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アライアンス!  作者: 松脂松明
第2章
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終わりの日

 ルーチェの国にも雨季がやってきた。

 短い時間降る雨は勢い強く、しかしすぐに止んでしまう。

 日課の鍛錬は雨であろうとも休まない。元々が少しばかり乾燥した地であるから、雨に打たれながら剣の鍛錬というのも中々に乙なものだった。


「ありがとう」


 侍女から布を受け取り、体を拭きながら自室へと戻る。かつての団長室ではなく、少し離れた場所にある部屋だ。職務とその責務は娘婿に譲ってしまったので気楽なものだった。

 それでも近くに部屋があるのは何くれと相談されることがあるからだったが…私が助言できることなど、戦闘に関することだけだ。前線からずっと離れているこの地では後任の方が陛下のお役に立てている。


 光都で少し前に流行した女神達の描かれた暦に印を付ける。…約束の日まで後少し。

 自分が信じているという設定だったビルギッタの絵に少しばかり祈りを捧げる。この世界に馴染んでしまったものだと苦笑するが、今となってはかつての世界のほうが遠い記憶だった。


/


 届けられた封書への返事を認めていると、ばたばたと廊下から音が響いて扉が勢い良く開かれた。

 騒々しい音だというのに和やかな気分になってしまう。

 入ってきたのは小さな子ども達。羽ペンを立てかけて、顔をあげる。…きっと自分でも驚くほど優しい顔をしているのだろう。


「おはよう。オヌ、タル。今日も元気だね?」

「お早うございます!元気だね?ではありません、お祖父様!タルったらまた稽古を抜け出したんです!何か言ってやって下さい!」

「ごめんってばぁオヌぅ。だって痛いの嫌なんだもん…」


 弱気だが引く気は無いらしいタルと、しっかりとしたオヌは言い合いを続ける。

 その様子で微笑みが苦笑に変わった。孫だから当然なのだろうが、本当に自分とアルレットのどちらにも似ていない子たちだ。髪の色ぐらいしか共通点がない。


「ほらほら、喧嘩は止しなさい。でもタル?どういう道を行くかはお前の勝手でも、抜け出すのは良くないな。オヌは少し落ち着きなさい。人には向き不向きあるものだしね?」

「またそんな甘いことを!栄えあるシーカ家、そしてトワゾス騎士団の名が泣きますわ!」


 孫に叱られる祖父。何だか締まらないことになってしまったが、生まれた時から道が決まっているというのはこの歳まで生きても未だにピンとこないのだ。

 男子であるタルは家を継ぐことが求められているし、オヌもこの年齢ですでに婚約が決まっているのだが…こうしたことになるとどうにも自分は弱い。だから話を変えるしかない。


「今日も雨が降る。二人共こっちへおいでなさい。何かお話をしてあげよう…」

「じゃあ前の戦の話をお聞かせ下さい!」

「お祖母様のこととかの方が…」


 そういえば、この子達はアルレットのことを知らないんだなと思えば寂しくなる。この世界では人生50年というのはドルファーが引退してから一気に老け込んだ時に知ったことだった。

 鏡に目をやれば未だにこちらへと来た時のままの自分の姿が映る。自分の血を引くこの子供たちは、一体どのような姿になるのだろうか?


//


 世の中は落ち着くところに落ち着くらしい。

 現在、大陸の北半分は魔軍が制しており、南半分が人間を初めとした善の種族といった有様で…魔軍の長の目論見は達成されたことになる。

 今や対魔軍の最前線はプロヴラン王国で、内部が荒れた後の彼の国がこれから何年持ちこたえるかは分からない。星界人による問題を内包していても今日まで保ったのも、ウガレトの亡命政府を樹立したカナネと3人のリトルフットによるところが大きい。他種族を一応は同じ方向に向けているのはあの女神めいたエルフの手腕、というよりは魅力のおかげだ。

 だからこそ…約束は果たさなければならないだろう。目的を達した魔軍の長がどういった行動に出るのか分からない。あの少女の姿をした存在だけはこの手で打ち取るべきだった。



///


 酒場の席で懐かしい顔と一緒にいると、中身まで若返るようだった。少し暗い室内で仲間の声を聞いているとあの日から少しも時間が経っていないように思うのだ。


「…で、結局行くっすか?団長は律儀というか何というか。タルやんが帰ってから何年ごしっすか」

「団長はもう止してくださいよ。50年越しですよ、もう私にはこれで充分です。どうにも長生きにも才能がいるらしいですね?」


 ぐるぐる眼鏡のエルフはその辺りの才能は豊富であるようだった。

 顔の良い男性ばかりで構成した一団に囲まれたグラッシーは変人として知られている。好き勝手に世界を巡ることから伝説的な冒険者とも化しているが。


「まぁでも団長の気持ちも分かるかな。あたしもこう…ずっとこの姿のままだしねぇ。リトルフットって子どもと変わらない見た目だし、鏡見るとたまに変な気分になるよ。でも、一人で行くの?」


