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アライアンス!  作者: 松脂松明
第2章
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剛魔将

 しまった、考えていたよりも遥かに早い。


 地下まで響く轟音と頭に僅かに降り注いだ石ぼこりが敵襲を知らせてくる。

 敵はこのター=ナの集落を包囲しにかかるのは幾日か先のことだと考えていのだが、随分と甘い考えであったようだ。

 手ぐすねを引いていたとしか思えない速度。端から戦いは見られていたのだろうが…つまりは敵は駐屯していた同胞のことなど欠片も思いやってはい無かったことになり、その無情さに戦慄する。


 突然の事態の変化にサザーク達は狼狽えている。

 この世界にやってきてから地下で耐え忍んでいた強さは、ケイ達には無いものだったが、同時に事態への適応はケイ達の方が優れているようだった。



 さて、ここからどうするべきか。

 恐らくはこの地下通路の存在は魔軍も知っていると見ていいだろう。彼らとて馬鹿ではあるまいし、盟主であるカナネを討ち取っていないということは把握しているに違いない。

 取るに足らないとみて放置しているのか、泳がせているのかは判然としないが知ってはいるだろう。

 となれば、駐屯していた部隊が倒された以上は何らかのリアクションがあるわけで、その一環が地上への攻撃という形となって現れた。


「カナネ様にはここから出て頂きます」

「承知いたしました」


 あっさりとした返答に目を丸くする。

 どうにもこの女神とさえ見える女性が華奢なのは外面だけであるらしい。先日訪れた集落での様子からエルフというのは傲慢とも言える気高さを持つことは知っていたが、それとも無縁。

 表情もころころと良く変わる。サザーク達に話しかけ、微笑みながらも手早く準備を整える様を見れば、なるほど人気が出るはずだ。その僅かなふれあいだけでリトルフットの三人を勇気づけてしまっていた。


「問題はどっちから出るかっすね。カナネ様、この地下通路はどこに出るっすか?」

「集落の郊外にある森に出ます。知っているものは今やわたくしだけですから、早々気付かれることはないはずです」

 

 …それほど甘い相手だろうか?

 敵手は最大限に評価してからかかるのが、この世界におけるケイの基本方針だ。特に集団を律するような行動においては、自分の持てるものは付け焼き刃程度の経験と知識。そのような有様でありながら、この世界を生き抜いてきた存在達の考えを自分が読みきれるか?

 断じて否だ。「いつも場当たり的な行動」を選択していたのは根底にこうした思考があったからだ。

 下手な策を弄するよりも、星界人として持ち得る力をその時、その場で振るう方が相手の意表を突ける。


 そこを考えれば、今回の遠征は自分達の考えに耽り過ぎたきらいがあるが…


「そちらの側にも敵が待ち構えているかも知れませんね。…グラッシー、カイワレ。カナネ様を連れて地上へ。皆と合流して仮拠点まで下がれれば下がってくれ。私は通じているという森を見てから合流する。そっちの指揮官はタルタルさんに任せる」

「へ?1人で行くの?」


 カイワレの疑問に頷く。

 外と行っても郊外だ。それほど距離が離れているわけでもない。

 だから…と思った瞬間に響く轟音。


 今度は地上ではなく、地下。それも来た方角とは反対の方向から。そして…どうやら続いているという森を見に行く必要は無くなったようだ。

 

「強大な気配。随分と堪え性の無い人のようですね。皆でカナネ様を外へ!ここは…」


 次第に大きくなっていく振動。気配が物理的な圧迫感すら伴って近付いてくる。石ぼこりが鬱陶しい。

 壁、扉、全てを破砕しながら赤の影が踊りこんでくる。

 振るわれた一撃は問答無用で頭部を狙いすましている。それは魔軍に共通する装飾…無駄に刺々しい黒が施された大斧。


「私が引き受ける!」


/

「タルやん!下で団長が…」

「こっちもおっ始まってますよ!数が多い!」


 外へと舞い戻ったグラッシーが顔を出した。その後から見覚えのない顔が続く。それを眺めて少なくともこの集落への来訪が無駄にはならなかったことをタルタルは知った。

 タルタル達は四方を取り囲む軍勢を緊張した面持ちで眺めながら機を窺っていたところだった。

 敵の先触れは既に集落内にまで到達しており…戦端は開かれていたのだ。ゴーレム達が応戦しているが…精々が時間稼ぎ程度にしかなっていない。岩で出来た巨体が黒の騎士達に切り裂かれて崩れていく。

 駐屯していた部隊とは違い、雑兵ではなくエリートナイトの群れ。それもここまでの数となれば、如何に星界人が増えたとて鏖殺は難しい。

 タルタルはグラッシーとカイワレが寄り添うエルフを見やった。


「そちらのご婦人が?」

「ウガレトの盟主、カナネ様っす!」


 老ドワーフ達と慌ただしく挨拶を交わすエルフを見やる。驚くほど美しい女性だったが、それはタルタルの内に何の感慨も抱かせなかった。しかし、彼女という存在の重要さは分かっている。


 トワゾス騎士団ではリトルフットやビッグフットを説くことはできなかった。エルフもだ。

 だが、彼女がいれば話は別になる。ウガレトの盟主であり、多くの種族との接触に馴れた存在、それがカナネだ。

 英雄気取りで北の地に訪れた自分達にとっても、世界にとっても彼女は重要だ。守らなければならない。


「カナネ様を守りながら…この数をか…」

「団長はこっちはタルやんに任せるって…どうするっすか?」


 元の世界でも、こちらの世界に来てからも付き合いの長い友人の指示。それが“任せる”と言ったその意味はタルタルには正しく伝わった。


(場合によっては団長をも切り捨てて行けと?)


