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アライアンス!  作者: 松脂松明
第2章
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ドワーフとの交流

 トン、テン、カン――

 蒸し暑い石室の中で小気味良い音が響く。毛むくじゃらの太い腕と指がその演奏を奏でている。強化というよりは変質した肉体はこのぐらいの熱では根を上げない。熱いことには変わりはないけれども目の前の光景を眺めているのはなかなかに楽しい。

 そういえばこちらの世界に来てから物づくりなどした試しがない。かつて画面越しに見ていた時は幾らか試したことがあったのだが、必要素材の多さだとか成功確率を高めるためのスタックがどうのだとか…面倒になって止めてしまった。

 目の前で作品が出来上がっていく様を見るのがこれほど楽しいとは思いもしなかった。熱された金属がハンマーを振り下ろす度に少しだけ形を変える。気の遠くなるほどこれを繰り返してようやく一つの物が出来上がるのだ。今正にその作業を行っている先日出会ったばかりのドワーフは何を思いながらこうしているのだろうか?一本気な職人らしくただひたすらに集中して?それとも日々の細々とした思いを込めて?


 思えば腰を据えて物思いに耽るのも実に久しいとタルタルは思った。

 逃避するための電子の世界が現実に変わってからというもの、彼が友誼を感じている団長と同じように誰かを殺めることしかしていなかった気がする。仲間達と話をする時などは穏やかな気持ちになりはするが、基本的に騒がしいのだ。

 火で赤く染まった室内も音に溢れていたが頭の中までは入ってこない。これがこの空間の自然な姿だからだろう。無理をしているところがない。

 ここはドワーフの小都市。団長が「ドワーフなら山にいそう」などと言い出して半信半疑で山を目指したら本当にたどり着いてしまった場所である。



 エルフの集落を抜けてからもケイ達は幾らかの失敗を重ねた。険しい荒れ地に住むビッグフットは警戒心が強く、排他的でまともに会話すら出来なかった。草原の中にあったリトルフット達は別の意味で話にならなかった…物事を何かにつけて茶化そうとするのはまだしも、隙あらば所持品を盗もうとしてくるのだ。彼らとはいずれ分かり合えそうな気もするがとりあえず保留である。

 

 そして現在、ドワーフの小都市にケイ達は滞在中である。ここは日本人らしく1つ手土産でもとマジッグバッグにしこたま詰め込んでおいた金属類を提供したのが功を奏した。元々は建材に使うべく持ってきたものだったがおかげで初接触は上々であった。というかなぜ、誰もこれを思い付かなったのか!

 会話の取っ掛かりは重要だ。おかげで会話の中から見えてくる情報もあった。


「俺らも昔はほい!ウガレトの首都…なんといったか?ほい!ター=ナの集落に住んでたもんさ、ほい!まぁドワーフらしくないところもあったよ、ほい!槌を振るっちゃいたが鉱石を掘ったりする楽しみは無かった、ほい!」


 ほい!は語尾ではなく最初に出会った住人…ドワーフのサルダがつるはしを振るう掛け声だ。ケイは坑道の壁にもたれ掛かりながら彼の語る言葉に耳を澄ませている。聞き漏らさないようにしているのもあるが、つるはしの音と合わさって聞き取りづらいのだ。


「それが魔軍が突然現れてあの有様、ほい!俺らも戦いはしたが斧の振るい方をすっかり忘れちまってた、ほい!敵のトカゲのような親玉が暴れまわって皆散り散りだ、ほい!」


 サルダはドワーフの中でも割合おしゃべりな性質のようだった。一度口を開き出せば止まらない。小柄な身体でタルタルと違い髪はない。サルダも彼の仲間達も皆、髭は立派なものである。


「ああ…ター=ナは良い場所だったな、ほい!エルフとの喧嘩も懐かしい。まぁ盟主のカナネ殿はエルフにしちゃ出来のいいヒトで俺らにも良く酒をくれた、ほい!」


 ウガレト部族の盟主はエルフであったようだ。寿命も長ければ見目も麗しい。他種族との交流にはぴったりと言える。ゲーム時代には聞かなかった名だ。確か当時はビッグフットの軍人であった覚えがある…代替わりでもしたのだろうか?


「ところで…サルダ殿。さっきから掘ってばかりですが何か採れているので?」

「いや、全然だほい!ここの鉱脈は枯渇しちまってるからな、ほい!だから放棄されてたんだ、ほい!それでも何か未発見の場所でも無かったかと思ってなほい」


 語尾じゃないと思ったのだが作業の後もしばらくは続くらしい。つるはしを肩にかけた陽気なドワーフは真剣な顔でケイに向き直った。


「だからお前さん方の言うようにどこかに引っ越すという話は渡りに船だほい。そこに鉱脈はあるのかほい」

「…正直に言いましょう。私の領地に鉱脈があるかどうかは調べてすらいません」

「?だったら、あの大量の鉄やらはどこから手に入れたんだ、ほい」

「私達の手持ちですよ」


 貴族…といっても騎士爵位だが…としてのケイが持っている領地は拠点のある猫の額ほどの土地にインニョート遺跡群のある山だけである。土地持ちの騎士は恵まれている方ではあるが発展には輸送業だとかに目を向けている段階だ。資源の探索というのは人手が足りないため頭から切り捨てていたところがある。

