ともしびレカンシリエーション(Encounter)
「ははーん。あたしの魔力もなかなかいい感じになってきたね。肉体的じゃなくて、精神的。うん!これならいいな。」
聞き覚えのある声で目が覚めるが、その聞き覚えがある声は、決して神那ちゃんや茉釣さんではなく、ここで聞いてはいけない声だった。詳細を語るのは省かせてもらうが、役場は人間界のテリトリーであり、神怪は簡単に下りてきてはいけないのである。だからこそ羽天はバレないようにあれをしたのだろう。
…にしても、モテないオタクさんの夢はきついものがあるなぁ。
「あれ、起きちゃった?早速なんだけどさ話聞いてくれる?」
「ごめんちょっと待って先にこちらから質問させて。」
寝起きにこれはひどい仕打ちである。話を聞いている限りこの悪夢を見せたのは間違いなく彼女だし、そもそもなぜ人間界に降りているのか、そこからして疑問が尽きないし、とりあえず一杯コーヒーが飲みたかった。
「ああ、待って。コーヒーじゃ多分合わないから。」
そういいながら取り出したのは、近所の和菓子屋で買ってきたであろう菓子の数々だった。
羊羹に最中に饅頭。甘党の彼女が好きそうな数多のあんこ。
「どういうのがいいのか分からなかったから、お店の人に聞いてみたの。そうしたらね、神那ちゃんの知り合いだったみたいだからいろいろ教えてもらって。あんこが好きだって言っていたから、あんこ系買ってみたんだけど…」
店の人から見れば、この風貌は小さな子のおつかいのようで、心が温まったのだろう。
燈火ヘスティア炎香。中身は悪魔だが、風貌は一桁代の子供にしか見えないだろう。
130cmほどの身長に、それ相応の格好。手足は、幼い子供のようで、声や顔立ちもまた、稚い子供のそれだ。これでも270歳と言うのだから、何が何だか分からない。さすが、神怪だなと言わざるを得ない。本当に人外だよ。
「でも、どうしてそんなに神那ちゃんの好きなものを?確かにこの店の饅頭は美味いし、最中も絶品だ。羊羹だってこの店の右に出るものはいないだろう。でも、どうしてなんだ?」
理由がないといけないわけではないのだが、なんだかこの二人は仲が悪いように見えていたのだ。会話をしているところを見たことがない。大袈裟に言っているわけではなく本当に。
「あ、謝りたいなって、思って。」
…謝りたい?
「誤りを正したいというか、謝りたいな。ちゃんと謝罪して、陳謝したい。こうやって生きながらえることに、感謝したい。」
もしかして、あの事件のことだろうか。町の住民が言うには、
「むやみやたらに火をつけ、無邪気な笑顔で家を燃やし切っていた。それ以上の恐怖は、今までもそしてこれからも2度だけだろう。」
だそうだ。その2度と言うのは、
怪名、燈火ヘスティア炎香と。
食物連鎖の頂点、の二人だ。名前を出すことさえ憚られる。
それより、問題なのは彼女が謝りたいということだ。悪魔である彼女にとって悪事とはすなわち存在意義であり、それを間違っていたというのはいささか間違いではなかろうか。これは、人間でいうところの「ご飯を食べるために、牛さんを殺してすみません。」と言っているようなものである。いくらなんでも謝ってほしいという人はいないだろうし、そもそも謝って済むようなことでもないのだ。それなのに、謝りたいという彼女の心の中は読めない。許しを乞う意味が分からない。
「誰に、謝りたいんだ?」
答えを聞く前に、その答えははっきりしてしまった。
「ヘスティア。」
その質問は、ドアの音によってかき消され、彼女の憤りの声が役場中を駆け巡り、そういえば朝食はまだかなという愚問が脳内を駆け巡っているだろう茉釣さんを起こしたのだ。そんな彼女の姿を、というか声を聴いたことがなかった。憎悪と怨恨がこれ以上ないほどに詰まった声で、そこに少しずつ忸怩と悔恨と遺憾が入り混じった声だった。泥の中にワインを一滴入れてもそれは泥だが、ワインの中に泥を一滴混ぜるとそれはもう泥だということわざのようなものがある。マーフィーの法則と言うらしいが、これに関していえば泥は憎悪なのだろう。
「う~ん。なんだよ、朝っぱらから。それで、朝ごはんは?」
予想的中。この人、ご飯のことしか考えてないからなあ。
「あ、あのね。神那ちゃん。」
「出て行ってください。」
「ちょっと待って、話だけでも聞いて!」
「黙れ、殺人鬼が。」
「だから、それは誤解で、ちゃんと」
「帰れっつってんだよ。今更何の用だよ。もう気が済んだんだろ?あの一件以降悪魔としての功績が讃えられたんだろ?じゃあ、もういいだろ?」
「そのことで、話が」
「いじめられっ子の悪魔から昇進おめでとうございます。何ですか?まだ功績が欲しいんですか。」
語尾がめちゃくちゃになるほどに、彼女は怒鳴りつけた。その話の節々から何があったのか推察はできないが、どうやら並々ならぬ何かがあったのだろう。
「ごめんなさい。薮坂くん。やっぱりできませんでした。」
その一言だけ残し、彼女は役場を去った。
「二度と、彼女と会わないでください。」
神那ちゃんは、それだけ言うと厨房に向かった。
「あの、茉釣さん。」
「まあまあ皆まで言うな。ちゃんと、あとで教えてやるから。」
ここから食べる朝ごはんは、史上最悪に気まずい時間だった。