 数で上回られ、質でも迫られている以上は応じるだけでは先が見えている。全滅だ。

 となれば、元いた世界のどこぞの軍よろしく一点突破で逃げ切るしかない。幸いにして、敵は四方を取り囲むことに力をいれすぎている。布陣に厚さが無い、老ドワーフ達がある程度犠牲になることを覚悟すれば行けるだろう。

 

「嫌な役を押し付けて、自分は強敵とよろしくですか。恨みますよ団長…!ゴーレム達が削り切られる前に前に出ます!星界人を中心に…突撃!」


 再会が叶うならば小言の一つでも言おうと心に決めて、タルタルは猛然と足を動かした。


//


 強い。

 性能、経験、技量…全てで上を行かれている。ケイにとってそれは初の経験であり、総身を痺れさせるような恐怖を叩き込まれていた。だからこそ…


「ははっ!オオオオォオォオォ――!」


 笑いが止まらない。このような強者が世界に存在して、それを相手取り剣舞を演じていることが楽しくて堪らない。ここまでで打ち合った数十合に及ぶ剣戟の中で、自分の刃は一度も相手に届いていないのだ。

 大斧を輝く剣が受け止める。愛用の〈ディフェンダーソード+9〉が軋みを上げながら、火花を散らす。その輝きなど目にも止めずに敵を凝視し、叫んだ。


「思い出した…!あなたはギスヴィンだ。剛魔将ギスヴィン!」


 会えて光栄だ、と叫びながら返す刃は首を正確に狙っており、とてもそうは見えないだろう。しかし、それこそが自分にとって最大の礼儀であると示すかのように立て続けに攻撃を繰り出す。

 〈スラッシュ〉〈アサルトスラッシュ〉〈ソニックブレード〉…備わった技量に加えて衝撃波を操るオリジナルの技術。それら全てを駆使して、消費など知った事かとばかりに僅かな時間に命の火を燃やし尽くす。


「そうか!貴様がルムヒルトの言っていた星界人…!なるほど、これは楽しめる!貴様ら星の使徒、その全てが腑抜けていたという訳でもないようだな!」


 それに何を見たのか竜頭の大男もまた、実に楽しげだ。

 唸る黒の斧は文字通りの返礼だった。互いの刃に敬意を乗せて、だからこそ殺す(・・・・・・・)と歌い上げながら巻き起こる破壊の暴風、その二重奏に地下室は惨憺たる有様となっていった。


///


 本来、ギスヴィンは指揮官としての冷静な顔と戦士としての熱さを併せ持つ男だ。

 しかし個人の自由を尊重する現在の魔軍にあっては、彼が見せるのは後者としての性質に他ならない。

 …封印から脱してから以降、かつての宿敵達は興ざめする存在に成り果てていた。だがこの星界人は違う。かつての恐るべき不滅の雄敵そのままの姿を残している。


「〈ストームデストラクション〉…!」


 低い声とともに大斧が“力”を伴って回転する。赤黒の視認できる旋風が地下を蹂躙して、破砕しながら円を描く。瓦礫を量産しながら広場を形作っていくそれは正に嵐だ。

 自身にのみ許されたスキルを狭い空間で開放すれば、敵手に逃げ場は無い。その筈が…敵手は生きている。何らかの手段で身を守ったのか、血反吐を吐きながらも健在。どころか、不敵な笑みを浮かべながらどこまでも食らいついてくる光景に…


「狂っているな、貴様は!」

「それはまぁ、ね。自覚はあるんですが、こればかりは止められないんですよ」


 それでこそ、と感に堪えないからギスヴィンもまた牙を剥きながら笑う。

 この男こそが、自分に用意された宿敵であると確信したから赤の竜人は思うがままに斧を振るう。


 狂っている。そう、この現状は狂っていた。

 ギスヴィンの性能は本来、星界人が4人がかりで対処しなければならないものだ。

 それをたった一人で敢行するケイは狂っているのだ。癒し手も守り手も欠けたまま、上手くやれば殺せるという確信を土台にして攻勢を止めない。

 分厚い鉄の塊を前に、余裕を削りに削った回避行動が身体中に裂傷を作っていく。余波だけでその威力、マトモに喰らえば石床の染みと変わるだろう。

 不滅ゆえの驕りかとも思えるが、違う。

 

 ケイは知っている。確かに星界人は不滅であり、倒れれば近くの拠点で復活する。だが、魔軍がそうされていたように復活の場に楔を打ち込まれてしまえば、地上に出れずに彷徨うだけだ。

 善の種族がかつて行ったことを、魔軍が行えないなどということはない。


「貴様は素晴らしい戦士だ!だが、なぜそう自分を低く見る?その捨て身…自分が死んでもいいと思っている者にしか行えぬ。そこだけが惜しまれる!」


 貴様はもっと誇りを抱くべきなのだ、と敵が雄々しく諭す。

 その光景にケイは血を流しながら苦笑する。


「決まっている、楽しいからです。こんなことが楽しい私はどうかしている。元の世界に戻る価値などありはしないから…!」


 自分は剣になりたい。そうケイは思うのだ。

 例え自分が度し難い屑でも、仲間が柄を握って役立ててくれる、そう信じているから幾らでも命を賭けられる。

 それは両雄の生まれ育ちから来る齟齬。

 平和な国に生まれた者と争いを至上とする者は、価値観を共有しながらもズレて噛み合わない。

 しかし、戦いとはそういうものだから――


「貴方は邪魔だ。私の仲間のために死んでください」

「よくぞ吠えたな!それでこそ、我が刃にかかるに相応しい!我が勲の一つになるがいい!」


 さらに加速する殺意。深まる笑み。

 誰も見守っていない2人だけの戦場が続いていく。

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