第参話 地球を滅ぼすアイドル
「我々が今いる場所は地球最終防衛拠点、エデンのほぼ中枢部にあたる。破天君がこのエリアまで来るのは初めてだろう」
「いや、てゆうか、今日いきなりこんな場所に案内されてそんなことを言われましても」
「ここまで来られるのはごく限られた一部の者だけだ。つまり、君はもう後戻りできないところまで来てしまったということなのだよ」
「オメー、自分の都合の悪いことはいつもそうやってスルーしてるだろ」
ハカセとヤスオが遺伝子構造を連想させる、チューブ状のエレベーターから降りる。
「君も知ってのとおり、このエデンは偽装されたテーマパークの地下に存在する。地上部はロボッ特区として政府の認可を受けた地方創生施設、ロボキッズ王国という名で一般に公開されている。だが、それはあくまで表向きの話なのだ」
「へー、そー」
「だが、このエデンは今、かつてない危機を迎えている。あろうことか地上部のロボッ特区の隣にあったアダルト専門ショップ街が昨年、アダル特区として政府の認可を受けたのだ。その名も極楽楽座」
「ああ、あっちはずいぶん盛況だよな。俺もここに来る途中で見たけど、あおりを食ってロボキッズ王国は閑古鳥が鳴いてるっぽいな」
「この事態に対して我々には有効な手立てがないのが現状だ。各成人指定映像会社のエース級で構成されたセクシー女優ユニット、ミルキーフェイスが頻繁にライブや握手会を催し、ガチで王国を潰しにかかっているのは公然の秘密だ。君も行ってみたかね? 実に華やかなものだ」
「いや、ここまで来れば普通行くっしょ。 俺は今年で十八だからもちろん合法な。たまたまライブもやっててラッキーだったよ。本物のアイドルかと思うくらい仕上がってて、ちょっと感動したな」
すると突然、ハカセが振り向き様ヤスオの首を絞めにかかった。
「この、裏切り者がぁ! 二重スパイがぁ! 一体、誰と握手して魂を売り飛ばした! 結城川クミコか? 甲森ひとみか? それとも、AWA☆美か?」
「なに首絞めてんだよ! 苦しいだろ! 大体なんで泣いてんだよ! オッサンも行きたいんじゃねーか! 行きたいのを無理して我慢してんじゃん!」
ヤスオが振りほどくとハカセは床に手をついた。狭い通路にハカセの嗚咽だけが響く。
「こんなことがあっていいのか。許されるのか。俺のAWA☆美が、心の嫁のAWA☆美が、こんな奴に汚されるなんて。もう、二度とAWA☆美を直視できないのか」
「推しメンはAWA☆美なんだ。安心しろ、オッサン。俺は握手はしていない。握手券はDVDを三枚同時購入した強者だけに贈られるものだったんだ。だから、俺は握手できなかった。悔しいけど」
ヤスオがしゃがみ、ハカセの肩に手を置くと、ハカセは驚きを隠さず顔を上げた。
「本当なのか? それじゃあ、ミルキーフェイスのメンバーは、まだ誰も汚されてないんだな?」
「なんか微妙にかなり毛嫌いされてる気がするんだけど、まあそうだ。だから、そんなに悔しがるな。俺たち、兄弟だぜ」
ヤスオが拳を突き出すと、ハカセが拳を合わせた。ハカセは涙を拭い、立ち上がった。
「そうだな。弟を信じられなくて、なにがアニキだ。お前に教えられたよ、破天君。いや、荒死郎」
「チッ、面倒くせえな。来ればすぐにクーポン貰って帰れると思ってたのに、こんなに長い手続きがいるのかよ。バス代使って損した」
ヤスオの愚痴を聞き流し、ハカセが再び歩を進める。
「とまあ、そういう理由でこのエデンは存亡の危機にあるというわけだ。これ以上地下と地上で赤字を垂れ流し続ければ、経済特区の指定から外されても文句は言えない。この辺りの事情は法人指定の解除に神経を尖らせる角界と同じ、とでも言えば分かりやすいと思う」
「分かりやす過ぎて逆にやべぇよ。もうお前は黙れ。放っといたら話がどんどん脱線しちまう」
二人が巨大な隔壁の前に到達すると、ハカセがコンソールに手をかざした。バイオメトリ認証システムに、今まで以上のセキュリティがかけられているのが分かる。重々しい駆動音と共に、巨大な隔壁がゆっくりと開いた。