すずかぜクラス 3月のあれこれ・part3
一晩のうちに、作戦は練った。あとは、決行するのみ。
目を開けると、未だに太陽は姿を見せていないにもかかわらず、空飛ぶ鳥は元気よく鳴いていた。その声で起きてしまったではないかと少し悪態をつきたくなったが、ふと我に返れば至極理不尽なことであることに気づき、その罪悪感からぺこりと謝っておいた。
「さて、準備するか」
私服、と言ってもある程度整った、礼服とはいかないまでもちゃんとした格好に着替える。買って以来、あまり使いどころがねえなとは思っていたけれど、まさかこんなタイミングで使うとは…
朝ごはんを食べる前に、少しだけ散歩したいと思った。こんなことを思うだなんて珍しいなと自分でも思ったが、すぐにこの現象に対する答えが見えた。
「うわあ、私緊張してるんだ…」
武者震いしたいのを我慢し、ドアを勢いよく開け散歩に出る。家の近くには大きな川があり、その川のせせらぎを聞くと心が落ち着くと隣のおばあちゃんが言っていたのを思い出す。
いざ川へ向かうと、せせらぎは確かに心地よかったが、それよりも風が一層冷たかった。
「ああ、力を使いてえ…」
まあ、結論から言ってしまえば、使った。
冷たい風も、冷える風邪も使えるのだから、暖かい空気くらい簡単に出せる。普段だって使いたいタイミングは出陽国の面積ほどあるのだが、そこで使ってしまうと粛清の対象になってしまうのだ。抑制とか育成とか言っている間に粛清されてしまう。しかしながら、今は私以外誰もいない。誰も得をしないし損をしない。だから別に使っても誰にも怒られないだろう。
河川敷を小股でとぼとぼ歩いていると、街は少しずつ動き始めていくのを感じる。ゆっくりと車のエンジン音が鳴り響き、人々のおはようなどの挨拶の言葉が聞こえてくる。
温かい時間だ。
「気持ちいいなあ」
一時はどうなることやらと思っていたが、どうやら落ち着きは取り戻せたようだ。
「よし、行こうか」
帰り道にあったコンビニエンスストアでいくつか朝ごはんになるようなものを買い、近くの公園でそれを食した。
時計を見れば、7時30分だった。
「まだ早いよなあ」
とりあえず、ゆっくりゆっくりこの時を噛み締めるようにして帰ったものの、それでもなお1時間ほどの余裕がある。
「そうだ、喫茶店に行こう」
勿論ここで言う喫茶店とは、神那ちゃんと足助君が経営している喫茶店を指す。
出勤前に喫茶店にてコーヒーブレイクというのも、教師になってからやってみたかったことの一つだった。まあ、今日は休日だったから関係はないんだけれど、それでも決戦へ向けたコーヒーブレイクという意味なら十分に満たされるだろう。
「毎日が、決戦だよ」
特に不満はないけれども、それでも個性的な能力をお持ちの7人の相手をするにはそれなりの根性が必要不可欠なのである。
いざ喫茶店に着くと、残念ながらそこには、全くもっていちゃいちゃしない二人がいた。
「いらっしゃいませ」
「…あ、どうも。神那ちゃん」
「お、久しぶり!羽天」
「うん、久しぶり」
「カウンターでよろしいですか?」
「うん!」
「注文は何なりと。今は他のお客様もいないので」
見ると、確かに私以外に客はいなかった。しかしながら、私が着目したい点はそこではなく、むしろ神那ちゃんの体調の方だった。
「もしかして、眠い?」
「…は!すみません。そんなに顔に出てました?」
「いやあ、何となく。もしかして?」
もしかしての先は、あまり聞きたいものではなかった。
「すみません、久々に面白い本を見つけたもので。気づいたら、12時を過ぎていて」
「……ああ、そうか。そっちか」
意外な答え(まあ、彼女にとってみればそちらの方が妥当っちゃ妥当か)に少したじろぐ。
「もう、大丈夫ですので」
「そう?じゃあ、カフェラテで」
「かしこまりました」
「あと、足助君呼んで」
「え?ああ、はい分かりました」
厨房の方で、何やら作業をしていたようだったが、この状況について、現状について報告が欲しかったので、呼び出すことにした。
「ええと、何でしょうか。お客様」
「羽天でいいよ」
「分かりました。で、何?羽天」
「良いの、こんなんで?」
「こんなん、というと?」
「ええと、それは…だから、あれよ」
「あれって?」
「だから、その…子供とかの話。結婚したんでしょ?」
「ああ、あれ。まだ喫茶店も充実しているわけじゃないし、勉強中だからね。そう言うのはもう少し先かな?」
「そんな気楽にいて良いの?」
「良いのも何も、逆に今子供を作ったところでてんやわんやになるのは目に見えてるでしょ?」
「ああ、まあ」
「あと、ちょっとだけ。神怪になっちゃうんじゃないかって思うのが少し怖いってのもあるかな」
「…そう、なの?」
「ちょっとだけな。勿論嫌いじゃないし、むしろ橋渡し的な役割を担うことが多くなってきたわけだけど、それでもやっぱりな」
「そうなんだ」
「神那ちゃんは勉強できるわけじゃん?俺に似てくれれば問題はないんだろうけど、羽天みたいな天才が生まれる可能性だって、十分にあるわけだからさ」
神怪に対抗できるほどの努力ができるという才能。改めてすげえって思うし。
そう言う足助君の目は、キラキラ煌いていた。
「それで、仕事はどうなの?順調?」
「お兄ちゃん、それがそうでもないんだよ、あ」
「え、お兄ちゃん?何それ、詳しく」
「う、うるさい!」
「そうかそうか、風のうわさで聞いたことがあったけど、本当に俺のことを兄貴と思っているのか」
にやにやと嬉しそうな足助君。
「もういいや、この話はなし!」
「ええ!ごめんって、からかって」
「もういいもん!」
「…ははっ、変わってねえな」
「…うるさい」
「お待たせしました。カフェラテでございます」
タイミングよく、カフェラテが来た。
「じゃあ、俺作業に戻るから。まあ、頑張れよ、妹よ」
「分かったよ、兄貴」
気合を入れなおすべく、申し訳ないがカフェラテを一気飲みする。
時刻はちょうどいい時間になった。
「行ってくるよ」
「行ってらっしゃい、羽天さん」
「行ってら、羽天」
勢いよく扉を開け、威風堂々と歩く。
私の、私らしい、歩き方だ。