 その相方のカイワレも変わらない。が、こちらは違和感を覚え始めているようだった。

 敏いところも相変わらずで、グラッシーの相方としての名声はあるものの、色んな分野に顔だけだして器用に人生を楽しんでいるように見えていたが種族的な問題が今更顔を出してきたのだろう。

 中身が人間であるため外側が子どもに似た姿のままなのは精神に影響があるものらしい。


「約束ですからね。家やら騎士団のことは全部、娘と婿殿に丸投げしてきました。アルレットもいなくなった後なんでさっぱりしたもんです」


 マジッグバッグを利用した運輸で大成したトメメや、今や魔法学の第一人者にまでなったビーカーは会えなくなって久しい。かつてのトワゾス騎士団はとんだ大物の出身校状態となってしまったようだった。

 …針金君はルーチェ国の守護神めいた存在になっている。


「…色々あったっすねぇ」


 短い言葉だがその通りだった。

 ウガレト部族はかつて目にしたとおりに勢力域を失った。プロヴランが“銀狼”と“伯爵”による内乱で影響力を減退したことにより、ボウヌ連合も半壊。アナーバ同盟もルーチェ国が力を付けたことによりバランスを失って分裂した。

 3つの“アライアンス”は全てが崩壊したと言っていい。

 そもそもがゲームの設定を踏襲しているために無理があったのだろう。


「と、言うわけで私はそろそろ降りますよ。お二人はどうするので?」

「そだね。体感、あと千年ぐらい生きてみれば特別感あるかも」

「じゃあアタシは万年っすね。イケメンがいれば余裕っす」


 久々に聞いたよその単語。

 三人で泣きながら笑い合う。別れの言葉を告げることはできないままに、軽口で薄めての別れとなった。


////


 約束の日が来た。

 ケイが武装した姿で転移門から降り立ったのはかつてのウガレトの首都、ター=ナの集落。雨天から一気に晴天へと変化するのは奇妙なものだった。


 魔の瘴気が満ちている意外は集落の広場はあの日のまま。世界の裏側を聞かされた茶席も朽ちてはいるがそのまま残っている。

 その机に腰変えて約束の相手は待っていた。刻限より先に来ていたらしい高位存在に苦笑する。


「…おまたせしましたかね?」

「?いいや、全く?50年ぐらい一瞬だろう?」


 この敵も相変わらずだ。自分の知り合いはどいつもこいつも相変わらずである。

 黒髪の少女は艶やかな黒髪に奇妙な色気を備えつつも、異物感を放っている。異物感で言えば自分も同じなのだろう。そろそろ終わりを告げる時だ。


「…一応、聞いておきますがそちらに心残りは?」

「無いよ。魔軍はかねてからジークシスに任せることが決まっていたしね。そちらは?」

「無いと言えば嘘になりますが…どうにも自分だけで全部やるのは無理そうなので。あなたを潰すことでお役御免としたいところです」


 じゃあ…と魔軍の主は手のひらをかざした。いや、今はすでに魔軍の主でもない。名すらない創造主の端末。それを討つため、かつての対価を払うためにケイは剣を抜いた。

 かつてのように興奮は表に出さない。内部で荒れ狂うままに、外側は静謐を保つ。

 最後の戦闘が始まった。


/////


 放たれた一閃は自分でも呆れるほどに美しかった。かつて与えられた恩恵を修練で大きく上回ってしまった。仕方がない。時間がありすぎたものだから後進が育ってからは他にやることも無かったのだ。

 手に握った剣は特別に柄を長くしてもらったお気に入りの品で、故郷にあったというマイナーな武器を思い出させてくれる。もう姿も朧気な生国との繋がりを感じさせてくれてたまらない気分になるのだ。刀身の部分を手に入れたのはさて、いつのことだったか?あまりに昔過ぎて他の思い出と混ざり合ってしまっている。

 ああ…本当に長く生きすぎてしまった。あと一万年ぐらいは生きてみると宣言した友人のようにはなれなかった。

 どんな出来であれ物語というのには丁度いい長さというものがあるようで、この体(・・・)にはもう別れを告げるべき日が来ていた。だからこそ最後に鍛え上げた技を向ける相手が少女の姿をしていることが残念でならない。そんな形をしていても自分よりずっと強いと知っているけれども、なんだか切ない気持ちになってしまう。

