第肆話 いざなうは禁断の果実
「見たまえ。これが我がエデンの人類最終絶対防衛兵器、タイヘーン級コアユニット」
ハカセがそう言い放つと同時にライトが照らされ、暗闇に包まれていた格納庫に三機のメカがその姿を現した。
「うおお、すっげー! これ、モノホンの戦闘機や戦闘ヘリっぽく、よくできてんじゃん! 某原寸大巨大ロボと比べても遜色ねえよ! そうか、こいつをロボキッズ王国の目玉にして、極楽楽座に対抗する気なんだな。ちょっと需要があるかは微妙だけど、オッサン、なかなかやるじゃん。それで俺が選ばれたのも、この機体を使ったヒーローショーかなんかのエキストラとか戦闘員役なんだな!」
ヤスオが感激するのも無理はなかった。二人の眼前には三機の戦闘メカ。中央には猛禽を思わせるフォルムを持つ真紅の戦闘機。左手には二基のローターを搭載した純白の戦闘ヘリ。そして右手には巨大なタイヤを装備した漆黒の装甲車が鎮座していたのである。これは中高生なら嫌が応にもアガる。だが、ハカセは至って冷静であった。
「は? エーキストラ? なーに言っちゃってんのよとっつぁーん。これ本物だってばよ。自慢じゃないけど、全部既存の兵器を前世代に押しやっちゃう、ウルトラハイスペック未来マッスィーンだべさ。そんな物騒極まりないブツ、ショーかなんかに使えるわけないんだってばよ」
「またまたあ。若本ボイスっぽい喋りで、もう設定できあがってんじゃん。でも観客がいない場所でまで、やりにいく必要はないんじゃなくね? いや、そりゃ作り込んだキャラになりきる姿勢は重要だと思うけどさあ」
すると二人の背後から妹系美少女ヒロインっぽい声が響いた。
「ハーカーセー、カタパルトの最終調整終わったよーん。あとはもうパイロット乗っけさえすれば、いつでも実戦テストができるよー」
「そう言いながら駆け寄って来たのはショートカットのボーイッシュ美少女である。ハカセと同じ白衣に身を包んでいるが、腰から下は機能性を重視したキュロットなので、スベスベのフトモモが目にまばゆい。が、そのカモシカの四肢を思わせる二つの大腿部は不意に躍動を止めた。ヤスオ青年を認めた両マナコが見開かれ、頬が開いたばかりの花弁のように上気している。桃色の唇が淫靡な湿り気を帯び、口中で舌がナマメカしく蠢いていた。彼女が遺伝子生存のパートナーとしてヤスオをひと目で選んだのはもう一目瞭然であった」
「おい荒死郎、さっきからなにをブツクサ言ってる。紹介しよう。我がエデンの頭脳、天才科学者にしてタイヘーン級セカンドユニットの正規パイロット、節喜国ありす博士だ。ありす君、彼が以前言った一号機のパイロット候補にしてハカセの魂の弟、破天荒死郎君だ。ご挨拶しなさい」
ハカセが紹介すると、ありすは両手を広げてくるりと一回転。そのままヤスオに正対して屈託のない笑顔を向けた。
「キミがパイロットゲッターに選ばれた三番目のメンバーだね。先にハカセに紹介されちゃったけど、ボクがキミのチームメイトの、節喜国ありすだよ。仲良くしてね」
ありすはそう言って右手を差し出してきた。ヤスオは即座に両手でそれを握り返す。
「にくいねー! メンバーの一人は妹系美少女、しかもボクっ子。ちゃんとヒットの法則、踏襲してんじゃん。俺、このたび一号機の正規パイロットに抜擢された天才エースパイロット、破天荒死郎。実は俺もガキの頃から巨大ロボットは大好きでさ、ロボットをオカズにご飯が通常の三杯は食えちゃう剛の者なんだよ。君とは話が合いそうだ。ぜひ、ロボット談議に花を咲かせたいな。仕事中でも、オフの時でも。そして、ベッドの上でも。どう?」
ヤスオがありすの手を握り締めたまま歯を光らせる。ありすは頬を染めつつ、はにかみながら頷いた。
「うん。こんなボクでいいなら、よろしくお願いします。でもでも、ボクを裏切ったりしちゃ駄目なんだからね。大事にしてくださいっ」
ヤスオの脳内をフォークソンググループ、H2Oのヒット曲がリフレインする。これほど安易にフラグが成立したのはゲーム性など皆無に等しい十八禁ゲームのプレイ以外には記憶にない。青く瑞々しい少年時代に別れを告げ、卒業という名の大海原を目の当たりにしたヤスオは思わずむせび泣きそうになった。が、ハカセが空気も読まずに口を挟んだ。
「あ。ありす君を口説いても無駄だから。その子、ひと頃ちょっと流行ってたらしい男の娘ってやつだから。いや、君にそっちの性癖があるんなら別に止めはしないけど」
「どんだけヒットの法則踏襲しまくってんだ! 狙いすぎて暴投してんじゃねえ! 近年まれに見るがっかりだよ。メガトン級のせつなさだよ。所さーんって呼びかけに応えて登場したのがお天気キャスターの所太郎だったときくらいの肩透かしだよ。ひと時の俺の人生設計を返せ!」
ヤスオの暴言にありすがその場に崩れ落ちる。
「ひどい、ひどいよ。ボクが男の娘ってだけで使い捨てにして。ボクが女の子に生まれてれば、きっと荒死郎に愛されてたはずなのに」
「おいオッサン、ここにはこんな頭がピー! で、情緒がダダダダダッ! で、精神的にパキューン! な、疑う余地もないピーポーピーポー、しかいないのか? ちなみにヤバげな部分にはセルフでSEかぶせといてやったぞ。感謝してくれよな」
「さて、パイロットの面通しも済んだし、機体の説明に移ろう」
「お前またスルーしたよな。お前が何気に一番の曲者だよな」
おもむろにハカセは機体に歩み寄り、振り返った。