きぼうウェディング 前編
私は、薮坂足助が大好きだ。
ここまではっきり言えるようになったのにも、とてもじゃないが多くの時間を要した。しかしながら、時間をかければかけるほど、その思いは強くなり、重くなる。
私の心は、足助君でいっぱいだ。
こんな風にして、心の底から、一杯になるまで大好きであふれそうになったきっかけは、やっぱり喫茶店で働きだしてからだろう。
ふとした優しさに、惚れた。
いつもの台詞に、ときめいた。
気づけば、コーヒーを淹れているときでさえ、気になってしまっていた。
「…はあ、好きです」
一応ポーカーフェイスは保てているだろうけれど、その心中は誰にも気づかれたくはなかった。…いや、だって恥ずかしいですから。
「ねえ、神那ちゃん?」
「え⁈あ、はい。何でしょうか?」
「あの、高津さんとかいう人から、お電話なんだけれど」
「高津さん?」
「何でも、教頭先生らしくて」
「…はあ」
聞いたこともない人からの電話というのは、少し、いやとても緊張するものではあるが、君からの頼みじゃあ、断れないな。
「…お電話変わりました。己卯神那です」
「あ、己卯さんですか?」
「ええ、そうですけど」
「そうですか!いやあ、話は常々聞いております!山菱さんは、ご存知ですか?」
「…山菱って、ああ、はい」
「あの人、先輩とよく似ていて、あ!でも今は北方の校長先生なんですよね」
「ああ、そうなんですか」
「とてもまじめな方だからって」
「それは、ありがとうございます」
あながち間違いではないことは、自負している。
「それで、ご用件は?」
「あの、講習会をやっていただきたくて。卒業してすぐ働く人を対象として」
「…なるほど」
「進学のことはよくやるんですけれど…、働く人を対象にした講習会って、初めてなんですよね。だから、なるべく知人にやっていただきたいんですよね」
「…そうですか。そういうことでしたら」
「本当ですか!じゃあ、明日宜しくお願いします。詳細は、薮坂君に」
「…足助君と、お知り合いなんですか?」
「…まあ。藪坂君は覚えていないみたいですけど、一応3年の時の担任だったんですよ」
「……へえ」
「まあ、長話もなんですし。今回の件、ありがとうございます。それでは」
「ああ、明日、宜しくお願いします」
「失礼します」
ガチャ
「どうだった?」
「明日、学校に行きます」
「なるほど」
「ですので、お付き合いのほど、よろしくお願いします」
「…え、でも俺なんもしてなくない?」
「一応ついてきてください」
「なんか、最近さ」
「何ですか?」
じろじろなめまわすようにこちらを見つめられると、嫌な気持ちがするというよりは、少し恥ずかしい気持ちになるが、不思議と悪くはなかった。
「最近、他人に甘えられるようになったよね」
「…え?」
自然と頬が紅潮してきた。高らかに鳴り響く鼓動は、より一層力強く、私の脳を思考停止にまで、追いやっていく。
「いやなんかね、おじさんとかにもちゃんと頼るようになったし、何より、俺に対してつっけんどんな態度じゃなくなってきたなあって」
「…今まで、つっけんどんな態度をとって、申し訳ございません」
「ああ、別に謝んなくてもいいんだけどね。今の感じとか、好きだからさ」
「…そう、ですか」
「じゃあ、明日、頑張ろうか」
「はい」
翌日の仕事に、ちゃんと身が入ったかと言われれば、そんなことは毛ほどに感じていない。
前日に、あんなことを言われてしまえば、ずっとふわふわした気持ちになるのは、至極当然のことで、凄く自然なことだ。
「いやあ、それにしてもすごいね、神那ちゃん」
「何のことですか?」
「生徒たちの顔がさ、最初から最後まで、真剣だったからさ。あの羽天でさえ、終わった後褒めに来ていたぞ?」
「…そうですか。なら良かったです」




