第肆拾陸話 踏みにじられたのは誇りなのか
「起きろ! 目を覚ませ! 敵が目の前まで来てるぞ。立て! 立つんだ。荒死郎ーッ!」
「荒死郎! 死んじゃやだー。お願い。目を開けて。もう一度、ボクのために立って!」
「……うるせえな。こっちは狭い密室で大回転して今にもゲロ吐きそうなんだ。ちょっと静かにしてくれ」
「おお、生きてたか! いや、もちろんハカセは信じてたぞ。お前ならばどんな攻撃を食らっても死に損なうゴキブリ並みの生命力の持ち主だと」
「当たり前だ。あんな程度で死んでたまるか。俺様を誰だと思ってる。修学旅行でジャンケンで十連敗した挙句、罰ゲームで絶叫マシンを梯子させられた天才エースパイロット、破天荒死郎様だぞ。あんなもん、俺に言わせりゃ回るコーヒーカップだ」
多少流血しながらも強がるヤスオであった。
「素晴らしい。お前こそ絶対不死身の主人公、ヒトの形をした単細胞生物、切り刻み甲斐ありまくりな実験材料。お前を手に入れたハカセは自身の狂気を抑えておかずにはいられない!」
「それ褒めてんのか! 馬鹿にしてんのか! てゆうか、お前はマッドサイエンティストか。ひょっとして、いままでのパイロットもお前が手に掛けたんじゃないだろうな?」
「さっすが荒死郎君だ。僕の大胸筋君が気に入っただけのことはあるよ。今度僕と合宿しよう。君のガリガリな体を僕が三ヶ月でビルドアップしてあげるから」
「お前と三ヶ月も付き合うほど忍耐強くねえよ。どう考えても怪しい勧誘だろ」
「ごうじろうっでのりものにもづよがっだのねー。ごんどおでいざんがぐるぐるがいでんずるずでぎなのりものにのぜであげるー」
「お願いだからおばさんまで入ってこないでくれる? もう面倒くさくって仕方ないから」
「荒死郎! 生きてたんだね! やっぱり正義のヒーローは不滅だよね。これで君も今日から正式にヒーローチームの仲間入りだ。改めてよろしく!」
「その声はスパイマンじゃねえか。これだけ街が破壊されてんのにまだ生きてたのかよ。俺なんかよりコイツの方がよっぽどオッサンの学術的好奇心を満たすんじゃねえの?」
「荒死郎! そんなことより、敵がもうそこまで来てるよー! 動くのも辛いだろうけど、早く逃げてー!」
「よりにもよって一番まともなコメントしてきたのがありすかよ。簡単に言ってくれるぜ。こっちはあちこちぶつけてすぐにでも精密検査受けたいくらいなんだが。でもまあ、命あっての物種だよな」
ヤスオは痛む体に鞭打ち、瓦礫に埋もったフレイムライダーを浮かせるべくメイン動力となるインフィニットドライブシステムを再起動。瓦礫の中から僅かに機首が上がる。が、
「そうはイカザキ、ウチコの手前よ!」
そう叫びながらクイーンミダラが一号機を踏みつけ、機体が再び瓦礫に沈んだ。
「いやー! やめてー! 荒死郎が死んじゃう!」
成す術もないありすが悲鳴をあげる。だがその懇願はベリエザスに対しては全くの逆効果だった。
「オーッホッホッホ! 泣きなさい! 喚きなさい! お前達のその絶望が、私に無限の力を与えてくれるわ。さっきまで調子こいて私をタコ殴りにした威勢はどこに行ったのかしら?」
「ベリエザス様、なんか正義の美少女ヒロインというより、最後にはやられる小悪党みたいになってますよ。まあ実際そうなんですから仕方ないんですけどね」
踏みつけられ、身動きが取れなくなった一号機の動力が完全に落ちた。
「畜生。神聖不可侵な合体バンクの最中に不意打ちしたり、主人公を女王様みたいに踏みつけたり、どんだけ空気が読めねえんだ。このベリエザスさんとやらはよ」
「まだ減らず口を叩く元気があるとは驚きだねえ。その生命力に敬意を表して、じっくりといたぶってあげるわ」
コクピット内での呟きすら聞き取るベリエザスの能力にヤスオは言葉を失った。




