第伍拾参話 空虚なる怠惰の中で
上履きを取り出すべくヤスオが下駄箱を開くと、何通もの封筒が出てきた。どれも淡い色の封筒であり、果たし状の類でないことは明らかだ。ヤスオは手で目元を覆った。
「フッ。なんだよ。やっぱりモテまくりなんじゃねえか。天才エースパイロットは辛いぜ。これからしばらくは学校で熟睡する生活が続きそうだな」
そんなヤスオに何者かが声をかけてきた。
「やあ、荒死郎。そこは僕の下駄箱だよ。君のは隣」
驚いて振り向くと、そこには一人の美青年が立っていた。ヤスオはそれが誰なのかさっぱり分からない。
「なんだ? お前、誰? お前みたいな奴、この学校にいた?」
「ひどいな。クラスメイトで君の幼馴染の甘野銃一じゃないか。忘れちゃったの? ほら、子供の頃、よく一緒に遊んだり、悪さしたじゃない」
そう言われると、ヤスオの脳裏にたちまち目の前の甘野と幼少期を過ごした記憶が蘇ってきた。
「ああ、そういや、いたような気がするな。うん、確かにいた」
ヤスオがうつろな返事をすると、甘野はにっこりと笑ってラブレターを回収して教室に向かった。ヤスオが首を傾げつつ自分の下駄箱を開くと、なぜかそこには上履きと、バナナが一本入っていた。
「おい、昨日のニュース見た? なんでもこの近所でUFOが目撃されたらしいぜ」
ヤスオが教室に入ると、いつもと変わらない、そんなとりとめのない話題が飛び交っていた。天才エースパイロットである自分になぜ誰も注目しないのか、ヤスオは不満で仕方がない。タイヘーンスリーで出撃した際、間違えたふりして校舎を潰せばみんなのアイドルになれるかななどと考えつつ、最後列にある自分の席についた。
「ふふ。みんな、今朝からこの話題で持ちきりだね」
隣からそう声をかけられ、ヤスオは驚いて立ち上がった。
「どわ! なんだ? お前、甘野、だっけ? なんで俺の隣にいんの?」
「なにすっとぼけてんの。僕ら、小学生から中学、今に至るまでずっと同じ教室で、ずっと隣の席だった腐れ縁じゃないか。相変わらずおとぼけさんだなあ、荒死郎は」
甘野がそう言ってにっこり笑うと、再びヤスオの脳裏に甘野と共有した時間の記憶が広がった。
「ああ、うん。そうだよな。なに言ってんだろうな、俺。いや、てゆうか、お前はなんで俺のことを荒死郎って呼ぶんだ?」
が、ヤスオの質問を遮るように複数の女生徒が甘野を取り囲んだ。
「甘野くぅーん! 今日、近所に新しいコーヒーショップが開店するんだけどぉ、帰りに私達と一緒に行かない?」
女生徒たちが甘野の周りでキャッキャウフフと騒ぐ。甘野もそれには答えず、朗らかに笑っている。そんな非の打ち所のないスーパーリア充イケメン学生の甘野を横目に、ヤスオは甘野を殺してやりたい衝動がふつふつと沸いてきた。




