地下へと潜る
ケイ達の活躍によりウガレトの首都ター=ナの集落はより酷い有様となった。焼け落ちていた建造物はさらに砕け、魔軍の兵の死体が散乱している。頭部を潰されたもの、腰部から断ち割られたもの。地獄もかくやという光景だ。彼らが好むという空気に作り変えられつつあるのか、薄い瘴気のモヤがかかっている。
「昔は緑だらけの街だったのになぁ」
「ドワーフとエルフの石工が腕を競い合って作った家がこんな様になるとはな」
そう言った老ドワーフが眺める家屋は斜めに斬られて崩れている。切り裂かれた家は装飾が彫り込まれた石材で出来ており、製作者の苦労が窺えた。
(俺がやったところだ…)
ケイは素知らぬ顔をした。
駐屯していた魔軍の部隊は無事打ち破った。犠牲は老ドワーフ達の中から数人いたのみで、彼らを慌ただしく埋葬すると今度は生存者の捜索に入った。駐留していた敵の数からして魔軍はこの地をさして重要視していないか、あるいはわざと手薄にしているようだったが、応援なり奪還部隊なりはいずれ現れるだろう。
「誰かいませんかーっす!」
「その語尾ちょっと無理がない?」
となれば、急いでことを運ばねばなるまい。そう考えて捜索しているのだが…。
集落の中心にある公会堂。白い石材で作られた一際大きい建物は、ローマ時代の神殿のようだ。今は煤けており、柱も倒れてはいる。それでもこの場所が特別な空間だったというのは伝わってきた。
内部は魔軍が利用していたのか、樽や麻袋が散らばり…木製のラックに禍々しい剣や槍が立てかけられている。
「魔軍の連中も飯とか食べるのかな?…剣とか槍は貰っていくか」
「団長ってボロい武器とか拾うの好きっすよねぇ…リサイクル精神っすか?」
「いや、こう…金属で出来たものが捨ててあると拾ってしまうというか…」
まぁ趣味であることは疑い無いだろう。色々と溜め込むのもトライ・アライアンス…というよりはゲーム全般の醍醐味だとケイは思っていた。この世界に来てからは実際の手触りや使用感が味わえるのだ。武器や防具はついつい拾ってしまう。
頂戴した槍を見やる。身長を幾らか超える程度の長さに剣のような太い刀身が付いており、槍と薙刀があわさったような外見をしている。戦闘で出くわした【ダシニアン・エリートナイト】の甲冑のように黒く、そして刺々しい。
(この長さは…日本では用心槍というのだったか?それとも単純に短槍?)
槍を両手に振り回してみる…槍は未だ初心者の域を出ない。振り下ろすのが長槍の基本だと聞くが、短槍はどう使うのが一番いいのか?
漫画のようにぎゅるぎゅると回転させ、ビシっと構えを取る。
「さっきから何やってんの団長は…」
「男の子は時々ああなるみたいっすよ」
カイワレとグラッシーの呆れた様子の会話ももう慣れた。楽しいことをして何が悪いと貴重な時間を浪費する。どうせそう長くはかからないのだし、良いじゃないかこれぐらいと。
突きの真似事、払いの真似事。そして…
「〈スティンガー〉!っと」
フェンサーのスキルは槍でも使用可能なものが多い。腹から“力”を絞り出し鋭い突きを繰り出す。タルブ砦で短い間、師となってくれたラシアランのオリジナルスキルを思い出す。
ケイとラシアランの間には似た才能がある。それは武器から衝撃波を生み出し、イメージ通りに動かす才能。以前より武器の扱いに習熟した現在ならば、あるいは真似事の域を脱せるかと思い試す。
「〈ソニックスラスト〉!…あっ」
ケイの〈ソニックスラッシュ〉を一点に集中したかのように、点の一撃と化す技。それが、伴った衝撃波が議場の椅子を蹴散らした。公会堂内の議場に破壊の小渦が巻き起こり、見事に議長席と思しき一際高い場所にある座席を穿ち倒した。
あちゃー、とカイワレがつぶやく。しかし、グラッシーはエルフの長い耳を立てて別のことに気付いていた。
「団長、そこの音なんか変っすよ?」
「うん?一番高い椅子のことですか?そりゃこれだけゴテゴテしてて重そうだし…」
日本人らしく倒れた椅子を起こしに行ったケイはそれを目にした。重い、男数人でも動かせそうにない椅子があった場所の下に小さいが分厚そうな鉄の扉があった。
「…怪我の功名?」
「ちょっと違わないっすか、それ」
ちょうどその時、公会堂の入り口から甲冑の音が響く。見れば重武装の丸々としたドワーフ…タルタルが粗末な麻紙を手に、やってきたところであった。
「団長!マーケットボードに気になる出品の紙が…ってどうしたんです?そんなところに集まって」
ケイ達が手招きするので地下への扉を紹介されたタルタルは力強く頷いた。そして手に持っていた紙を手渡してくる。
出品の内容は既に履行された後、ウガレトの地に来る切っ掛けとなった【デュエルスパタ】の紙には懐かしい文字が書かれていた。日本語だ。
『椅子と地下』
見張りのために残ったタルタルと老ドワーフを置いて、一行は狭い地下に滑り込んだ。
入り口こそ狭かったものの、深い底に降り立つとケイ達の【カンテラ】と同じ、魔法の光に照らされた通路が走っていた。
「上手いこと考えたもんだね…日本語で書けば確かにこの世界の人達には読めないよ」
「どっちかというと、入り口に気付かなかった魔軍の人達がポンコツさん過ぎじゃないっすかね…知能低めなんっすか?」
