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アライアンス!  作者: 松脂松明
序章
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女猟師

 日が傾いてくる。ケイはぼんやりとソレを眺めていた。こちらの世界に来てから草原の風景などは注意して見ていたが、上に目を向けたことはあまり無かった。空が茜色に染まっていくのは、この世界でも変わらない。思えば現実でも夕焼けを眺めたのは、何年前だっただろうか。


「そろそろ行ってきますね」


 最初の当番はタルタルだ。付き添いの猟師…アルレットとは違う男性と揃って現れる。その雰囲気には緊張があまり感じられず、タルタルの親しみやすさが発揮されたことが分かる。


「相変わらずコミュ力高いな…ドワーフで騎士で親しみやすいって、イメージからは随分かけ離れてるよな」

「…こみゅりょく?」


 ゆっくりこちらに、近付いてきていたアルレットが首を傾げている。独り言を聞かれたケイは、バツの悪そうな顔になる。


「人と接する能力のことですよ。アルレットさんには悪いですが、猟師ってもっととっつきにくいイメージ…印象がありましたから」


 するとアルレットは顔をしかめる。口にすべきことでは無かったのかも知れない。


「…それは多分、リスチアンも嬉しかったからかもね。人に頼りにされるのって、あんまり無いことだし」


 アルレットの口調は意外と子供っぽい印象を与える。いや、意外と本当に幼いのかもしれなかったが。

リスチアンというのは、タルタルの横に居た猟師のことだろう。しかし、猟師が人に頼られてない…?

疑問に思ったケイは、そのまま話題にすることにした。応えたのはアルレットも人に話したかった、ということだろう。

 アルレットがケイの座っていた石の横に腰掛けてくる。


(距離感近いなこの人!?)

 

 革の臭いとわずかに甘い香りがアンバランスだ。近くで見る砂色の髪。

 わけもなく心臓が早鐘を打つ。グラッシーにはこんなふうにならないのだが。



 わざとらしく咳払いをして、ケイは話を再開することにする。


「山に近いこの村のような場所で、猟師が人に頼られないのですか?獣やエネ…魔物なども出るのでしょう?皮とかも採れるでしょうに」


 山歩きというのは、素人のケイにも相当に難しいことだと分かる。ましてやこの世界では。


「…ザールさんはああ見えて、すごい人なの。この村はできてまだ日が浅いけれど、家畜を育てることも成功させた。山の上にある砦までの道を切り開いて、交易だって最近は始まってる」


 農場の家畜が襲われているから、退治して欲しい。というのが今回の依頼の内容だが、そこまでは考えていなかった。開拓して切り開いた村、そこで安定して畜産を行えるようにしたのは確かに偉業のように思える。


「…これから人がどんどん増えていくと思う。何人かの猟師が採ってくる肉や皮の量じゃ、そのうち敵わなくなる。味だってそんなに良くないしね」


 アルレットが苦笑する。軽口のようだが、そこにはどんな思いが込められているのか。


「…自警団も山歩きの訓練が始まってる。そのうち猟師は自警団のおまけになるの。様になるまで、時間がかかるだろうから、私の代までは安泰だろうけど」


 私の代、アルレットも父祖から猟師の技や生き方を、受け継いで来たのだろうか。代々続いてきたものが、自分の代で終わる。それも悪意によってではなく、『良い物』に仕方なく淘汰されていく。凡百の現代人、それも若い世代にあたるケイには分からない。

 そこで話に違和感を覚え、聞いてみる。


「聞いてよければ…アルレットさん達、猟師の一族はこの村ができる前から猟師を?」

「元々この辺りで、細々と猟で自活してた。…聞いた話だけどね、獲物不足の年があってそこでこの村と、くっついたって」


 なんとも言えない話だ。アルレット達自身の生活は、問題ないという。しかし生業は消えていく、もしくは萎んでいく。アルレットが感じてるのは、収まりの悪さ。問題は無いはずなのに、変わっていくことへの不安が消えないということなのか。それとて、村の事業と発展が問題なく続けばという話なのに、消えない。


