すずかぜクラス 3月のあれこれpart-last
「え、ああ。先生は、いろはの成績のこと知っていますよね?」
「はい」
「いろはは、小さい頃は何もできなかったんです。というか、何も興味を持たなかったんです。いつだって、ぼうっとしていて、寝ているのか起きているのか分からなかったくらいに」
「そうだったんですか」
「でも、そんな子にも興味がわくものがあった。それが、勉強だった」
「…そんな事って」
「思いますよね。僕もそう思ったんです。でも、彼女は真っ直ぐだった。あおいちゃんの昔話をしっかり聞いて、純粋に勉強し始めた」
「…おう」
「ぐんぐん成長するいろはは、ついに小学生テスト6連覇を達成した」
「す、すごい」
「そのあたりからかな。あおいちゃんが、怖がり始めちゃったのは」
「まあ、そこまで行くと確かに」
「いえ、私は怖がってなんか。ただ、女の子はそこまで勉強しなくてもいいと言っているんです」
「…今の時代、その発言はぎりぎりですな」
「だから、いろはもいろはなりに、お母さんに許しを乞おうとしていた」
「それで、シルバーコレクターに」
「シルバーコレクター?」
「ああ、お父様。こちらの話です」
「まあ、とにかく。それで、いろはとあおいちゃんは、喧嘩中ってわけです」
「…そうなんですか」
「私は、別に。女の子なら、勉強せずとも幸せになれるという話をしているだけ。それを、あの子が勝手に判断しているだけです」
「では、どうしてあなたは、勉強してまで警察官になったのですか?」
「それは、合理的だからです。結婚しなくとも、お金が入るから」
意外や意外、この人結構単純だぞ。現金な人だぞ。
「では、今のあなたは幸せでしょうか?」
「ええと、それは」
「無事警察官になり、偶然にも旦那さんに出会い、二人のお子さんに恵まれ、そしてあなたは今、幸せですか?」
「どうなの、幸せ?」
「…幸せです」
「なら、そんなあなたに、憧れたんじゃないんですか」
少しきついことを言ってしまったようにも思ったが、奇跡的にもお母さまの心に響いたらしく、大粒の涙をこぼした。
「お母様って真面目な方なんですね」
お父様に耳打ちをする。
「そうでしょ、そういうところが好きなんだ」
お父様も耳打ちをする。
「何もお気づきになっていないようですね、お父様は」
「え?」
「お言葉ですけど、多分お父様が甘すぎるんだと思いますよ?」
「甘い?」
「何でもかんでも与えたりしていませんか?」
「え、ええと、それは…」
明後日の方向を見始めた。あーあ、完全にやっちゃってるわ。
「だからこそ、お母様は厳しくなったんだと思いますよ。お勉強しないとだめだって。お父様が甘々なアメなら、お母様はゴリゴリのムチということでしょうね」
「……そうなのか?」
お母様に、今聞く?
「ええ、そうね。そう思っていたわ。でも、まさかこんなに忠実に成長していくとは、少し怖くなってしまったのも、事実だわ」
「そうだったの…言ってくれれば」
「言っても聞かないでしょ、お父様は」
「…返す言葉もございません」
「お子さんは、本当は褒めてほしいんですよ。祝ってほしいと思います。そして、辛かったら励ましてほしいんです。きっと、外には出ない難しい子だとは思います。なにせ、他のことに興味がない子でいらしたのでしょう?なら、なおさら、表に出すのは苦手なのかもしれません」
私にも、そんなような時期があった。
私には、こんなような両親はいなかった。
茶畑いろはには、幸せであってほしい。
私の見えなかった未来を、見てほしい。
「だから、娘さんを大切に、注意深く、見守ってあげてくださいね」
「…分かったよ、先生」
「さしあたっては、卒業式に出席してください」
「……分かりました。ちゃんと、休みを取ります」
「そうですか!なら、良かったです!」
どうやら、うまく行ったようだ。
軽い挨拶をして茶畑家を出ると、これ以上ないほど清々しい気分でいた。
いろはは、喜んでくれるだろうか。
そんなことも考えず、歩き出した。
私らしい、歩き方で。