余り熱心に探索しなかったということのほうが大きいだろう。灯台下暗し、という言葉もあるが…出品した星界人やお偉いさんなどあまり興味が無かったのかもしれない。
「しかし…長い通路ですね。体感だとそろそろター=ナの外に出そうです。深さも相当ですし、どこに向かっているのやら」
酸欠になりはしないだろうか?いや、ここは剣と魔法の世界。何かしらの細工が施されているのだろう。でなくてはこんな隠し通路は作らないはずだ。
歩くこと一時間ほどで再びの扉が現れた。見張り穴が付いており、下には麻紙に『合言葉を言うか、物を出せ』の日本語の文字。
物?と少しだけ考えていたケイだが、ややあってから見張り穴に【デュエルスパタ】を入れて落とした。剣と床がぶつかる金属音が静かな地下に響く。そして…扉が開かれた。
「いよぅ!来てくれると信じていたぜ!」
出てきたのはリトルフットの少女…なのだが声が男だ。気色が悪いほどの不一致は間違いなくケイの同胞…星界人。赤い髪にリトルフットに似つかわしくない重装姿。背には長大な大斧。
「…あー、うろうろさん?」
「うん?ああ、俺のことか!そうそう!流石に変な名前だからこっちでは本名で通していたんだった!」
確かに、ケイはそれほど名乗るにおかしくない名前だから考えもしなかったが、「うろうろ」というのは名乗りにくいだろう。…ビーカーとカイワレについては触れないでおく。
「ともあれ、あんたら味方でいいんだよな!?」
「まぁここの人達を助けに来たのは事実ですよ…あなた1人なんですか?うろうろさん」
「そこだ!会わせたい人と連中がいるんだよ!…それはともかく何か食い物持ってねぇ?こそこそ集めてきた物じゃ腹が膨れなくてよぅ…」
さめざめと泣き出した男声の少女に一行は食事と飲み物を供するのだった。
「俺の名はサザーク!【闇夜のフクロウ】所属だ」
青髪のリトルフットの少女が言う。重装姿だが、杖を持っていることから魔法使い系の職業であると思われた。
「ドライバー。サザークと同じ【闇夜のフクロウ】所属だ」
…黄色の髪のリトルフットの少女が言う。双剣を腰に佩いている。
「それで俺がうろうろ、ここではコーキで通してるがな。【ヒュペリオン】出身だ」
……赤い髪のリトルフットの少女が言った。
引き合わされた2人を加えた3人が全員、男の声である。トワゾス騎士団に所属しているトメメが巨漢でありながら少年の声をしているように、星界人の声は元の世界の声と同じになる。
野太い声の少女たちを前にして、カイワレとグラッシー、ケイは肩を抱き合い円陣を組んだ。
「…今、初めて性別をアバターと同じにしていてよかったと思いました」
「落ち着いて考えたらゲーマーとしては相当レアな集まりだったんじゃないっすかねアタシら」
「あああ危なかった!あたし、てきとーに選んだよ!」
ゲームと現実は違うからこそ、実際の自分とは違う要素をキャラメイクに求めるのは当然の心理だ。ならば彼ら…彼女たちのように男が女のキャラを使用することもまた然り。「キャラの背中を一番見るんだから、男のケツより女の尻が見たい」と公言する人も多かった。
「気持ちは分かるが…これはこれで楽しいんだぜ!色々、役得がだな!」
気合の入っているサザークはテンションの高い性格らしい。鎧が擦れる音を奏でながら、今の姿の素晴らしさを全身で表現していた。
「いやぁ…自分はちょっと後悔してるかな。背が低くなってるし」
ドライバーは微妙な気分のようだが、サザークと同じギルドということもあって肩を小突き合う姿が仲の良さを感じさせた。
「そんな感じで、ここで3人で寄り集まってるんだよ。訳わからん化物どもが地上にはうようよいるしでやってられなくてな」
うろうろ…コーキが言う。確かにいきなり魔軍が攻めてくればトワゾス騎士団もマトモに生きてはこれなかっただろう。人里離れた廃城で目覚めたのはかなりの幸運であったのだ。
「しかし…【闇夜のフクロウ】に【ヒュペリオン】ですか。私でも知っている大ギルドですけれど、皆さんだけでずっとここに?」
「プレイヤーは俺たちだけだな。メンテ前に寝落ちした口だ…まさかゲームの世界になんて来るとは思わなかった」
「“プレイヤーは”?ということは普通の人もいるの?」
「ああ、俺達にここを教えてくれた人がな!その護衛みたいなことをやってる…来いよ。紹介したい」
サザーク達に導かれて3人は奥へと進んだ。
石で出来た大広間に出ると幾つかの扉がある。さらに先へと進む道も中央に走っているが。右手の扉に進むリトルフット達をケイは追いかけた。
「族長様。お客人をお連れしました。入ってもいいですかね?」
『どうぞ。開いていますよサザーク』
扉が開かれると…そこには女神がいた。
濡れたように艶やかに輝く金の髪は長く、花も恥じらうような整った顔立ちは微笑を湛えている。背丈はケイと同じくらい…170cmぐらいはあった。髪から突き出した耳は長く、エルフであることを示す。細身のエルフにしては豊かな肢体の持ち主だ。
男であるケイばかりか、カイワレとグラッシーさえも見惚れている。鈴の音のような声が一行を歓迎した。
「ようこそ。ター=ナの集落へ…と言ってよろしいのでしょうか。わたくしが族長のカナネです。お会い出来て嬉しく思います」




