ともしびレカンシリエーション(After That)
俺や、茉釣さんが神那ちゃんを止めようとしている間、ヘスティアは一言もしゃべらなかった。何をしていたのかと言うと、何をしていたわけじゃなく。ただゆっくりと、膝を曲げ腰を曲げ頭を下げ、謝罪を繰り返していた。蚊の羽音のように擦れた声で、大粒の涙を流し、ごめんなさいを連呼していた。
「何でもするから、何でも耐えるから。暴力も、罵詈も、噂も全部耐えるから。許してなんて言わないし、許されたいとも思ってない。本当に申し訳なく思っていたから、悪いことをしたと思っているから。ごめんなさい、ごめんなさい。」
本当に、ごめんなさい。
彼女なりの謝罪の言葉は、役場中に響いた。
「なあ、ヘスティア。」
「…はい?」
「魔女裁判のことは何も知らないが、さてはお前、誰か庇ったんじゃないか?自ら悪を演じることで、事態を収束させたんじゃないのか。」
彼女の性格上、堪忍袋の緒が切れるなんてことはまずないと思う。特に、自分に向けられた矛に対しては。
だとすれば、誰かが責められた時だけだろう。
誰かが困っていたら、助けるのがヘスティアで。
誰かが疑われたら、自分に向けさせるのがヘスティアなのだろうと、痛感した。
だからこそ茉釣さんも、私には出来ることはないと言ったのだろう。気分の問題で、誰かがどうにかできるものじゃない。気分次第で視点が変わる問題。
なぜなら、ハナガ・イツガイは、容疑者だったのだから。
魔女裁判に掛けられる対象であったのだから。
悪者になろうがなるまいが、殺されることは決まっていた。
本都に伝わる伝説にこんなものがある。
『西島に行くものは、商人か貴人。
北島に行くものは、罪人か変人。』
「なんで…だったら、どうして、謝るんですか。」
「人間界は、そうやって仲良くなるって聞いたから。」
誤りを正して、誤解を解いて、お互いを知って、分かりあって仲が深まる。彼女は、どこからかそれを聞いたのだろう。そんなことは、綺麗ごとに過ぎないと嘲笑う人もいるかもしれないが、それを彼女は本気で信じていた。
それが綺麗事でも。
幻想の範囲でも。
妄想の範疇でも。
現実はそうはいかなくても。
彼女が本気で信じていたなら、俺もそれを信じるだけだ。
誰かが彼女を嘲笑うなら、
俺は彼女に、微笑みかける。大丈夫、俺がいる、と。
「分かりました。消滅の儀はやめます。言っておきますが、許したわけではありません。あなたのことは、いつでも敵でどこでも敵です。いつまでたっても恨むことはやめませんし、どこまでいっても怨むことは止めません。それでも、謝ってくれるなら、私はその相手とコーヒーを飲みます。」
「コーヒー?」
「知ってましたか?あんことコーヒーって合うんですよ。」
「…本当?」
「許したわけではないことは、肝に銘じておいてください。明日にでも、喫茶店に顔を出すといいんじゃないですかね。」
「よかったな、ヘスティア。」
「…う、ひぐ、あ、ありがとうございます!薮坂くん!私、ちゃんと言えた!」
「わ、ちょっと抱きつくなって!」
「まずは、その手を離しなさい。さもなくば、消滅の儀を始めます。」
「待って、怖い怖い!」
ひとまず、神那ちゃんとヘスティアに笑顔が戻って良かった。
今回の結末。
翌日、暇を持て余したところだったので喫茶店に行ってみることにした。
きっと、かわいい服に、かわいい店員。楽しそうだな。
入ってみると、そこそこ人は入っていた。これくらい客がいればそこそこ儲かっているだろう。でも、店員一人って辛いんじゃないか?バイトさんがいるのかな?
店内を見回すと、おおよそ見覚えのある顔が3つあった。
一人は、もちろん己卯神那。一人厨房でコーヒーを淹れていた。
一人は、燈火ヘスティア炎香。人間界に溶け込むのはやはり早いようだ。
そして、最後は…
この島に来る前、唯一恋をした少女。
礼儀正しくて、かわいくて、優しい少女。
もう二度と、合わないと誓った少女。
彼女の名は、恙 蒼葉。
「お!おっひさー!やぶっち!」
「どうして、ここに?」
「そりゃ、もちろん王子様に会いに来たんだよ?」
「王子様?」
「そう、私を姫だと言ってくれた王子様。」
「そんなこと言ったやつがいるのか?」
嫌な汗が噴き出してくる。もうびっしょびっしょだ。
「あれ、忘れちゃったの?忘れっぽいなあ。やぶっちじゃん!」
うーわ。そんなこと言ってたんだ。いやー恥ずかしい。あの怒涛の告白ラッシュで、そこまで言ってたのか。
「私の気持ちも聞かずに行っちゃうから、大変だったよ探すの。」
「気持ち?」
「私がもしかすると、好きかもしれないということは、想像してなかったみたいだけど、少しでもその可能性捨てない方が良かったんじゃないの?」
客観的に観られても、相手側に立つことはできないんだよ。
結局のところ、自分のことは自分しか分からないと、突きつけられてしまった。
客観的にみるというのも、一つの現実逃避で。いわば、理想である。
相手の気持ちが分かるというのは、不可能だ。
だから、俺たちは考え続けなきゃならない。
考慮して。思慮して。
思考して。思想して。
想定して。想像する。
空想の中で踠き、妄想の中で足掻く。
そうすることが、現実と対抗できる、生きることができる唯一の手段だ。
「何格好良く締めようとしてるの?だめだよ、そんなんでこの話を終わらせるなんて。」
そういうと恙は、冷や汗が噴き出している俺の顔にタオルを投げつけ、タオル越しにキ、キスをした。コンマ数秒でそんなことできんのかよ。もう経験済みなんじゃねえの?
「はい、これでおしまい。さあ、何飲む?私のお勧めはね…」
いや、あの。他の客の視線が…
「ねえ聞いてる?」
「う、うん。じゃ、じゃあ、ブルーマウンテンとあんみつ。」
「かしこまりました、やぶっち。」
人間とは思えない、さながら聖母のような微笑みを、小悪魔的な笑顔とブレンドし、最後に天使をトッピングしたような笑顔に、心躍った。
ちなみに、全部神那ちゃんに見られていた。
「鼻の下のばし過ぎです。」
帰りに蹴られたのはご愛敬。
あんことコーヒーの和洋折衷は。
神那とヘスティアの心の懸け橋となる。
以上、第二章『燈火ヘスティア炎香編』でした!
ここから少し休憩を挟んで、三章、四章と続いていけたらと思います!
今後とも、ご期待くださいな!それでは。




