朱雀さんの愛情表現㊸
電球をかえおわった葛葉はまた椅子に座った
「なんだい、まだ遊び足りないのかい?」
「いえ、ちょっと気になることがありましてね」
「なんだい?」
「婆様最近、自分の料理を食べすぎていませんか?」
「なんでだね、そんなに老けたかね?」
「そうではありませんが、人間の世界が少しおかしくなっているでしょう」
「ああ、あの国の大統領が変わってしまったからね、タイプだったんだけど・・・・」
「ええ、オバマ大統領がタイプでしたの? この間はカイルマクラクランって言ってたじゃないです
か?」
「そうだよ今も、あと香取慎吾ちゃんも」
「恐ろしいほど、みんなタイプが違いますけど・・・・」
「私のストライクゾーンは、果てしなく広い」
「ハウルなんてどうなんです?」
「なんで、ハウルなんだい?」
「確か、フケ專じゃありませんでした?
まあ、それは置いといて米ソ冷戦を覚えてますか?」
「なんだね、なんで急にそんな話になる?」
「私は多少占いもできますが先が見えませんの、あの時もそうだった」
「あれは、クールな戦争だったけどね、ソ連がキューバをそそのかして核を持たせたそれで水面下の
スパイ戦になったんだ、まだけんかしたままだね、和解しかけたのに、新しい大統領がつぶしてし
まった。」
この小さい墓場のような食堂は、浮世から隔絶された秘密の場所に見えて実は
密接な関係がある。
「ちょっと、口を挟まないで聞いていただけますか?」葛の葉が言って、婆様が無視した。
「ありゃ、ケネディがいたからね」
「確かにあの人は冷戦の戦士でしたし、優秀なスパイや人材もたくさんおりましたけど
ちょっと黙ってください」
葛の葉の目がきらりと光って婆様をじっと見た。
店の中は少しだけ深閑とした、おぼちゃんはウトウト眠っている
「あの時も自分の料理を食べすぎて、寝込んだでしょう、それで相談なんですが、その料理の
スパイスを分けていただけないでしょうか?」
「なんだって」婆様が言った。
「婆様一人が犠牲精神をはらったところで、たぶん今回は追いつきません。
それにクールな戦争は起こりません。
たぶんスイッチポンで世界は終わります。
タイマーもないですから電子レンジより簡単ですよ
心理戦も銃も刀もなしで美しくない終わりです。」
葛の葉がきっぱり言った。
「だからってお前が受け持つっていうのかい?それこそ無駄だよ」
「自分で飲むとは言っておりません、私が毎日何人分の料理を作っていると思っているんです?
もちろん妖怪同士の取引ですから、重大な情報を差し上げます」
と言ってにっこり笑った、笑いながら、テーブルの下でおぼちゃんをゆすって起こした。
「むむむ・・・・」婆様は好奇心が強い
それがむくむく頭を持ち上がってくるのがわかる
少しの葛藤の後
「しょうがないね」婆様は言った。
「でも、分量は守ってもらうよ、お前は信用できない、契約書かきな」
「もちろん」さらさらと書面に目をとおしサインをした後
「血判状なんて古いですわ」と言ってバックからあざらかな緋色の口紅を出し慣れた手つ
きできゅっと唇にひいて親指をつけ自分の名前の下に押した、てきぱきと・・・
そして「さあ、婆様も」と言って笑った。
あっけにとられていた婆様が我に返って「そんなもの、もってないよ」というと
「これを使ってください」と言ってラインストーンの入ったピンクの箱を出した。
なかには、ちょっと落ちついた茶系の口紅が入っている。
婆様はまじまじとそれを見た。
「早くしてください、夜があけます」
恐る恐るつけた口紅付きの書類とスパイスの瓶
「ああ、これも持っておいき」という、キノコの毒消しの入った瓶を抱えて
「とってもお似合いですわ、たくさん使ってください、今度は違う色を持ってきます、
それでは・・・」葛の葉は立ちあがった。
「ちょっと待って、情報ってなんだい」叫ぶ婆様に
「ああ、誰にもいっちゃだめですよ」と振り返って
「私、無神論者なんです」
と言って、奇妙なものを見るような眼をしてかたまっている婆様を残して
足ばやにというか、ほとんど走るように店をあとにした。