第拾捌話 美人オペレーター登場
ハカセはそう言うと端末のスイッチを押した。すると薄暗かった格納庫内が明るく照らされ、床の下からいくつものモニター、コンソールがせり上がり、その姿は軍艦の艦橋を連想させた。ヤスオがしばし茫然としていると、中央に座っていた一人の人物に気がついた。後ろ姿ではあったが長い黒髪、スレンダーな体型から妙齢の女性であることが窺えた。
「ここがスーパータイへーンスリーの戦いをサポートする司令部となる。君にはここからの指示に従って戦ってもらう。そしてその指示を伝えるオペレーターが彼女だ」
中央に座っていた女性が立ち上がり、ヤスオの元に歩み寄る。その風貌から、人生に疲れきった感のあるアラフォー女性であることが見て取れた。バブルの時代にはブイブイいわせていたのであろうが、その面影はもうない。
「紹介しよう。エデン総司令部、メインオペレーターの鬼椿ヤツコさんだ」
「ごんばんわー、ばじめばしでー。おにづばぎでーず」
鬼椿が自己紹介したが、酒とタバコで喉を潰したとしか思えないそのハスキーボイスにヤスオは途方に暮れた。ありすが通訳する。
「こんばんは、初めまして、鬼椿です。って言ってるよ。よかったね、荒死郎。早速ヤツコさんに気に入られたみたいだよ。あ、今は昼だからってツッコミはナシね。ヤツコさんは二十四時間こんばんはの夜型人間だから」
「はっはっは。あんまり美人なので声も出ないか。荒死郎もまだまだ若いな。こんな綺麗なお姉さんに指示を出してもらえるなんて、そうあるもんじゃないぞ。よっ。この果報者!」
ハカセのまったく空気の読めてない発言もヤスオの耳には届かない。鬼椿が髪をかき上げつつヤスオの顔を覗き込む。
「ギビげっごうがばいいねー。どじいぐづー? はだぢー? そでどもじゅうだい? どう? おでいざんどづぎあばないー?」
「キミ結構可愛いね、齢いくつ? お姉さんと付き合わない? って言ってるよ。ええっ? ヤツコさんがいきなり誘惑してる! 初対面でこんなに気に入られた人なんて荒死郎が初めてだよ。もしかしてこれが運命の出会いってやつなの? じゃあ荒死郎もヤツコさんの虜になっちゃうの?」
「なるかよ! 大体初対面で十代の若造に逆ナンしてくるアラフォーって、どうなんだよ! どう考えてもカタギじゃねえだろ! 年がら年中一目惚れしてるタイプだろ! そもそも、このおばさんのどこが美人なんだ。テレビから這い出てきそうなヴィジュアルじゃねえかよ!」
キレ気味にまくし立てるヤスオをハカセが宥める。
「照れるな、照れるな。結婚するなら少し年上なくらいがいいんだぞ。酒が入ると多少手がかかるが、頼れるお姉さんが傍にいてくれるというのは心強いものだ」
「多少どころじゃねえだろ! お姉さん過ぎるだろ! こんないかにも人生経験豊富にありまくりそうな女に大人にしてもらいたくなんかねえよ! トラウマになるわ!」
「荒死郎、ヤツコさんのなにが気に入らないの?」
「気に入る、いらない以前に、お前等が無理矢理このおばさんと俺をくっつけようとしてるんだろうがよ! いくら貰い手のないお局様だからって、ウブで健全な青少年をペテンにかけようとしてんじゃねえ!」
鬼椿がますます体をくねらせ、ヤスオに妙な手招きをする。
「ぎびげっごういうよでー。おでいさん、ばすばすぎにいっぢゃっだー。どう? ごのじごどがおばっだら、うだりでのびにいがないー? おでいさんがおごるがらざー」
「もう声がガッスガスで、なに言ってんのか分かんねえよ! おいオッサン。一体なんだってこんな女を、よりにもよってオペレーターに雇ってんだ。普通こういうののオペレーターって、本当に綺麗な揺れまくりお姉さんとか、堀江ヴォイスの美少女ってのが鉄板だろうが!」
「うむ、いい質問だ。オペレーターとは、どのような状況下でも冷静さを失わない胆力、不測の事態に対処できる分析力、そしてあらゆる困難にも屈しない強靭な意志。この三本柱を併せ持つ稀有な人材にしか務まらない、見た目の華やかさからは想像もつかない過酷な仕事だからだ。これらを備えたスーパーウーマンこそ、人生の酸いも甘いも嘗め尽くした、この鬼椿ヤツコさんだからだ。ゲームやアニメのように、見てくればかりで務まるヌルい仕事では、決してないのだ」
「スーパー系のくせしてなんでここだけリアルを追求してんだ。リアルに振る方向性を間違ってるよ。大体、声が聞き取れない時点で胆力も分析力も、全部ドブに捨ててるじゃねえかよ。スパイマンといい、この女といい、ここには適材適所って言葉はねえのか」
「ぞんなにごわがらなぐっでもいいよー。おでいさんごうびえでげっごうやざじいんだがらー。じっざいづぎあっでびればあんがいぎがあうっでごどもあるんだがらー。ぐわずぎらいはよぐないぞっ」
鬼椿が自信たっぷりの笑みでヤスオの鼻を人差し指でつつく。ありすが通訳する。
「そんなに怖がらなくていいよ。お姉さんこう見えて結構優しいんだから、中略。食わず嫌いはよくないぞっ。だって。ここまで気に入られてんだから、もう付き合っちゃいなよ。優柔不断な男は嫌われちゃうぞ」
「なんでありすはこの女の空気さえ読めてない言葉が理解できんだ。世界七不思議のひとつに認定したいくらいだぞ。リスニングもできねえのに付き合うとかありえねえだろ。外人さんパブのお姉さんと話してる方がまだ分かる気がするぞ」
おもむろに鬼椿はミスタージョーカーをくわえ、火をつける。ハカセがまとめに入る。
「さて、これで大まかな面子は揃ったな。天才ハカセ。エースパイロット。美少女パイロット、かっこハテナ。そして美人のお姉さんオペレーター。これだけ揃えば負けはない!」
「いや、それよりもこの女、なんの断りもなく、堂に入った貫禄でタバコ吸ってんですけど、普通こういう場所って、禁煙なんじゃないんですか?」
「ヤツコさんはタバコを切らすと放送禁止用語っぽい人になっちゃうから、自由にタバコを吸える権限があるんだよ」
「そんな奴は面接の時点で落とせよ。敵に捕まって尋問でニコチン断たれたら機密ダダ漏れだぞ。まあこの声ならなに喋っても伝わんないから大丈夫なんだろうけれども。てゆうか、オペレーターって強靭な意志がないと務まらないとか誰か言ってなかった?」




