すずかぜクラス 卒業式
「それでは、これより第62回卒業証書授与式を始めます」
迎えた卒業式。
保護者席に目を向けると、卒業生の親の中に、しっかりと茶畑いろはの両親がいた。ここに警察官が駆り出されているということは、街の平和は少し乱れるかもしれないが、その分だけ学校の平和が約束されたような気分になり、少しほっとした。
というのは、もちろん嘘であり、本当にほっとしたのは、ちゃんと来てくれたということだ。私の努力が報われたということより、茶畑いろはが愛されていることの方に感動し、まだ始まってもいない卒業式の傍らで一人号泣しそうになった。
本当はしないつもりではいた。校長のつまらない話や、保護者会会長の締まりのない話に耳を傾けながら、うたたねをせぬよう細心の注意を払っていた。でも、隣の教頭や生徒たちから、少しずついびきとも思われる息遣いの荒い声が聞こえて、なんか我慢していたのがバカらしくなっちゃって、寝ました。
目が覚めると、卒業生全員が卒業証書を手に持ち、真剣に人の話を聞いている光景が一面に広がっていた。中には、涙する者までいた。
そりゃ分かっている。見なくとも分かる。そこまで私は、無粋な奴じゃない。
ステージの方を向くと、泣きじゃくりながら、それでもしっかりとした立ち姿で、先輩へ旅立ちを祝う言葉を、紡ぎあげた言葉を、在校生代表が力強く伝えていた。
「…さすがに、泣きそうだ」
私も大人になった証だろうか、はたまた自分の時には体験できなかったことが今更ながらこみあげてきたのか、正解は定かではないが、この光景は涙を流す以外には何もできなかった。
今まで育てた後輩から、僕達私たちはここまで成長できたんだという報告を受ける卒業生。
今までお世話になった先輩に、感謝と安心を届けるべく、この場に集った在校生。
想いと思いのぶつかり合い。
そんな事に感動できるほど、私は人の心がよみがえったようだ。
「学生の時に、そういうのは体験するはずなんだけどなぁ」
誰にも聞こえないくらいの、届かせるつもりもない独り言をつぶやき、天を仰ぐ。
「まあ、天井なんだけど」
自分へのツッコミに、少し噴き出してしまった。
「続いて、卒業生代表による答辞。卒業生代表、茶畑いろはさん」
「はい!」
力強い声と挙手した腕は、体育館中に響き渡り、この場にいる全員に、彼女の存在と容姿と性格を知らしめた。
茶畑いろはによる、答辞。拝聴!
「いやあ、終わりましたぁ」
茶畑の答辞に文句をつけることは、きっとこの世の中の誰もできないだろう。それくらいに彼女の台詞の一つ一つが心に響き輝き煌いて伝わってきた。
この6年間で築き上げたもの。
かの5年間で気付いたこと。
最後の1年間で知り合えた人。
そのどれもが宝物で、そのすべてが彼女そのものなんだそうだ。
「お疲れ様、茶畑」
「今までありがとうございました」
「いやいや、私は何もしていないよ」
体育館の裏、人は誰もおらず、皆教室や校庭などで記念撮影や花束贈呈などで忙しくしている。部活に入れば、もう少し友達もできただろうに、このクラスはなかなかどうして部活動を好まない。
「ああいうのが、苦手なんですよ」
「そうなんだ。皆好きなのかと思ってた」
「勘違い甚だしいですよ。私は、こういう湿っぽいのは苦手なんです」
「湿っぽいんじゃなくて、〆っぽいのがってこと?」
「なんですか、それ。ふふっ、まあそれもあるかもしれません」
「そうか」
「だって、私の人生は、そしてみんなの人生はここで終わりじゃないんですよ。ゲームクリアはまだまだ先ですよ」
「まあ、確かに」
人間として死んでいる身としては何と言ったらいいか。
「だから、先生も私のこと忘れないでくださいね。私も忘れませんから」
「あれ、そんなこと言う奴だったっけ?」
「まあ、私だって言いたくなるんですよ。先生のことは、今までの誰よりも大好きですから」
「そうか、それは、嬉し、嬉しい」
「せ、先生?どうしたんですか?」
気付くと涙が零れ落ちてしまった。私としたことが、最後まで泣かないつもりだったのに。
十六夜さんから借りた拳銃型の装置をポケットから取り出す。
彼女の記憶は、消さなければならない。
薄れていくわけじゃなく、きれいさっぱり抹消しなければならない。
これが、十六夜さんが言っていた、辛さなんだろうか。
苦しい、泣きたい、喚きたい、辛い。
でも、やらなければならないことだ。
「さあ、お前も今日で卒業だ。このしがらみからも、卒業だ」
「…しがらみ?何のことですか?」
「お前は、絶対に成功する。この一年の記憶なんかなくとも、幸せになれる。君のお母様や、お父様のように」
「…先生、いきなりどうしたんですか?」
「…ああ、残念だ。まったく」
取り出す拳銃を、茶畑のこめかみへと突き立てる。
「…先生?なんで、嫌です、死にたくないです!」
「大丈夫、死なないよ。これは、記憶が消えるだけで人の命は奪わないんだ」
「え、え?」
「痛くもかゆくもない。むしろ、気持ちいいくらいだ。まったく、こんなもの見せつけたらそりゃ怖がるっての」
「じゃ、じゃあ記憶がなくなるって言うのは」
「つまりはこういうことなんだ。ちゃんと言わなくてごめんな」
「…そうなんですね」
「許せ。痛いのは、私の心だけだ」
息を止め、辛い気持ちを押し込み、寂しさを押し殺し、冷静に撃つ。
きれいさっぱり、茶畑の記憶はなくなった。
「…じゃあな、茶畑」
「担任の佐藤先生、今までありがとうございました」
記憶の変更も、順調に行われたようだ。
「はーあ、一人いなくなっちゃったな」
駆けだした彼女の先には、羽黒結が待っていた。
「お待たせしました。これで、大丈夫なはずです」
「…ええと、羽黒後輩だっけ?これ、携帯だよね?」
「はい。私達の、携帯です」
「こんな高価なもの、いいの?」
「もちろんです」
「ありがとう、大切にするね」
「先輩」
「ん?」
「今まで、ありがとうございました。あなたのことが、大好きです」
「ありがと」
元気よく門を飛び出す彼女には、過去の後悔はなかったように見えた。
それよりも、未来への期待が増しているようにも思えた。
彼女だけの未来が、見えているように思えた。
「先生」
「どした、羽黒」
「このクラスって、残酷ですね」
「まあ、確かにな」
「どうにか、なりませんか」
「私の力じゃどうすることもできないな。上に行ってもらわないと」
「これ以上の、上って、あるんですか」
「勉強のトップじゃない。政治のトップだよ」
「難しそうです」
「私たちも、結局できなかったからね」
「そう…だったんですか」
「じゃあ、一つだけ。羽黒結」
「何ですか」
「一度なったものから、変わったとき、再びもとに戻ることは、容易いことである」
「…どういうことですか」
「友人関係が、今日終わってしまったなら、また作れば良いってことよ」
「でも、そんなのどうやって」
「そういや、茶畑ってこの先どうすんだろうな」
「え?」
「大学受験していたか、あいつ」
「いや、してなかったと思う」
「じゃあ、就職活動は?」
「全然」
「じゃあ、彼女どうすんの?」
「…じゃあ、って。まさか」
「そのまさか」
「つまりは」
「またなればいいさ、友達に」
茶畑いろはは、来年の大学受験までの一年間、教師補佐として、この学校で働くことになっているのだ。