 かつては分かりやすいオブジェクトが表示されていたりしたものだが、現実となったこの世界ではどうだろうか…。地面の下にあったりすればお手上げである。探す技術も経験も無い。…そういえばグラッシーやカイワレは植物などの採集作業を楽しんでいた。そういったスキルを持った星界人が仲間に加わってくれればいいのだが。


「一から探し回る。我らがご先祖様のようだな、ほい。少なくとも俺は心動かされた、ほい!貰ったインゴットもいずれは尽きる。物を造らぬドワーフなど死んでいるようなものだ、ほい!」

「…それでは?」

「俺は行くことにする、ほい!だが仲間達も行きたがるかは分からない、ほい!…ところでその腰の得物を見せてくれぬか?ほい!」



 鍛冶を見守るタルタルに老いたドワーフが語りかける。彼が材料に使っているのはタルタルがマジッグバッグから提供したミスリル銀だ。


「お前は何も造らぬのかなお若いの?」

「そういった技術を持っていないのですよ。こっちでは(・・・・・)何かを叩きのめしてばかりでしたから」


 最近は探索のために地図もどきを作ってはいる。いるが、書いていると子供のことを思い出して辛くなってくる。よく学校までの略図などを書いてやったものだった。わざわざ言う気にはならなかった。

 あちらにいた時は家族仲は良かった、と胸を言えるほどよい関係では無かった。だが離れてみればなぜこんなにも戻りたいのか?異世界とは言え他者を殺めてまで。

 他者を害することに何も思わぬ自分。それは…戦闘を楽しみとしている友人よりもおかしいのではないか。血で染まった手は元の世界に戻れば綺麗になるのだろうか?疑問は尽きない。

 隣の間からは騒ぎが聞こえる。聞こえる声からして仲間達の装備の質の高さについて話しているようだ。星界人が使う武具には等級名が付いており彼らのそれは紫…【伝説級】、青…【神秘級】などと設定されているのだ。それは騒ぎになるだろう。赤の【神話】等級などを持ってくればどれほどの反応が得られるのか気になるところだ。

 だが、この老人は座したまま作り続けている。黙々と、というわけではないが騒ぎに加わりに行ったりはしない。ドワーフ…小柄で陽気で頑丈、豪快な種族。それでも皆が同じ性格というわけではない。ここでは彼らと同じ肉体を持つタルタルにはそれはありがたいことだ。


「ご老人は何を作っておられるので?」

「うん?ああ、装飾品だよお若いの。妻の墓前に捧げようと思っているのだ。…感謝するぞ星界の同胞よ。良い材料を持ってきてくれた。これでようやく儂は戦いに赴ける」


 仇討ちか。同じように家庭を持っていた身、何を奪われたのか朧気ながら察しはつく。だが敵はかつて3同盟で立ち向かった魔軍。一人では死にに行くことと同じ…なればこそ切っ掛けが必要だったのだ。タルタルはそれを間接的にとはいえ後押ししてしまった。だが覚悟を決めた漢に何を言えるだろうか?それが野蛮にも映る古代の義だとしても。


「良ければ…我々と共に行きませんか?どうせならば痛手を与えた方が気分が良いでしょう?」

「ぬ…」


 気が付けば声に出してしまっていったその提案。タルタルは自分で驚いていた。友に図ってもいない勝手な行動だ。しかし…ああ、しかし。自分も魔軍に用がある。かの勢力の新しい主が我々をここに導いたのではないかという勘を確認するためだ。それは例え仲間が止めてようとしても止まれない。

 その時にはこの老人と共に斧を振るうのも悪くない。タルタルはそう思うのだ。



 所在なさげにエルフとリトルフットが座っている。この古びた町の熱気と住人に彼女たちはあまり馴染めなかった。グラッシーとカイワレである。

 熱い上にここの住人はほぼ男だ。加えて言えば彼らは何だか懐かしそうに喧嘩を仕掛けてくるので辟易していた。


「こういう時、アルちゃん達がいればなぁ…。ここまで男臭いのはちょっと」


 カイワレがつぶやく。カイワレはそのあたりの鍛冶場に入っただけで盗人扱いである。リトルフットという連中は余程に悪戯好きのようでとばっちりがカイワレにもかかっていた。カイワレは人をからかったりするのは好きだが物を盗んだりする趣味は無いので迷惑だ。


「アルレットちゃんは今頃、団長を心配してうろうろしてるっすよ多分。乙女っすからね」


 喧騒が聞こえる。ケイとタルタルは今回は上手くやっているようだ。だとすればこの髭もじゃ達と今後も接することになるのか。


「イケメンのドワーフとかいないっすかねぇ」

「なんかそれ怖いんだけど…」


 女二人は仕方なしに時が流れるのを待つのだった。



 結果を言えばケイ達と行動を共にすることを希望するドワーフは多かった。この地の窮状に関わると決めて以来、初の成功と言えるだろう。その理由には魔軍の求める瘴気が鍛冶に欠かせない水を汚染することもあるらしい。

 戦いを望む者はそれほどいなかったために、一旦転移門の近くにまで戻る必要も出て来る。行きては戻り、行きては戻り。長い遠征になりそうだった。

 砂色の髪の少女の顔が見たいな、そうケイは思った。

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