朱雀さんの愛情表現88
遠くに見えた庵は近づくとかなり大きかった。
建て増しを重ねたものだろう
古びた板の上に幾重にも新しい木材が重ねられている。
朱雀は歩いていく、姫の背中を見ていた。
水鏡の姫こと波様とは対照的な美しさだ
滑るような、しんねりとした静かでなよやかな歩き方、霞のようにぼんやりと美しいオーラをまとって
日本画の中からとんと抜け出てきたような透き通る美しさ
けれども絶対に容赦はしない。
比べて、この姫は背が高く何か凛とした雰囲気を漂わせてしっかりと歩くが
飲み込んだ包容力、姉のような優しいほほえみを内に秘めているように感じられる。
そこに、衣をかぶった葛の葉がやってきて、朱雀に耳打ちした。
衣をかぶるとほかの者には見えない
(声を出すな)葛の葉が言って、朱雀がうなづいた
(姫様はもうずっと戦闘をしてないんじゃ、いいかお前が先に切り込め)
朱雀はうなづいた。
(いざとなったらわしがサポートする、それからこれを使え)
と言って、朱雀の目に自分の手を押し当てた。
(これは、多少、鳥目でも暗がりでもよく見えるぞ)
もう一度黙ってうなづくと屑の葉は、すうっとどこかに行ってしまった。
戦闘に入る前はいつもそうだが、自分の力のみを信じるだけですべて忘れる
死も、時間も、時も、未練もない
白虎の顔を見た、やはり同じ顔をしている。
「姫様、私が一人でまいります」
朱雀が声を潜めて言った。
「なにを言ってる」白虎がおどろいた顔をしたが
「今回は少し様子を見たほうがいい」
姫が言った。
「なら、私が行きます」
白虎がなにか言いいかけたが、朱雀が背伸びして唇を抑えた。
「白虎殿と私が入っていくのでは、相手の警戒心が、CIAとセコムほども違います」
黙って目をじっと見ると白虎が黙った。
白虎はどんな時でも、冷静さを失わない
だが普段、戦いに行くときもいつも朱雀が先に立って白虎が後ろにつく形をとった。
これには理由がある。
大体において戦いは、低地のほうが有利とされる。
なぜなら、上から降ってくる刀は、見通しがきき防ぎやすい
だが、下から跳ね上がってくる刀は見えないからだ
だから、たいてい背が低く跳躍力がある朱雀が先に斬り込みちその後ろに力の強い白虎が立ち
とどめを刺すのもたいていが白虎の役目だった。
「何か、あったらすぐに行く」白虎も声を潜めて言った。
「私を信じてください、そして姫を守っていてください」
そうして朱雀は戸に近寄ってかがんで耳をつけた。
息遣い、人間のものではないが聞こえた。
それ以外は、風が木をそよがせる音、小鳥と虫の声だけ
相手は一人
かなり年を取っているそれは呼吸音で分かった。
人間の場合はそれは不利に働くことが多いが、この世界では関係ない
かえって力を得るものも多い。
朱雀は立ち上がって息をつき、殺気を消して戸を開けた。




