すずかぜクラス 3月のあれこれ・part4
「行こうよ、あおいちゃん」
「どうして、行かなければならないのでしょうか」
「まあまあそう言わずにさ、あおいちゃん」
「パパの仕事はどうするんですか?」
「それは…いや、でも」
「でもじゃあない」
「すみません」
威風堂々歩き、たどり着いた決戦の地では、私が来る直前からもうすでに戦いが始まっていた。なぜそれが分かったかというと、戦の合図であろう怒号が、号砲が家を超えて前の道にまで響いていたのだ。
戦ぐ風が突風に変わり、戦く。
「…入り辛い」
「先生、先生」
どこからか、声が聞こえる。声の主は1年も一緒にいればさすがに分かったが、その居場所は特定できずにいた。
「こっちですよ」
肩を叩かれ、ようやく気付く。
「後ろかよ」
「そりゃそうですよ」
「何でよ」
「散歩していたんですから」
「…もしかして、これのこと?」
「まあ、そうですね。お父さんに追い出されちゃいました」
「なるほど…」
どうやら、問題視しなければならないのはお父様より、お母様のようだ。
「さあ、そろそろいいでしょう。入りましょっ、先生」
「え、うん」
勿論、知らない家を訪問するということに緊張しているのだが、それ以上に喧嘩中の家を訪問する方に、恐怖を隠せない。
「今大丈夫なの?」
「まあ、大丈夫でしょう」
「…そんな軽く?」
「行きますよ」
階段を上るにつれ、喧嘩中の声は、怒声は強く大きくなっていった。
「怖え」
ガチャ
「ただいま帰りました。お父さん、お母さん、先生がいらっしゃいました」
…え、そんなにかしこまる⁈
「…もう、ただいまで良いよ?おかえり、いろはちゃん。先生も、お疲れ様です。遠路はるばるお越しくださり、ありがとうございます」
「いえいえ、そこまで遠くはないですよ。ハハっ」
「では、私は部屋に行っていますから」
「うん、分かった。先生も、立ち話もあれですし。ささ、お茶も入っているのであがってください」
「あ、ありがとうございます」
勢いに飲まれつつ、それでも自分を保とうとあたふたしていると、問題の(なんて失礼な表現なんだ)お母さまが、居住まい正しく、礼儀正しく、お行儀よく座っていた。
私は、こんなに綺麗な背筋をピンと伸ばす座り方は、もう見られないと思った。
畏敬の念に駆られる。
「こんにちは。私茶畑いろはの母です、茶畑あおいと申します」
「あ、どうもです。担任の涼風羽天です」
「あ、自己紹介し忘れた。一応の父の茶畑京斗です」
「よろしくお願いします」
「それで、今回のお話とは何でしょうか」
全身を黒で包んだ、お母さまが話を切り出した。
…ふう、いきなりだったな。
こういう時は、大抵世間話から始めると教えられたのだが、どうやらその知識は通用しないようだ。あるいは、それを教えてくれた山菱さんが違うのかもしれないが。
「…あの、一応お聞きするんですけれど」
「何でしょう」
「卒業式には、ご出席されないのでしょうか?」
「ええ、しません。私としても、仕事がございますし、京斗さんもお仕事があります」
「…ちなみに、お仕事とは?」
「私も、京斗さんも、警察官をしております」
「…警察⁈」
「ええ、一応」
「実は…てへ」
お父様、あんまりニヤニヤしないでください。イメージが崩れる。
「それは、厳しいかもしれません。で、でも!娘さんの晴れ舞台くらい、見てあげてくれませんか?」
「申し訳ありませんが、夫婦そろって休みを取るわけには行かないので」
「だからさ、別にあおいちゃんは行けばいいじゃない」
「行くわけないでしょ。あんな、勉強オタク」
「…勉強、オタク」
聞いたことないセリフだけど、聞き覚えのあるセリフだった。
「またそういうこと言う!あの子は、あおいちゃんのことを思って、憧れて、勉強しているんだよ?」
「…どういうことですか?」




