
「そうでしょうか?」
「そうだとも。あたしたちの仕事は、子供の数をコントロールすること。自分の好みだけで食事をしていたあたしは、今度は満遍なく偏食なく食べなければならねえ。」
「ですから、私がそれを」
「え、やってくれるの?」
「へ?」
いきなりの手のひら返しに、思わず変な声を出してしまいましたわ。
「なんだ、それなら助かる。てっきり、ショタ食いのライバルかと思ったから。なんだそうなんだ、でもロリを食うなんてもの好きもいたもんだな」
「物好きとは失礼な」
幼い女の子は、純粋で前向きで活発で可愛いものですよ。
食べてしまいたいくらいに。
「いやいや、ごめんごめん」
「でも、どうやって子供を産むのでしょうか?だって、もうここには男性はいませんよ」
「ああ、それなら大丈夫。そこはじいさんがうまくやってくれるよ」
「そうなんですか、ならいいんですけど」
「じゃあ、後を頼む…と言いたいところだけど、そのためには君が死ななければならない」
「え、死ぬのですか?」
「うん、聞いてないの?」
「ええ、そこまでは」
「そっか、色々時間がかかるんだけど、どうする?」
「一応、人間界の仕事が残っているのですが…」
本当は、そういうものもすべてひっくるめて捨てるつもりではいたのですが、死ぬという衝撃的な言葉に、尻込みしてしまったのもまた事実でございますわ。
「じゃあ、色々片付けてから、また来なよ」
「ありがとうございます」
戻って最後の授業をするために、あれこれ準備するために図書館に行ったことを思い出し、手を振ってその場を後にしましたわ。
「いかがでしたか?」
「ええ、とても面白いところでしたわ」
「そうですか、なら良かったです」
「私、後釜になれますかね?」
「きっとなれますよ」
そう言うと、船は静かに動き出したわ。
「さて、最後の授業は何にしましょうか」
私が死ぬ。私が、いなくなる。
そんな時の最後の授業は、人生の答え合わせがしたいものですわ。
人生の終りに、人生の振り返り。
私の人生最大の疑問は、何でしょうか?
やっぱり女の人が、女の子が好きということでしょうか。
可愛らしいものが大好きなら、基本的に女子は女の子好きになりそうなものですが、なかなかそうもいかないようで、ここまで大人になると、差別や軽蔑をされてしまうのですわ。
まったく、遺憾の極みでございます。ぷんぷんですわ。
じゃあ、最後の授業は初めてやる、そしてみんながやっているあれをしますか。
アクティブラーニング。テーマは、『同性結婚について』。




