第伍拾肆話 平穏と波乱の狭間に
やがて予鈴が鳴り、朝のホームルームの時間になると生徒達が着席。ヤスオをはじめとする男子生徒憩いの時間である。彼らのクラスの担任はVシネでマドンナ役でもやってそうなお色気女教師なのだ。だが教室のドアが開き、入ってきた意外な人物に教室は一瞬凍りついた。入室したのはヤスオ以外、誰も見たことがない、ブーメランパンツ一枚の、体中がオイルで光るほぼ全裸のスキンヘッド。その表情は暑苦しいまでのマッスルスマイルである。その不審極まりない闖入者に教室はパニックとなった。
「はーい、みんなー、落ち着いてー。君たちの担任の音名野色香先生はこのたび、できちゃった産休に入ったので、今日からこの僕、早乙女早苗が急遽、実習生として君たちの担任になりましたー。イーッツ、マッソーゥ!」
早乙女の説明も虚しく教室のパニックは収まらない。にもかかわらず、早乙女はその場でスクワットを始めた。もはや収拾がつかないと、ヤスオは立ち上がって早乙女を問い質した。
「おい! 手前がなんでウチの担任なんだとか、疑問は尽きねえけどよ、音名野センセイは独身のはずだぜ! それがなんで産休なんだ。おかしいじゃねえか」
「おおっ! 君は荒死郎くんじゃないか! フンッ。奇遇だねえ。フンッ。君もこの学校に、フンッ。通ってたのかい? フンッ。奇跡的な再会を祝して、フンッ。一緒に筋トレしよう。フンッ」
喋りながらも早乙女はスクワットをやめない。早乙女の説明によると音名野先生は独身でありながら突然妊娠が発覚し、退職させられかけたものの、なぜか教頭が引責辞任する形で、一年の産休という名目で休職することとなったという。この学園を引っ繰り返しかねないスキャンダルを知った教室は一応の落ち着きを取り戻した。無論、この事実は他言無用であると早乙女は付け加えた。
スクワットを終え、早乙女が教壇で汗を拭う。とりあえず早乙女が学園内に侵入した不審者ではないと分かると騒ぎは収まったが、それでも不穏な空気は晴れない。そんな空気など委細構わず早乙女はホームルームを続行。
「それでは突然ですが、今日から君達と共に筋肉を育てる、新しいクラスメートを紹介します。フンッ。海外からの留学生なので、エイッ。みんな仲良く筋トレして下さい。ソリャッ。それでは二人とも、入ってきて下さい。イヨッ」
早乙女がマッスルポーズをとりながら突然転入生の入室を促した。もはや転入生より早乙女の存在のほうが気になって仕方がない。だが、ドアが開き、入室した二人を認めると、教室内は俄かに盛り上がった。
最初に入室したのは自信たっぷりな金髪ツインテールの美少女。学園の制服を着ている。続けて入室したのは黒いドレスに身を包んだ黒髪ショートカットの美少女である。
「はーい。では紹介しまーす。彼女は欧州の小国、へラーメン王国から来日した王族の……」
早乙女が紹介しようとすると、それを遮るように金髪は黒板を叩いた。
「私はメンヘラ王国次期女王、エリザベス・ライトライナー! 最初に言っとくけど、この学園の学力、身体能力、そしてミスコンから嫌いな女投票に至るまで、すべての順位は私がナンバーワンをとらせて頂くからね。覚悟しときなさい。オーッホッホッホ!」
エリザベスと名乗った美少女は口元に手を添えて高笑いした。続いて黒髪が自己紹介。
「エリザベス様の侍女として留学することになったエネマ・アントワネットです。ご主人様の横暴に振り回されて人生に疲れているので、優しくして下さい。ピクヨロ」
二人の自己紹介が終わると男子生徒のテンションが一気に上がる。
「ヒューッ! 転校生は金髪ツインテールの上からお嬢様だあ! しかも本物の女王様! 是非鞭で叩かれて顔面を豚のように踏みつけられたーい!」
「いま一人は黒髪ショートカットの無表情系ゴスロリ不思議ちゃんでござる! しかも本物のメイドさん! イヤッホー!」
「しかも二人いるから確率は全員二分の一だ! こいつは春から景気がいいぜ!」
理性のタガが外れた男子生徒を、いかにも委員長キャラの女生徒が立ち上がって諌める。
「ちょっと、男子! 騒ぎすぎよ! 転校生が怖がってるじゃないの!」
だが、その程度で盛りのついた青少年は収まるものではない。その中にあってヤスオは一人沈黙を守っていた。
「愚かな奴らだ。そうやって騒ぐのは決してフラグなんか立たないモブキャラのやることなんだよ。賢い俺様は常に冷静を装い、攻略フローを確実に見極めるのだ」
「ふふ。荒死郎、そう言ってるってことは、君も彼女たちを狙ってるんだね? それって、結局モブキャラと変わんないんじゃない? で? 正味、どっちを狙ってるの?」
隣で甘野が屈託のない笑顔を向けた。
「う、うるせえな! 的確なプロファイリングしつつ、俺の好みまで特定しようとすんじゃねえ! まあ、強いて言うなら……うーん、俺の好みって、どっちなんだろ? こんなギャルゲーばりの転入生イベントなのに、恋愛探求者である俺の心が一ミリもトキメかないのは一体どういうわけだ? ま、まさか。ありすの奴に、妙な性癖に目覚めさせられたんじゃないだろうな!」
ヤスオがしきりに首をかしげていると、エリザベスはつかつかとヤスオの元に歩み寄った。それを見た男子生徒はほぼ全員が落胆した。
「やっぱりな。どうせ彼女もひと目で甘野を気に入っちゃったんだろうな。まあ、大体予想通りだけど」
「だが待て。転校生はもう一人いるぞ。あのゴスロリちゃんの可能性があるだけでも、よしとしよう。かなり難易度は高そうだけど」
そんな囁きが飛び交う中、大方の予想に反し、エリザベスは甘野には一瞥もくれず、ヤスオの前に仁王立ちし、両手を腰に当てた。




