第拾玖話 フィクサーXの保身
ヤスオのツッコミをスルーしつつハカセが拳を握る。
「しかし、残念なことに三号機のパイロットがいまだに到着していない。不測の事態が起こったのか、敵の攻撃を受けたのか、判然としない」
「ええ? まだいんの? この流れだとてっきりオッサンが三号機に乗り込むもんだと思ってたけど。おい、そのメンバーは今度こそ本当に間違いなく黒髪さらさらロングヘアーのユッサユッサ美女なんだろうな? いや、ここまでくるとさすがにそうじゃないとまずいだろ、いろいろと」
「うむ、このまま早乙女君が到着しなければ、このハカセ自らが三号機に乗り込むしかあるまい。それではビジュアル的にもかなり厳しい。できるならばギリギリまで出撃を伸ばしたいところだが、敵は我々の事情など斟酌してくれん。最悪、このメンバーでの出撃を覚悟せねばなるまい」
そのとき、格納庫内に重々しい声が響いた。
「権護よー。権護道段よー」
ハカセを本名で呼ぶその声と同時にメインモニターが一人の男を映し出した。スーツを着、テーブルに座り両手を組んでいる。顔には覆面をかぶり素顔は窺い知れない。そして覆面にはアルファベットのエックスの一字が書かれている。スーツの襟元には菊の花をあしらったバッヂが光っていた。
「あ、あなた様はフィクサーX! このようなむさくるしい場所に通信していただき、真に恐縮至極であります」
ハカセが一人床にひれ伏す。その媚びへつらう姿は正視に耐えない。
「テレビを見たぞ。巨大ロボットが現れて大騒ぎになっておるな。ネットにも訳の分からんブログか開設され、無理矢理そこにアクセスされてしまうので大問題になっておる。権護、貴様、よもやこの一件になにか噛んでおるのではあるまいな?」
「滅相もございませぬ。あれは正真正銘、外宇宙から飛来してきた未知の敵です。みどもがXのお立場を悪くするような行動を起こしましょうや? 否! 否! みどもはXの忠実なる犬にございます。飼い主の手を噛むような犬がどのような末路を辿るか、分からぬみどもではございませぬ」
あまりにも見苦しいハカセの弁明にヤスオがつい口を挟む。
「オッサン。あんた、なに時代の人間だよ。ここまで低姿勢だと憐れというよりむしろ腹立たしいぞ」
「ほほう、なかなかものの分かる若造だな。そのとおりだ。お前が信用できないのは、そういうところだ!」
「ばっ、馬鹿! 妙なことを言うんじゃない。ただでさえXはご機嫌を損ねておるというに! X、このような若造の言を間に受けてはなりませぬ。みどもからXへの忠誠を取ればなにが残るというのですか。なにも残りはしませぬ。そのみどもに信が置けぬとはXのお言葉とも思えませぬ」
「まあ、よかろう。ここはそういうことにしておいてやる。それはさておき、あのロボットに対して、なにか行動を起すつもりか? 権護よ」
「さすがX。ご慧眼に感服するほかありませぬ。ご推察のとおり、あのロボットを我がエデンが開発したスーパータイヘーンスリーにて撃退せしめれば、愚かな民衆はロボッ特区ならびにロボキッズ王国の必要性を認識し、ひいてはXの大望成就の大きな一歩となりましょう。僭越ながその先鋒の任、みどもが引き受ける所存にござる」
「それなのだがな、権護。貴様、今しばらく隠忍自重しろ」
「は? 自重ですと? このまたとない好機にですか? 恐れながら凡愚のみどもにはXの深遠なるお考えが理解できませぬ」
「馬鹿かお前は! この騒動のおかげで俺に火の粉がかかってんだよ! マスコミに悪い意味で注目浴びてんだよ! このままじゃ次の選挙にも響くんだよ! そんなときにお前がロボットなんぞを繰り出して迎撃にでも出てみろ。たちまちワイドショーや週刊文鳥とかが食いついて消費されまくるだろうが!」
Xが口角泡を飛ばす勢いでまくし立てるとハカセは平謝りし、タイヘーンスリーの出撃は見送られることとなった。ヤスオは納得がいかない。
「おい鴨葱! さっきから聞いてりゃ随分調子のいいことこいてんじゃねえかよ!」




