短編 きぼうコーヒーショップ。
己卯神那という私の名前は、意外にもその歴史は浅く、自分の年齢の半分もないのである。別に離婚が理由という訳ではなく、まあではなぜ名前の歴史が浅くなるのかと言われればそこまで難しい話でもないのもまた事実である。最初のフレーズに引っかけるなら、史実である。
まず始めに、離婚が理由ではないと断言する理由から話すと、両親は私が小さい頃に亡くなっている。色々と調べたところ、大人には珍しく神怪に巻き込まれているらしい。これ以上先には、調べられなかった。調べようとするも、あの裁判をかけられたことで、道が断たれてしまったのだ。全てが水の泡になってしまった。
ということで、離婚が理由ではないのだ。では、何故なのか。里親になってもらった乙亥葉長さんが、その裁判によって亡くなったためである。
なんか、ここまで聞くと私がものすごく死神のような気がしてくるが、その誤解は一日でも早く解きたい。払拭したいが、それを拭えるほどの、払えるほどの、解けるほどの、証拠はない。そんなの、悪魔の証明と呼ばれるだろう。逆に私から問いてみたい。自分は、人を何度も生かしたことがあるという人は果たしているのだろうか?もちろん、医者とかは除く。
ということで、今の里親が己卯家ということだ。といっても、20歳になるまでなので、あと1年と少しで卒業するのだけれども、まあお別れを考えても仕方ない。明るく、楽しく元気よく!
ということで、8月12日。何がということでなのかさっぱりだが、喫茶店オープンである!足助君には、後で言うとして(1ヶ月くらい?)いよいよだ!昔から好きなコーヒーを、お店で出せるというのだから、胸が踊って腕が鳴る。
しかも、立地が素晴らしい。己卯家の1階をお借りしているわけだが、交通の便がものすごく良い。バス停もすぐそばだし、港からも徒歩2分くらい。込み入ったところにあるわけでもなく、むしろ視界の開けたところに構えられたのは申し分なく、嬉しいものだ。
開店する前に、もう少しだけ私のこだわりを聞いてほしい。
今回開店するにあたって、立地の提供はしてもらったものの、それ以外のリフォームだったり、机や椅子、雑貨やカップなどは自分で用意した。いわゆる、DIYだ。とはいえ、私みたいな脆弱にして虚弱にして弱々しいやつがリフォームできるわけもなく、結局業者に頼んだのだが。
なにが、DIYだ。これでは、こだわりも何もないじゃないか!
そう思ったのでカップは手作りした。街の焼き物職人に話を聞きながら、手伝ってもらいながら、それでも自分で作ったものは愛着がわくものだ。見事な出来に、思わず自慢したくなったのだ。
この妖艶な曲線に、純白のボディ。すごく良い。古代ギリシャ人も、ローマの人々でも、フランスの貴族も、これこそ最高の芸術的なエロスだろうと言わざるを得ない。はぁ、いいわぁ。持つところは繊細さを秘め、美しきこと限りなしだ。もしかすると、このカップを見たさに喫茶店に来るかもしれないなんていうちょっとした心配をしてしまうほどに綺麗に作られている。
そんなことをしている間に、もう開店の時刻である。
コーヒーの準備はしてあるし、掃除も完璧だ。机の置き方から、雑貨のセンス、全てが私色に染まった、自分以上に私を表したお店の開店だ。よし、と気合いをいれて入り口に向かう。入口に掛けたclosedとかいてある看板を裏返して、openにするのだ。
……ちょっと待ってください?
リフォームは業者に任せ、土地は己卯夫妻によって用意された。
ああ、こんなところから既に私らしいじゃないか。いつだって育つ場所を用意され、その中で自分を出す。それが私ではないか。趣味とか好き不好きではなく、そういう生い立ちからして、私ではないか。さすが、自分の夢見た喫茶店だ。現実と夢が交差する。
さぁ、開店といきましょうか。
ドアを開けると、既にお客さんが来ていた。
名前は分からない。そりゃそうだ。でも、このかわいさは、忘れられなかった。自分のすべてを捧げても捧げきれない。奇跡のような可愛さ。それこそ、天使よりも優しく、悪魔よりいじらしい。女神のような、人を魅了して、虜にする可愛さ。
「入っても良いですか?」
「……ええ、どうぞいらっしゃいませ。」
人間ではないことはすぐにわかった。名前を聞きたくなったが、その雰囲気に圧倒され、憚れてしまった。足助君にはもう少し後にしよう。もしかすると、とんでもない事態なってしまいかねない。本能的にそう察した。
春のそよ風が似合い、夏の太陽をバックしても違和感なし。秋の紅葉が一層彼女を引き立たせ、冬の雪が可愛さを増大させる。
名前は何て言うんだろう?
素直にかわいいな。