 そんな感傷を込めつつ、敵を轢き潰した(・・・・・)


「驚いた。そんなことができるのか」


 かつてのオリジナルスキルを今やケイは完全にものにしていた。

 生命力(HP)魔力(MP)気力(TP)。全てを質に入れて総身に衝撃波を纏わせて創造主を千千と切り刻んでいく様は生きた暴風雨だった。

 当然、展開しているだけで自身の何もかもが削れていくが…後のことなど無いのだから気にするものでもない。

 そして、当然それだけで勝てるほどゲームマスターの肉体は甘くない。

 

「素晴らしいよ!ケイゴ…いや、ケイ!でも、それじゃあ倒すには足りないよ?さぁどうする?」


 感嘆の声を上げつつも、千切れ飛ぶ先から再生が始まって繋がっていく。

 そう、創造主の端末は無敵なのだ。それを忘れてはならない。


 だから――かつて描いた勝利法を磨いた技量で形にしよう。


 剣を持った腕が不可視の一撃を受けて弾け飛んだ。久しぶりに視界が鮮明になるほどの痛みを覚えたが構わずに突進した。もう使うことはないのだから。

 少女の顔面を残った腕で鷲掴みにし、そのまま後方に向けて押し込んでいく。ゴールはすぐそこまで見えていた。

 

「何を…」


 わからないか。それはよかった。じゃあ通じる。


「転移門!?」


 そう転移門。これを用いて“端末”を滅ぼすのだ。

 昔何処かで見た記号のような門にかつての魔軍の主を押し付けて、ケイは行き先を指定しない(・・・・・・・・・)まま、起動させた。

 

 視界に広がる星の海。

 転移門は門に写した場所への転移を可能とする。そして、場所を思い浮かべない前には星の海を写していた。それを覚えていたからこその必勝法。自分ごと宇宙へと敵を叩き込んで殺すのだ。


 声が出ない。空気が無いのだから当然か。

 血が沸騰するような痛みに耐えながら予備の武器で後背の転移門を叩き壊す。

 

 生身で宇宙にいられるのはさて何秒だった?15秒と聞いた気もするし、2分と聞いた気もする。ひょっとして、この体なら1時間ぐらいは保つだろうか?

 創造主本体がどういう存在なのかは正直、理解が及ばないが…端末ならこれで倒せる。後は宇宙から帰還させないようにするだけだと、敵の体と自分の体を剣で繋ぎ止める。

 血が飛び出てもすぐに凍らないのは驚きだった。

 息ができない苦しみから意識が飛ぶのはもう少しのようだ。


 拷問めいた感覚だが、これまで好き勝手に暴れてきた代償がこれなら、まぁちょうどいいのでは無いか。

 身勝手な考えとともに凍った視界で下を見る。

 広がる青い星。

 こいつ、本当に宇宙を作ったのか。馬鹿なのか。その事実を今更実感していく。


 あの世界には自分の仲間や子孫が生きていくのだ。自分やこいつは帰らない方がいいだろう。

 神が次の端末を作れるのか、どれくらいの時間がかかるのかは知らないが…まぁ時間稼ぎくらいにはなるはず。


 星の海も世界も美しい。

 やってきた日に見た草原に勝るとも劣らない。そこには感謝する。

 いつの間にか端末も自分ももがくのを止めている。

 

 勢いが着いたのか、徐々に遠ざかっていく世界。

 それを眺めながらケイは眠ることにした。


 こうして、一人の星界人が星へと還ったのだった。


//////


「まさか、本当にタルが継がないとは思わなかったわ…」


 祖母が着ていた白い鎧を引っ張り出して着込んだオヌが呟いた。

 アルレットと同じ砂色の髪。違いは長いことだったが、グラッシーは懐かしく思った。


「そうしてると、アルちゃん思い出すっすねぇ。涙が出そうっす」

「そうですの?ありがとう、グラッシー様」


 今日は晴れの日。いずれ団を継ぐものとして、先立っての騎士叙勲だ。

 女性での団長候補はルーチェ国としては初めてだったが、事前に予想していたよりはすんなり通った。他国に女性騎士団があったことも大きいだろう。 

 星に還ったという祖父に恥じない騎士になるのだとオヌは心に誓っているのだ。

 …ほとんどただの戦闘狂だったとは教えないほうがいいだろう。


 光都の宮殿での騎士叙勲式。

 この場にはかつての仲間が皆揃っている。2人を除いて。

 最古参の団員としてグラッシーは友人の孫娘に言葉を贈った。


「トワゾス騎士団へようこそ!」

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