すずかぜクラス 勉学の1月
…はぁ、寒い。
どうも、田制敬亜です。
模試が終わり、最近は本当にやることがない。正月という古い文化は最近は滅多に日の目を見ることは無いし。無事に振られた僕に、楽しいこと、楽しみなことは特になかった。
「はあ、トイレ行くか」
次の授業までに時間があるので、特に尿意はないが、暇つぶしに行くことにした。
「さすがっすね、いろはさん」
「そ、そんなことないですよ。赤根ちゃんだって、いい成績だったじゃない」
凍てつくような廊下を、風邪をひかぬようお手洗いにスタスタ歩いていると、神々の会話が聞こえてきたので、自然とその足が止まってしまった。
僕が御手洗に向かうためには、同じ階の最も東にあるG-1クラスを通る。いつも、トイレに行くたびにこのクラスの前を通っているため、その都度会話が聞こえてくるのだが、今回に限っては、立ち止まらずにはいられなかった。
なぜなら、その会話は、ついこの前行われた模試についての会話だったからだ。
「でも、満点なんて。久しぶりとか言っていましたよ?」
「え、そうなんですか?」
「うん」
「それは、嬉しいですね」
模試は、全部で5教科だった。少なくとも、平均点は半分くらいのはずなのだ。満点が取れるとか、それこそ怪物の類である。
「ちなみに、いろはさんの前は神らしいっすよ」
「さすが、神ですね」
神とは、誰なのか。寡聞にして知らないのだが、満点を取るくらいの猛者、というか化け物は神と呼ばれてもおかしくないだろう。つまりは、神怪となっていると思う。
神怪という存在を信じている身としては、少し会ってみたい。人間を超えた存在というのを、一度でもいいから見てみたいというのは、少年心を失わぬ僕の夢だったりもする。
「何盗み聞きしてんの?」
後ろからの突然の声に、ドキッとした。
「ぎゃあ⁈ああ、涼風先生」
「そんなに、うちのクラスの子らが好きなのか?」
からかうようにして笑うのは、このクラスの担任の涼風先生だった。
「いえ、別にそんなんじゃ」
「まあ、いいけど。あんまりじろじろ見ないであげてよ?意外とシャイだからさ」
「すみません」
「それでよし!ふふっ。ちゃんとご飯食べたのか?」
「ええ、まあ」
「腹が減っては戦はできぬ。いいね」
「…本当にすごいですよね、皆さん」
「私の教え子だからね」
「やっぱり、勉強が好きなんですかね?」
「もちろんだよ。皆は、勉強が好きで、学ぶことが好きだ。じゃなきゃ、こんな将来使えないようなことしないよ」
「先生が言っちゃうんですか、それ」
「そりゃそうだよ、使えないよ。ここでの勉強だなんて」
「そうなんですか?」
「だって、基礎中の基礎なんだよ?使えるわけないでしょ。サッカー選手だって、足技鍛えずに体幹だけ鍛えてもあんまり意味ないしね」
「…ほう」
スポーツに関する知識はあまりないが、その例えには何となくではあるが得心した。
「じゃあ、しなくてもいいんですか?」
「それで、私がイエスというとでも?これだから、一般庶民はだめなんだよ」
天才なんて、崇めて落とすんだよ。
寒いにもかかわらず、そうつぶやくと同時に窓を開けた。
「寒っ」
「我慢しなよ、男でしょ?」
「その発言、怒られますよ?」
「え、そうなの?」
「そうなんですよね…」
「まあいいや。とにかく、勉強をしないという選択ほど愚かなものはない。努力をしていないのに、努力したやつを崇めるのに、資格は必要だよ」
「死角ですね、それは」
「できなくてもいいけど、しないはだめだよ」
「そうですか…」
「君は、多分勉強を面倒だと思っているだろ?」
「…そうですね。特に、文系ですから、理系は必要なのかなぁって思ったりしてしまいます」
「そうするとね、理系が出来ない人生を送るんだよ。使えない、扱えない人生をね」
「それって、なんだか残念ですね」
「寂しいよな、そういうの」
「そうですね」
「あ、そろそろ時間だな。じゃあ、午後の授業もがんばれよ」
「はい」
先生は、そう言い残して階段を下りて行った。
「頑張んなきゃ」
自然と、そんな気分にさせられてしまった。
「もしかして、神怪っていうのはこんな感じなのかもしれないな」
人間を超えた存在というのは、意外にも人間の域を超えていない。
「先生って、やっぱりかわいいな」
自分が思っている以上に、女の子好きであることが発覚して、恥ずかしい気持ちでいっぱいになった僕を、外から吹く風は、強めにあしらった。
「どうせ、嫌われるだけなんだけどな」
神怪に会えるだけ、マシな人生だと思いたいが。
「神怪に会えるって、幸福の兆しなのかな?それとも、不幸の始まりなのかな」
分からないままに、僕はお手洗いにも行かず、教室へと戻った。




