くくりヴァーテックス 恋焦がれる情熱の薔薇
この図鑑を開いた際にもふと思ったのですが、こんな島ってありましたか?
確かに、この国は島が多くあり、私の勉強不足で覚えていないこともあると思うので、一概にはないとは言い切れませんけれども、それでも少し疑問に思いました。
事実関係が怪しくて、存在自体が妖しい。なんて、定型句というか常套句みたいな冗談を言うつもりはありませんでしたが、それくらいに不思議なものでした。
「それにしても、細かく描かれていますわね」
心なしか、彼女に似ていたと思ったのでしょうか、気に留まってしまうとそれが頭から離れません。
「ええと、どれどれ」
イラストの隣に書いてる説明というか伝説じみた言い伝えに目を通します。
「人間をも食料とする妖怪。黄泉の花を咲かせて人間、主に子供を呼び寄せ、それをつまみに動物の血で作られたワインを」
ちょっと待ってくださる。そんなにグロテスクなんですか…
吐き気がしてきましたが、この心臓の動きは、そういった恐怖や畏怖は勿論、それよりも興奮というか、好奇心の高鳴りであることが、驚きではありますが分かりました。
恐る恐る、先ほどのページを開きます。
「動物の血で作られたワインを嗜む。これを退治できたものは誰一人としておらず、むしろ関われたものさえいない。この著述でさえ、人づての伝聞に過ぎず、実際に遭遇したものはいないという」
なんだか、興味深いですわね。今まで持ったことのない興味が、沸々と湧き上がってきます。人間をも食料にするということは、つまりはすべてを食材としてとれるものということ。
つまり、食物連鎖の頂点。
他に能力がないとはいえ、それだけあればもうこの世の中を支配できますわ。
意のままに思いのままに恣に、この世界を牛耳ることができますね。
その凄惨で耽美な響きだけで、ぞくぞくしますわ。
今すぐにでも会いたい。遭ってお話だけでも聞きたい。
その思いは、私を思わぬ方向へと動かしました。
最初の目的をすでに忘れてしまった私は、この図鑑を手に受付へ向かい、貸し出しを懇願しました。
残念ながら、貸し出し不可だったのですが、優しい司書さんは、コピーならしてもいいよと、印刷の許可を出してくださいました。この世の中にも優しい人がいるのですね。
急いでコピー機へと足を運び、印刷を済ませ、司書さんに感謝の意を伝えて図書館を出ます。外は、もう桜が咲きそうなほど暖かく、うっすら積もっていたはずの雪はもうすでに解けていなくなってしまいました。飛ぶ鳥跡を濁さず。まあ、鳥ではなくて雪ですが。
ここから港まではそんなに遠くなく、徒歩の私にとっては朗報でした。もしもはずれの方にある図書館に行っていたら翌日もしくはもっと先延ばしにしていたでしょう。
しかし、考えてみれば、あれだけ大きな図書館だからこそ置いてあった本だったかもしれません。何しろ、通い詰めている私でさえ、この本と巡り会ったのは初めてでしたから。
本都は、国内最大の巨大都市で、この島だけで100万人ほど住んでおり、ここの住人はともかく、他の田舎島では、「本都の出会いは一期一会」とまで言われているようです。
今回は、これに引っ掛けて「本との出会いは一期一会」とでも言っておきましょうか。
本当の出会いというのは、一期一会なことはありませんけどね。
港に向かう道中、誰にも出会わなかったのが不思議でしたが、今はそのようなことを気にしていられません。私の心の中は、もう頂点でいっぱいです。
凄惨で、苛烈で、加虐な未知の生物、神怪に心奪われてしまいましたわ。考えれば考えるほど、知能指数が下がっていくのが、自分でもわかります。脳が蕩けて溶けて解けてしまい、紡ぐ時間も、絆す猶予も、結ぶ余裕さえ与えません。
無意識に作られた自意識を以て、船に乗り込みます。勿論、お金は支払いますが。
なにせ、最近はお金持ちだろうが何だろうが、顔パスというのが通じませんからね。
これもまた偶然なのか、はたまた必然なのか、乗組員以外のお客はおらず、私は独りであの島へ行くことになりました。
はあ、どんな人なのでしょうか。楽しみで今からすでによだれが止まりませんわ。
海は、地上の天気とは打って変わり、雲が黒々と染まっており、今にも雨やそれ以上の雷が落ちてきそうで少し不安でした。
まるで、彼女に会うことを天から禁じられているような気がして、その背徳感からより一層遭いたいという気持ちが高まってきました。
ドキドキワクワクハラハラのアドベンチャーですわ。
「お嬢さん、着きましたよ」
「ありがとうございます、おじさん」
一言礼を言って、町に一歩足を踏み入れます。
はっはは。ついに、着きましたわ。
私の一目ぼれしたお相手に、会いに来ましてよ。