「そろそろ次の人の時間。あなたは、その次だから今のうちに休んだほうがいいよ…聞いてくれてありがと」


 アルレットが立ち上がる。かける言葉もないまま、一旦別れることとなる。礼を言うということは、仲間内でも話題に上せることは控えられているのだろう。

 夜は更けていく、時計が無いことがケイを不安に落として。


 グラッシーが担当する間も、何事も無かったらしい。強いて言えば、エルフの女性と接することの出来た猟師が舞い上がっていたことぐらいだ。中身はアレだが、空気は読める人なのでイメージは壊さなかったのだろう。

 ケイとアルレットの出番が来た。農場に…正確に言えば農場から少し離れた場所に向かう。浅いが窪んでおり、身を隠せるという。

 アルレットは何か考えているようで、あまり喋らない。最初は先の話に関連することかと思ったが、違うらしかった。

 女性と二人で隠れることは、ケイを妙に落ち着かない気分にさせたが、しばらくするとアルレットが口を開いた。


「多分、来ないよ。家畜を襲っている何かが獣とかソレに近い魔物なら、あなた達の鎧の音とか匂いで警戒して近寄っても来ないから」


 ケイは顔をしかめた。少し考えれば当たり前のことだ。高レベルの装備であるため、材料は普通の鉄などではないが、それでも違和感は与えるだろう。


(待て…年若そうに見えるアルレットが気付いたのに、前の二人の猟師は何の警告もしなかったのか?)


 先のアルレットの話と併せて考えれば…猟師たちの多くは、退治が失敗するか長引くことを望んでいるということになりはしないか。


「自警団も鉄でできた武器はしているから、あなた達のような人がいるのはバレてないはず。次は革の鎧とかにすればいいから、まだ失敗じゃない」


 持ってない、というとアルレットは父の遺したものを貸してくれるという。それは父親は既にいないということか。考えながら夜が明けるまで待つ。

 アルレットの言うとおり、何も起きなかった。



 次の日、アルレットは革の鎧を持ってきた。獣にも気付かれないよう、工夫を凝らしたという。…恐らく少し臭うのがその工夫なのだろうが。

 革製品は中装にあたるため、適正のあるケイは問題なく装備できるし、スキルも使えるだろう。防御力は大幅に落ちるが、同じ革に収めた武器は自前のものだから戦えないことはない…はずだ。

 ケイは結局、仲間に猟師たちに対する疑念を伝えることができなかった。猟師達は失敗までは望んでいないのだろう。望んでいるのは自体が長引く方だ。それによって、自分たちの立場は強化され、ともすればこの事態を教訓として、猟師自体長く村での地位が保証されるかもしれない。

 だが、アルレットは積極的にこちらを支援してくれている。それでいいのだろうか。

ケイの担当時刻が回って来た時、その疑問を口にする。


「良いのですか?アルレットさん」

「…皆のこと?」


 敏い人だ。ケイの考えていることはわかっているようだ。もっとも、それほど深い考えでも無いが。


「仕方がないことだと思う。村が損しなくて、私達が得をする方法があればそっちが良いけれど。村の人達が悪いことをしてるわけじゃない。家畜だって一生懸命頑張って育ててた」


 そして、優しい人だ。退治を早めれば、仲間にも恨まれるかもしれないのに。ケイにできるのは、その覚悟を無駄にしないことだけだった。

 


 時間が過ぎていく、今日も何もないのかと思いかけていたその時だった。


「来た…!」


 囁く様な、それでも鋭い声だ。種族特性があるグラッシーほどでは無いにせよ、ケイの身体能力も常人ではない。目を凝らすと、家畜小屋に近づく影。

 腹から足に力を送って飛び出す。【中装】と【軽装】に共通する、僅かな時間だが移動速度を大幅に上げる〈スプリント〉だ。

 ある程度近付いた瞬間、ケイは剣を革の鞘から抜き、飛びかかる。


「〈アサルトスラッシュ〉!」


 勢い良く突きを食らわすことで、移動速度を低下させることも望めるスキルだ。ケイ自身のレベルと武器の攻撃力とが合わされば、この辺りのエネミーであれば一撃で倒すことも可能かもしれない。

 

 しかし――剣は虚しく空を切った。躱された。とケイが考えたたらを踏んだ次の瞬間、強烈な一撃が叩き込まれる。防御効果が付与された剣によって、受けることはできたものの、手は痺れている。

 身体に染み付いた動きで、敵に向かって構え直す。月明かりに照らされたその影は…


「ダイアウルフ!?」


 『トライ・アライアンス』であれば、このエリアに出現するはずのないエネミーだった。

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