やぶさかスクール 最後の授業
教室の隅で、何やら重大そうな話があるらしい授業を待っていると、先生はいつも通りでは全くない重苦しい空気を全身にまとわせ、ゆっくりと歩いてきた。その一歩一歩が不安を一層募らせる。履いている靴のカツンコツンという音が、静寂に包まれた教室に響き渡る。
不謹慎にも、誰か身内が亡くなったのかと尋ねたくなるほどの形相で、今にも泣きだしてしまいそうな、壊れかけの表情をしていた。
その表情から、いつもの先生を想像することはできないし、逆もまた然りである。その背筋が凍りそうな視線は、太陽の暖かさを一瞬にして冷やし切り、次第にじわじわと冷や汗をかかせた。
皆の視線は、先生の一挙手一投足に集中し、その動向を息を飲みながら見守った。
本当に息を飲む音が聞こえたのが、少し驚きだった。
「今日は、皆に考えて頂きたいことがあります」
ゆっくりと顔を上げ、心の中を叫ぶように、声を張り上げた。
「私は、陸奥泉希さんを、愛しております」
突然の報告に、すぐさま声を出せるものはいなかった。
少しの沈黙の末、泉希が辛うじてか細い声を出した。
「…え?」
「マジかよ」
「…そうなの?」
クラスの人々は、口々に驚きの声をあげる。
「ということが、実際にはあるのです。皆さんは、同性結婚について賛成ですか、反対ですか?」
そう提案すると、彼女はうんっと頷き、次の連絡をした。
「じゃあ、席の近い人で班を作ってください」
連絡を終えると、ふうっと一息つき、いつものようなふわふわした髪の毛をふぁさっとなびかせる。
視線は確実に俺の左斜め前の泉希に向いていた。
こういう、公開告白をされた側の人ってどういう気持ちなんだろうか。されたこともしたこともないので、いまいちよく分からない。あとで、蒼葉あたりに聞いてみようかな。
「じゃ、じゃあ机動かそうか」
「そ、そうだね蒼葉ちゃん」
その後のグループワークは、案の定沈黙が多かった。他の班は、いろんな人に気を遣いながら、二人が幸せならいいんじゃないかとか、わざわざ結婚する必要はないとか、そんなことを口ずさみながら、時間は川の水のようにゆっくりと流れていく。
「あ、あのつかぬことを聞くようだけどさ、くぃず」
「ん、な、何かな?」
ダメだ、こいつは完全に動揺しきっている。
「先生のことは、どう思ってるの?」
「それは、その。なんて言ったらいいのか…」
男子目線で言ってしまえば、先生以上に良い人はそれこそ蒼葉や、ややお門違いにはなるが唯一神くらいなものだろうか。それくらいに彼女は良い人で、何ならクラスの誰しもが狙っていただろう。しかし、このまさかの展開に、誰も手を出すことができなかった。
「優しくて、何でもできて、良いなって思うよ」
結論ではなく議論を目的としたグループワークはすでに崩壊しており、もう疑問を尋問していくような、ある種取り調べになっている。
「恋愛感情はよく分からないけど、人として尊敬はできるよ」
「ちなみに、やぶっちはこの件についてどう思うかね。」
「…俺?」
「うん、君だ」
「まあ、おおかたみんなの意見と同じだな。二人が幸せならそれでいいだろうし、
それならそれで、結婚する意味はない。結婚することで満足できるのは、
お金と権利と独占欲だろうに、だから結婚する必要はないと思っている」
実際、色々社会保障だったり、税金だったりで結婚した方がやりやすいことは枚挙にいとまがないのだが、本質として結婚しようがしまいがそこはどちらでもいいと思う。
「なんか薄情だね、やぶ」
「紙がなければ人を愛したことにならないような人よりはマシだ」
「うーん。なるほど…ロマンティックだね。愛があればシステムなんて関係ないと」
「うるせえ。ほっとけ」
「ちなみに、蒼葉ちゃんは?」
「私は、完全にやぶっちに賛成だな」
「何も考えてなかったんだろ」
「バレちった」
握りこぶしを頭に乗せ、舌を出す。
そんな事をすれば、誰だってときめくに決まっている。むしろそういった安売りはやめてほしい。
「ということで、どうする?」
「…ここで判断するのは、少し失礼だろうから家に帰って考えたいかな」
「それがいいだろうね」
結局授業自体は、答えが見えないまま、誰も意見を発さないままに終わってしまった。
「何だったんだ、この時間」
「なんか、締まらないねえ」
しかしながら、その気持ちは明日の朝にはある結末と共に終わりを迎える。
まさかのラストに、誰も何もどうすることもできなかった。




